4月27日に発表した結成の声明が反響を呼んだ『映像業界における性加害・性暴力をなくす会』。

会には女性だけでなく、男性の性被害当事者も参加している。

それは映画監督の加賀賢三氏だ。

加賀氏は自身の出演した’07年のドキュメンタリー映画『童貞。をプロデュース』の撮影中に、同作の監督・松江哲明氏から性行為の強要を受けた。苦痛に感じた加賀氏はブログを通して被害を明かし、映像関係者にも苦しみを伝えてきた。

さらに公開から10年後となる’17年8月、10周年記念上映の舞台挨拶に呼ばれた加賀氏は、壇上で松江氏に直接告発した。加賀氏は松江氏ともみ合いとなり、イベントはとりやめに。10周年記念上映もその場で中止となった。その後、松江氏は性行為の強要を否定する声明をプロデューサーと連名で発表した。

しかし’19年12月、加賀氏のインタビュー記事がきっかけで問題が再燃。そこで松江氏は’17年の共同声明について「事実と異なる内容を発信してしまっていた」と謝罪。’20年1月には自身のnoteで、こう釈明している。

「加賀さんを追い詰めていたことも今では猛省しております」
「私はまるで『いじめている自覚のないいじめっ子』だったのか、と気づかされました」

『童貞。

をプロデュース』の一件は、メディアで取り上げられるなど、決して少なくはない反響を呼んだ。いっぽう、その後も松江氏は’18年10月期のドラマ『このマンガがすごい!』(テレビ東京系)や昨年10月期の連続ドラマ『キン肉マン THE LOST LEGEND』(WOWOW)など、話題作への起用が続いている。

『童貞。をプロデュース』が公開されてから15年。なぜこうした問題があった上でもなお、映像業界は、松江氏を起用し続けるのだろう? 加賀氏に尋ねると、こう答えた。

■よほどのことがない限り、目を瞑る

「一緒に仕事をしている人が性加害者だと、その利害関係者が『経歴に汚点を残すことになる』と考えるかもしれません。そこで、性加害が起こったと思いたくない人たちの間で『被害者にも落ち度がある』と内輪でバイアスが働いてしまうのではないでしょうか。

そのため映像業界の関係者も『大きな問題になってないからそれでいい』と判断し、起用することに疑問を抱かないのではと思います」

『なくす会』のメンバーである脚本家の港岳彦氏も、こう語る。

「映画監督の榊英雄氏(52)や園子温氏(60)の報道があった際、業界関係者からは『知っていた』などの声がネットでも現場でも相次いでいました。でも、2人とも映像業界で長らく起用され続けていました。

僕自身、『榊氏は女癖が悪い』との噂を聞いていました。しかし、それが監督と女優という力関係が影響している性的強要だったにも関わらず、それを問題だと認識できていませんでした。

むしろ『そういうものだろう』と思うことで、業界の空気に加担していたのだと思います」

また港氏は「問題のある監督が起用され続けるのは、プロデューサーサイドから見てそれなりの理由があるからでしょうね」と続ける。

「例えば榊氏を例に挙げると、彼はもともと俳優なので、横のつながりで著名な俳優を連れてくることができる。プロデューサーサイドとしては、通常であれば予算にははまらないようなキャスティングができるので万々歳なんです。また、低予算で作品をきちんと撮りあげてくる手腕も評価されていたのだと思います。

園氏のことはよく存じ上げませんが、一般論として、映画の企画書では監督の名前が非常に重要視されます。無名監督だとスルーされるのに、名前を聞いてわかる監督には『500万出します!』という声がすぐに上がる。映画製作はスポンサー探しから始まるので、ネームバリューのある人は重宝されます。園氏はそもそも国内の人気が高く、海外での受賞歴もあり、名前だけでお金が集まるのは当然です。つまり彼が監督することが決まれば、その映画は非常に製作しやすくなる。

これらの理由から監督に問題があっても、よほどのことがない限り目を瞑ってしまうのではないでしょうか」

■理解されないという悔しさ

男性の性被害者である加賀氏は「必ずしも法律が“被害が実際にあったのかどうか”を判断できるわけではありません」と話す。

「刑罰をまぬがれている性暴力に対して『実際に起こったことではない』と判断する人たちがいます。しかし、刑罰をまぬがれているということが『被害はなかった』という証明になるわけではありません」

そして松江氏の件について「業界が黙殺している」といい、こう続ける。

「加害を黙認しているということは、被害者の立場を貶め、その名誉や尊厳を毀損する行為となり得ると私は思います。そのため加害者との利害関係を継続することが二次加害に繋がり、それ自体が強い加害性をもつ可能性があるとも考えています」

加賀氏には、二次被害もあったという。

「松江氏を告発したことで、『売名だ。金が欲しいんだろ』と言われることもありました。ですが、彼を告発したところで名前が売れたり金銭的な利益につながったりするはずがありません。むしろ、告発することの精神的なリスクやコストが大きすぎます。

また『頭がおかしい』と言われたり。加害者を擁護するTwitterの匿名アカウントが僕を貶めるようなことを書いたり。その投稿に、加害者の関係者が“いいね”したり……」

さらに“男性の被害者”だからこそ、こんなエピソードもある。

「『男のくせに何言っているの?』『タダで女性と性的なことができてラッキーじゃないか』としょっちゅう言われました。『そういう問題じゃないのに』と思っていましたが、当時は男性が性被害に遭った苦しみを吐露しても、今より真剣に受け止められませんでした。ですから、相手も悪意なく“シモの話”として片付けてしまう……。

どれほど言葉を尽くしても、言われたことに反論しても、真剣に話を聞いてもらえないんですよね。弁護士さんに相談した時も同じで“理解されない”という悔しさがありましたし、自分の尊厳が損なわれているような気持ちにもなりました」

最後に加賀氏は、なくす会を通して映像業界に求めることを語った。

「性暴力と労働問題は密接に関わっています。過酷な労働環境が当たり前の現場も多いです。そういった状況を背景とした性暴力も起きています。そして、加害者が起用され続け、性暴力が黙殺されることもあるんです。

業界が混沌としているので、まずルールやガイドラインのようなものが必要だと感じています。それは、被害者の孤立化を防ぐことにも繋がると思います」

被害者の思いを汲み、少しでも寄り添いたいーー。「なくす会」のファーストカットは、まだ始まったばかりだ。

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