
ヌルヌルとした「粘液」は生物が体内外に分泌する粘性の高い液体だ。人間の場合、消化器官や呼吸器官などの中にあり、体内を保護する役割を持っている。
ぶら下がりながら行われる神秘的なナメクジの交尾は粘液あってのものだ。ヌタウナギは粘液で水を膨張させねばっとした液体に変えるし、ヤツメウナギはこれで食べ物をろ過し、ツバメは粘液性の唾液で巣を作る。
このようにあらゆる複雑な生命にとって欠かせない粘液だが、その進化の起源は謎に包まれている。
しかし粘液を研究しているニューヨーク州立大学バッファロー校のオメル・ゴックメン氏によると、どうやらとあるタンパク質の遺伝子に、何度も反復する配列がつけ足されたことで発明されたと考えられるそうだ。
粘液の正体は「ムチン」というタンパク質 粘液は「ムチン」というタンパク質でできている。これは糖分子を生やした棒のようなもので、ヌルヌル感は糖の働きによるところが大きい。
大抵のタンパク質は立体的な作りだが、ムチンは長い棒のような形をしている。これにそって糖分子がくっつくことで、ブラシのような複雑な構造になる。
このブラシ構造のおかげで、ムチン同士でよくくっつく。粘液がヌルヌルするのは、この構造のおかげだ。
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粘液を作るムチンは、長い棒に糖分子がくっついたブラシのような構造をしている / image credit:Royal Society of Chemistry , CC BY粘液はいつ進化したのか? 粘液は生物にとって欠かせないものだが、どのように進化したのかよくわかっていない。
ゴックメン氏らはその起源を突き止めるべく、哺乳類49種に共通しているムチン遺伝子の祖先を探ってみた。
進化は偉大だが、それでもゼロから新たに発明をすることはほとんどない。大抵は、元々あったものを自分のニーズに合わせて改良するだけだ。
当初ムチンもまた、コピー&ペーストを繰り返して改良されてきたに違いないと予測された。
ところが、必ずしもそうではなかった。ある動物が遺伝子をコピペすれば、元の遺伝子によく似た遺伝子のファミリーができるはずだ。
だが、人体で知られているムチン関連遺伝子すべてを調べたところ、どの遺伝子ファミリーにも属さない遺伝子(孤児遺伝子)がたくさん見つかったのだ。
さらに、とある生物の遺伝子データベースからは、それぞれ異なる哺乳類で独自に進化したらしい、新しいムチン遺伝子が15個見つかった。
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ムチンの進化には、3つの可能性が考えられる。遺伝子全体をコピーするか、まったくのゼロから発明するか、元々あったタンパク質に反復配列を付け足すか、そのいずれかだ/Pajic et al., Science Advances Volume 8, eabm8757 (2022)
だが、その後の分析で、これらの遺伝子には親戚がいることがわかっている。唾液の中には、「プロリン」というアミノ酸が豊富な棒状のタンパク質がある。
このタンパク質とムチンは祖先が同じだったのだ。ただし、プロリン含有タンパク質には、ムチンが糖分子にくっつく鍵である反復構造がない。
ゴックメン氏の仮説によれば、ムチンの正体は、プロリン含有タンパク質に糖タンパク質(糖分子に結合するタンパク質)が何度もつけ足されたものであるという。
実際、哺乳類のムチン遺伝子とプロリン含有タンパク質遺伝子を比較してみたところ、非常に似ていることが明らかになっている。ただ1つ違うのは、糖タンパク質のコードが反復されているかどうかという点だけだ。
これを踏まえると、ある種のタンパク質は、この反復部分をつけ足すだけでムチンになれるだろうと考えられる。
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ヌタウナギの粘液 photo by iStock
反復する遺伝子と進化 この発見は、ムチンがじつは多様なタンパク質であることを表している。
遺伝子の反復配列は、細胞機能をコードした遺伝子では滅多に見られず、しばしば無視されがちだ。
だがムチンの場合、この反復を発明できたおかげで、進化することができた。霊長類では、糖分子が結合する反復部分が、ムチンの違いを生み出すことがわかっている。
さらに反復配列は、ゲノムにおけるほかの機能を決めている可能性もある。こうした反復はヒトゲノムに起きる突然変異としてはよくあるもので、それが人間同士の生物学的な違いを作り出している可能性すらあるという。
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ナメクジの交尾 photo by iStock
ムチンの働きを理解することで病気の理解につながる ムチンの働きを理解することは、さまざまな病気を理解することにもつながる。ムチンの機能不全が原因で起きる病気もあるからだ。
たとえば、「嚢胞性線維症」という呼吸困難を引き起こす病気は、肺が粘液をうまく排出できなくなったことが原因だ。
またムチンの調整機能の誤作動は、がんにも関係している。
ゴックメン氏のお母さんは肺がんを患っていたが、それが成長する仕組みは、カタツムリが動ける仕組みと同じなのだそうだ。
きっとその時、彼が味わった気持ちは、粘液の研究者だけが味わう複雑なものだったろう。
References:Slime is all around and inside you – new research on its origins offers insight into genetic evolution / written by hiroching / edited by / parumo
