「正直、どうして自分がテレビに出たり、ライブができるのか、今でも本当に不思議なんです(笑)」
そう話すのは、ピアニストYouTuberのハラミちゃん。
都庁でのストリートピアノ演奏が話題になって以来、YouTubeのチャンネル登録者数は191万人を突破。
「4歳からピアノをやっていましたが、小学校のころ全国規模のコンクールに出たとき、『上には上がいる』と気づいて、最初の絶望を味わってしまいました」
それでもピアノを続け、音楽大学を目指したハラミちゃん。しかし受験を前に「突発性難聴」を発症してしまう不幸にも見舞われた。
「ピアノ教室に向かう途中、足が前に出せなくなってしまったんです。『もう行けない!』って……。そのとき、プレッシャーによるストレスから、耳が聞こえづらくなってしまいました」
なんとか症状が改善し、音楽大学進学を果たすも、そこでまた自分はプロのピアニストには向いていないのだと自覚したという。
「私は他大学のバンドサークルに入ったんですが、音大生ぐらい楽器の上手なコがたくさんいて。それなのに彼らが普通に就職していく姿を見て、プロになれる自信がなくなっちゃったんです」
プロの道を諦め、以前から興味のあった音楽の教師を目指すか、企業に就職するかで悩んでいたところ、背中を押してくれたのが、恩師である音楽の先生だった。
「『音楽の先生って一度も社会に出ずになる人が多いの。だから、一回は社会を経験してみると大きな強みになるよ』とアドバイスされました。それを聞いて音楽とは別の世界を経験してみたくなり、IT企業に就職を決めたんです」
ピアノ一筋で育ててくれた両親に就職の話を打ち明けたとき、意外にも反対はされなかったという。
「最近知ったのですが、両親は私にピアニストになってほしかったわけではなかったみたい。楽器が弾けることで友達ができたり、『芸は身を助く』じゃないですけど、将来ピアノが私を救ってくれればという気持ちだったようで」
IT企業に入社するものの、パソコンは全く使えなかったという。
「『(スライドを作成するソフトの)PowerPointで資料作って』と言われたときは『PowerPoint』を『力の入れどころ』だと思ってたんですよ(笑)。だから手書きで企画の『力の入れどころ』を書いて渡したら、上司が絶句してましたね。本当に仕事ができなくてずっと泣いていました。毎日、『もうあと3日で辞める』と思っていたので、定期も買えなくて(笑)」
そんなハラミちゃんも、会社仲間の優しいフォローのおかげで、社内のMVPを獲得するまで成長したというが……。
「組織で働くというのは、個人で取り組んできたピアノの世界とは違う難しさがあり、気持ちや体力が尽きてしまいました」
休職することを母親に伝えるときは、受け入れてくれるか不安と緊張でいっぱいだったそう。
「打ち明けた瞬間、お母さんが私をギュッと抱きしめてくれて。久しぶりに親からハグされたこともあって、気づいたらボロボロ涙があふれてきました」
■泣いているハラミちゃんに母がかけた言葉とは
泣いているハラミちゃんに、母親は優しく語りかけたという。
「『あなたは今までずっと走り続けてきたんだから、たまには休んでみたら。休むのも、楽しいよ』って」
その言葉が彼女の心の傷を癒し、人生初の“充電期間”に入る。
「ひきこもり状態でしたが、何度か外に出ようと思い、私服を着てメークもしました。
そんな日々から抜け出すきっかけとなったのは、現在彼女のマネージャーを務める、会社の先輩からの一言だった。
「『都庁にストリートピアノっていうのがあるから、ちょっと行ってみようよ』と誘われたとき、今までずっと押せなかった扉がなぜか開けられたんです」
■目標を持たないことを目標にしています
そのときのピアノ演奏動画がなんと現在266万回再生を突破し、彼女を一躍有名にするきっかけとなった。
’19年に動画の投稿を始めてわずか半年での初ワンマンライブはチケットが30秒で完売。今年発売されたデビューアルバム『ハラミ定食』は週間アルバムセールスチャートで1位を獲得。1月4日には武道館でコンサートを開催し、一気に活躍の場を広げている。
今や大人気となったハラミちゃん。この先はどんな目標を持っているのだろうか。
「やっと笑顔でいられる場所を見つけたので、いまは『目標を持たないこと』を目標にしてます」
両親が願っていたとおり、ハラミちゃんはピアノに身を助けられ、今日も多くの人を前に笑顔でメロディを奏で続けている。
(取材・文:インタビューマン山下)