安らいだご表情で、天皇陛下と雅子さま、愛子さまが栃木県から皇居へお戻りになった。5月7日、御料牧場での7日間の静養を終えて帰京された天皇ご一家は、つかの間の休日で日ごろのお疲れを癒されたようだった。

「連休明け、雅子さまは12日に全国赤十字大会、16日からは両陛下で愛媛県を訪問されるなど、ご多忙な日々が戻ってきます。今回も牧場で、ご一家は野菜の収穫、飼育されている牛や豚、羊や馬といった動物たちの世話などをなさりながら、心身ともにリラックスしたご様子だったと聞いています」(宮内庁関係者)

一方、連休明けのあわただしい永田町で、波紋を広げている出来事があった。GW前半の4月29日、政府が主催した「昭和100年記念式典」での一幕だ。自民党関係者は当日を振り返る。

「4月29日は昭和天皇の誕生日で、今は『昭和の日』となっています。2026年は昭和元年から満100年を迎えるということで、岸田政権下の一昨年に、超党派の保守派の議員が中心となって、政府に式典の開催を要望していたという経緯があります。

式典委員長は高市早苗総理が務め、衆参両院の議長ら三権の長、国会議員、各界を代表する人物ら約5600人が招かれました。高市総理はじめ三権の長らが式辞を述べたのですが、壇上の中央にいらっしゃる天皇陛下の“おことば”はありませんでした。

このような式典で陛下が挨拶されることはたびたびありますので、『なぜ陛下が挨拶されないのだろう……』と、首をかしげる国会議員も少なからずいたのです」

三権の長らの挨拶に続き、海上自衛隊東京音楽隊が『上を向いて歩こう』『なごり雪』など昭和の名曲を演奏。TMNETWORKの『Get Wild』の演奏が始まると、ロック好きでも知られる高市首相は口ずさみながら、ガッツポーズで合いの手を入れるなどノリノリの様子だった一幕も注目された式典だった。

皇室研究家で神道学者の高森明勅さんも、式典に出席した一人だ。式典の印象についてこう話す。

「この昭和100年記念式典が、まるで悪い意味で“サナエ劇場”となっていたと感じました。高市首相は式辞を『日本列島を、強く豊かに』と締めくくりましたが、これは首相が2024年に出版した著作のタイトルにも入っている文言で、公私混同です。主役は自分だという感覚が、演奏時にノリノリでご機嫌な様子につながっているように見えました」

■「明治百年」ではおことばがあった

高森さんによれば、このほかにも強い違和感を抱く場面があったという。

「天皇皇后両陛下のご入場の際、式典副委員長の木原稔官房長官が先導していたことです。1968年に明治百年記念式典が開かれており、このときは式典委員長だった佐藤栄作首相が先導しています。このような式典では前例が踏襲されるものですが、式典副委員長という“格下”に変更されていたのです。

また明治百年記念式典では、昭和天皇によるおことばがありましたが、今回は陛下がおことばを述べられませんでした。式典後に黒田武一郎宮内庁長官の『政府の考え方に基づいた』というコメントが公表されていますが、宮内庁としても不本意だったのではないかと思いました。

つまり政府は、両陛下のお出ましをいただきながら、前例から変えてまで先導役を格下げし、おことばを省略するという、考えられないほど失礼で皇室を軽視したふるまいをしていたのです」

そして宮内庁は昭和100年記念式典の翌日に、

「両陛下は歴史から謙虚に学び、終戦以来人々のたゆみない努力により築き上げられた平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれていた」

という両陛下のお考えを公表したのだ。式典後の公表という異例の形式となったわけだが、前出の宮内庁関係者はこう明かす。

「そして両陛下は激動と復興の昭和時代を振り返り、『戦中戦後に人々が味わった悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていくこと』の大切さをあらためて感じたとも、宮内庁は明らかにしています。陛下は歴史の研究者でもあり、この機会にご自身が考えていらっしゃる昭和時代の“総括”を、国民に伝えなければならないと、雅子さまとも話し合われていたとお見受けしています。

戦後80年の節目となった昨年、両陛下は愛子さまを伴われて各地で祈りを捧げられています。こうしたご姿勢は一貫しており、昭和100年記念式典後に、平和を希求する皇室の姿勢を打ち出されたといえます」

■高市政権が懸念する両陛下の影響力

両陛下が下した異例のご決断。その一方、高市首相率いる自民党が憲法改正へと突き進む現状こそが、式典での両陛下のおことばが“封殺”されたことの背景にあると、前出の自民党関係者は語る。

「憲法改正は自民党結党以来、どの総理も成し遂げたことがない目標です。高市総理は5月3日、改憲派の集会に“日本人の手による自主的な憲法改正は自民党の党是だ”とビデオメッセージを寄せていて、自身の任期中に成し遂げたいと本気で考えているようです。

いま議論されているのは、大規模災害時に国会の機能を維持する『緊急事態条項』の創設などのテーマですが、自民党の政治家の多くが“本丸”としているのは憲法9条の改正です。平和主義と戦力の放棄を掲げる9条をどのような形にするべきなのか、さまざまな議論が交わされています。

そうした状況下で、陛下のおことばが与える影響は、政権幹部の想定を超えた規模に広がるかもしれません。こうした懸念から、官邸の幹部たちは昭和100年式典で、陛下がおことばを述べられるご機会を設けなかったのではないかとみる向きもあるのです」

静岡福祉大学名誉教授で歴史学者の小田部雄次さんは、両陛下のご姿勢に次のような印象を抱いたという。

「式典後に宮内庁を通じて明らかにされたメッセージに、両陛下の思いが十分に込められていたという印象を持ちました。

天皇陛下の祖父にあたる昭和天皇は、戦前戦中は現人神とされ、国家元首、帝国陸海軍の大元帥だったことは歴史的な事実です。しかしかつての戦争への深い思いから、戦後の日本国憲法の成立への支持、そして象徴としてのあり方を重視してきました。

陛下は昭和天皇や上皇さまと同じように、戦前との連続性よりも、戦前戦中の悲惨な体験や労苦を乗り越えようとしてきた戦後の人々に寄り添おうとなさっていることが、式典後の宮内庁の発表からも拝察できるのです」

陛下は昨年8月15日の全国戦没者追悼式で、「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」とこれまでにない表現をおことばに盛り込まれていた。小田部さんはこう続けた。

「陛下と雅子さまは戦後生まれの世代として“後世に語り継ぐ”ことを重視なさってきました。戦前を美化し、軍隊の復活や市民権の制約といった意図があるようにも感じてしまう自民党政権の姿勢と、平和を希求する皇室のスタンスとの間に、微妙な差異があると国民が感じてしまうこともあるでしょう。

陛下は政治的な発言は一切できません。だからこそ政府が主催する昭和100年記念式典へのご臨席に際して、どのようなメッセージを込められるのか、両陛下は考え抜かれていたのだと思います」

米国とイランの軍事衝突によって起きているホルムズ海峡の封鎖。世界の戦争が生活を圧迫する現実が人々に突き付けられているいま、両陛下はたとえおことばを封じられようとも、平和を守る行動を止められることはない。

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