グレースハンは英国では現地ブランドだと位置付けられているが、約4年前から全ての製造工程を台湾に移している。製造拠点が置かれているのは、台湾の伝統産業の集積地である中部・彰化県だ。経歴50年以上の女性職人2人と20代の若者を中心としたメンバーが商品の製造を担う。
実業家の父と画家の母の間に生まれた王さん。大学では父親の希望に沿って経済学を専攻したが、母親の影響で芸術に強い興味を抱いていた王さんは、ロンドンでファッションイラストレーションを学んだ。
自身のブランドを創業したのは2011年。「グレース」は自身の英語の名前、「ハン」は中国語の名前の「涵」の発音から取った。2019年、ロンドンの老舗百貨店「ハロッズ」の近くにブランド初の旗艦店をオープンさせた。だが、オープンから間もなく、新型コロナウイルスの影響で一時休業を余儀なくされた。製造拠点を完全に台湾に移そうとの考えが生まれたのはこの時だった。
王さんは、台湾には実はぜいたく品や高級品の職人が多くいると話す。「核となる技術を台湾に残すことで、これらの商品は皆、台湾で作られたのだと気付いてもらいたい」と願う。
やっとのことでオープンにこぎ着けた旗艦店がすぐに休業に追い込まれたことで、一時はこのまま続けていくか悩んだこともあると王さんは告白する。そんな中、2020年にキャサリン妃がグレースハンのバッグを手にして公の場に立った出来事は、王さんにとっては暗闇の中に一筋の光が差し込んだかのようだった。「夢みたいだった」と当時の感情を振り返る。
旗艦店がまだ内装工事中だった時、キャサリン妃のスタイリストから突然電話があり、「店の前を通りかかった際にとても興味が湧いた」とカタログの送付を依頼された。その後注文が入り、王さん自ら宮殿に商品を届けに行った。1年余りが過ぎ、王さんが届けた「ラブレター」シリーズのバッグをキャサリン妃が使用しているのをインターネット上でたまたま見つけた。しばらくしてからキャサリン妃の助手から「私たちはあなたのデザインを気に入っている」と励ましの電話があったという。キャサリン妃はこれまでに少なくとも6回、グレースハンのバッグを手にして公の場に出席している。
キャサリン妃の目に留まって以降、ボリス・ジョンソン元英首相の妻キャリーさんや英女優のナオミ・ワッツさんらにもグレースハンのバッグが使用された。
顧客が著名人かは自身にとってはそれほど重要ではないと語る王さんは、オーストラリアの顧客からこんなメッセージが届いたこともあると紹介する。その男性は、亡くなった妻を弔うために「ラブレター」シリーズのバッグを購入し、毎日家で眺めては愛する人を見ているような気持ちになっていると明かしてくれたという。「このような感動的なフィードバックこそが創作を続けていく原動力になっている」と語った。
(陳韻聿/編集:名切千絵)