発表当初は散々な評判だったミャクミャクが人気だ。完売するグッズが続出し、万博会場内の一緒に写真が撮れるブースには2時間を超える行列が! 生みの親である絵本作家の山下さんは、今どんな気持ち?
「先日、東京駅で、大阪・関西万博の帰りだったのか“ミャクミャク”のぬいぐるみをうれしそうに抱えた子どもを見かけたとき、おもわず『それ、僕が考えたキャラクター』と声をかけそうに(笑)。
そう語るのは、大阪・関西万博の公式キャラクター、ミャクミャクを考案したデザイナー・絵本作家の山下浩平さん(54)。
『ちびクワくん』(ほるぷ出版)や『きょうりゅうゆうえんち』(ポプラ社)などの絵本作家でもある山下さんの手によって生み出されたミャクミャクの人気がうなぎ上りだ。
ミャクミャクグッズを含む公式ライセンス商品は6千800種類以上。SNSやメディアでも話題を集め、その売り上げは、開幕後の2カ月で110億円に達したと新聞などで報道されている。
今や押しも押されもせぬ人気キャラクターとなったミャクミャク。まず万博の公式ロゴが2020年8月に決定し、キャラクターデザインを公募、その決定後に愛称がさらに公募され、ミャクミャクは誕生した。
山下さんがデザインしたキャラクターが、1898件の一般応募のなかから選ばれたのは2022年3月だったが、発表直後は、《怖い》《気持ち悪い》《子どもが見たら泣いてしまう》といった批判の声が噴出した。そんな声に、山下さんはどう思っていたのだろうか。
「複雑な思いがあったのはたしかです。ただ、そもそもロゴマークが、とてもインパクトがある一方で、『?』という印象を抱いた人も多くいましたから。人の心にひっかかるという意味では完成度が高いのですが、正直、僕自身も『ちょっと不気味』と最初は思いました(笑)。ロゴマークを基にキャラクターをつくっていく際に大切にしたのは、愛らしいものに近づけること。
ミャクミャクがウケているのは“キモカワイイ”(気持ち悪いけどかわいい)からだけではない。山下さんのこんなこだわりも。
「平面で二次元の絵も、立体にすることで表情や感情が見え隠れしてきてかわいく見えてくるだろうとは思っていました。またミャクミャクは、白い丸い目に青い瞳ですが、カチッと見せる必要があるロゴマークでは、瞳が丸い目のラインにくっついています。それによって安定感が出ます。しかし愛らしさを表現するために、目のラインから瞳を少し離したり、瞳のサイズを微妙に変えたりしました。また、口の表情や何げないポーズにも工夫を。絵本を描いていて、ひとつの表情やポーズでも感情を伝えられることがわかっていたので、ミャクミャクのひとつひとつの瞳や口、ポーズには、感情豊かになるように魂を込めて描いたつもりです」
グッズ展開するときに便利なようにロゴマークと同じ色を使い、着ぐるみになることを想定して、口の部分は、中から見えるような仕様にするなど、キャラクター制作でもプロのデザイナーとしての意識の高さも。
「ミャクミャクのデザインを考えていたときは、コロナ禍の真っただ中。
現在は東京で暮らす山下さん。熊本県で生まれたが、神戸で育った。1970年に開催した大阪万博には思い入れがあった。
「僕は、開催の翌年に生まれましたが、まだ関西には1970年の万博の余韻があって、子どものころからパンフレットやグッズを集めていました。とくに、岡本太郎さんが制作した太陽の塔は、自分にとってのパワースポット。僕が学生のころは、太陽の塔に触ることができました。なにかへこむようなことがあると、大きな木に触れるような感じで、太陽の塔にもたれかかっていたこともありました。実は、太陽の塔には正面以外にも、背中に顔があるのですが、それにあやかって、ミャクミャクの尻尾に目をつけました」
万博という世界規模のイベントの公式キャラクターとして大活躍のミャクミャク。
「自立した子どもが家を出て行ったような感覚なのでしょうか(笑)。でも、今後も、ミャクミャクがどんな進化を遂げて、活躍してくれるか楽しみです。僕の子どものころからの夢は、自分の絵が切手に使われること。それが、自分の机で描いたミャクミャクが切手になっただけでなく、記念硬貨になったり飛行機に描かれたりした。大阪・関西万博という大規模な事業に関わるなんて一生に一度あるかないか。この貴重な体験を今後の仕事に生かしていきたいと思います」
山下さんのたくさんの思いが込められたミャクミャクの快進撃は止まらない。