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ぶら下がりながら行われる神秘的なナメクジの交尾は粘液あってのものだ。ヌタウナギは粘液で水を膨張させねばっとした液体に変えるし、ヤツメウナギはこれで食べ物をろ過し、ツバメは粘液性の唾液で巣を作る。
このようにあらゆる複雑な生命にとって欠かせない粘液だが、その進化の起源は謎に包まれている。
しかし粘液を研究しているニューヨーク州立大学バッファロー校のオメル・ゴックメン氏によると、どうやらとあるタンパク質の遺伝子に、何度も反復する配列がつけ足されたことで発明されたと考えられるそうだ。
粘液の正体は「ムチン」というタンパク質 粘液は「ムチン」というタンパク質でできている。これは糖分子を生やした棒のようなもので、ヌルヌル感は糖の働きによるところが大きい。
大抵のタンパク質は立体的な作りだが、ムチンは長い棒のような形をしている。これにそって糖分子がくっつくことで、ブラシのような複雑な構造になる。
このブラシ構造のおかげで、ムチン同士でよくくっつく。粘液がヌルヌルするのは、この構造のおかげだ。
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粘液を作るムチンは、長い棒に糖分子がくっついたブラシのような構造をしている / image credit:Royal Society of Chemistry , CC BY粘液はいつ進化したのか? 粘液は生物にとって欠かせないものだが、どのように進化したのかよくわかっていない。
ゴックメン氏らはその起源を突き止めるべく、哺乳類49種に共通しているムチン遺伝子の祖先を探ってみた。
進化は偉大だが、それでもゼロから新たに発明をすることはほとんどない。大抵は、元々あったものを自分のニーズに合わせて改良するだけだ。
当初ムチンもまた、コピー&ペーストを繰り返して改良されてきたに違いないと予測された。
ところが、必ずしもそうではなかった。ある動物が遺伝子をコピペすれば、元の遺伝子によく似た遺伝子のファミリーができるはずだ。
だが、人体で知られているムチン関連遺伝子すべてを調べたところ、どの遺伝子ファミリーにも属さない遺伝子(孤児遺伝子)がたくさん見つかったのだ。
さらに、とある生物の遺伝子データベースからは、それぞれ異なる哺乳類で独自に進化したらしい、新しいムチン遺伝子が15個見つかった。
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ムチンの進化には、3つの可能性が考えられる。遺伝子全体をコピーするか、まったくのゼロから発明するか、元々あったタンパク質に反復配列を付け足すか、そのいずれかだ/Pajic et al., Science Advances Volume 8, eabm8757 (2022)
だが、その後の分析で、これらの遺伝子には親戚がいることがわかっている。唾液の中には、「プロリン」というアミノ酸が豊富な棒状のタンパク質がある。
このタンパク質とムチンは祖先が同じだったのだ。ただし、プロリン含有タンパク質には、ムチンが糖分子にくっつく鍵である反復構造がない。
ゴックメン氏の仮説によれば、ムチンの正体は、プロリン含有タンパク質に糖タンパク質(糖分子に結合するタンパク質)が何度もつけ足されたものであるという。
実際、哺乳類のムチン遺伝子とプロリン含有タンパク質遺伝子を比較してみたところ、非常に似ていることが明らかになっている。ただ1つ違うのは、糖タンパク質のコードが反復されているかどうかという点だけだ。
これを踏まえると、ある種のタンパク質は、この反復部分をつけ足すだけでムチンになれるだろうと考えられる。
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ヌタウナギの粘液 photo by iStock
反復する遺伝子と進化 この発見は、ムチンがじつは多様なタンパク質であることを表している。
遺伝子の反復配列は、細胞機能をコードした遺伝子では滅多に見られず、しばしば無視されがちだ。
だがムチンの場合、この反復を発明できたおかげで、進化することができた。霊長類では、糖分子が結合する反復部分が、ムチンの違いを生み出すことがわかっている。
さらに反復配列は、ゲノムにおけるほかの機能を決めている可能性もある。こうした反復はヒトゲノムに起きる突然変異としてはよくあるもので、それが人間同士の生物学的な違いを作り出している可能性すらあるという。
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ナメクジの交尾 photo by iStock
ムチンの働きを理解することで病気の理解につながる ムチンの働きを理解することは、さまざまな病気を理解することにもつながる。ムチンの機能不全が原因で起きる病気もあるからだ。
たとえば、「嚢胞性線維症」という呼吸困難を引き起こす病気は、肺が粘液をうまく排出できなくなったことが原因だ。
またムチンの調整機能の誤作動は、がんにも関係している。
ゴックメン氏のお母さんは肺がんを患っていたが、それが成長する仕組みは、カタツムリが動ける仕組みと同じなのだそうだ。
きっとその時、彼が味わった気持ちは、粘液の研究者だけが味わう複雑なものだったろう。
References:Slime is all around and inside you – new research on its origins offers insight into genetic evolution / written by hiroching / edited by / parumo
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