「下品」「気持ち悪い」「ありえない。載せていいのといけないのの区別つかない?」
先日、女優でモデルの水原希子がインスタグラムに投稿した画像を巡って、炎上騒動が起こった。
だが、そもそも水原自身もTwitter上でコメントしているように、股間写真はLina scheyniusというスウェーデンの新進女性写真家の作品。さらに、〈エロティシズムとアートを下品と勘違いさせている方が多いと思います。これはアートです。コンビニに並んでいるエロ本は下品です。どちらが正しいとは思いません。どちらも異なる良さがあると思います。ただそれを一纏めに下品だと判断しないで欲しい〉と説明を行っている。それでも、ネット上の一部では「アートかエロかは関係ない」「女優がアップする写真じゃない」といったような意見があがっている。
自分の好きな作品を紹介しただけで炎上する──。なんとせせこましい世の中になってしまったのだろうかとため息が出る事態だ。
じつは水原は11月に投稿した"鼻ピアス"の画像もネット上で話題となっていた。鼻ピアスだけでバッシングを受ける世の中......そこから見えてくるのは、いま、若手女優がいかに純粋性が求められているかということだろう。実際、ネット上で人気の高い新垣結衣や堀北真希といった女優たちは、じつに模範的な優等生タイプだ。
逆に、女優がアートやサブカルチャーに興味をもち、少しでも大人っぽい行動や尖った言動をするだけで、すぐに叩かれる。
たとえば、橋本愛は夜、映画を観るために新宿・歌舞伎町を歩いていただけで「徘徊」「奇行」と批判され、ブログに好きな映画や本のことを書いただけで「サブカル中2」「男の影響だろ」という中傷にさらされた。
成海璃子はつきあっている彼氏とフライデーされた際、彼氏がいたことよりもハイライトを吸っていたことに批判が集中した。すでに成人だったにもかかわらず、だ。
また、あの能年玲奈でさえも写真集でちょっと尖った格好をしただけで「こんな能年ちゃんは見たくない」「サブカル臭がして嫌だ」と批判が殺到した。
一体いつから、芸能人はこういう矯風会的な道徳主義を強制されるようになってしまったのだろう。いや、最近のそれは道徳主義をはるかに超えて、女性が意志や趣味をもつことそのものを許さない封建思想のにおいすらする。おそらく、これは性に対する保守化=処女厨の増加ということに加えて、同調圧力が強まっている社会の反映でもある。
ただ、救いは、ネットで処女厨がどう騒ぎ立てようとも、彼女たち自身がそれを意に介さず、自分の意志と自分の好きなものを貫く姿勢を見せていることだ。橋本愛は、炎上の後も堂々とロマンポルノにはまっていることをインスタグラムにアップした。
おそらく、水原も同様だろう。水原は以前、「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン/10年12月号)のインタビューでも、このように力強く答えている。
「"カワイイ"だけでは終わりたくないんです」「型にはまらない自分だからできることに挑戦したい」
ただかわいいとチヤホヤされたいなら黙っていればいいことくらい、水原も十分理解しているだろう。「女優はこうあるべき」という規範は、ひいては女性全体に向けられる視線でもある。それに抗おうとする彼女を、全力で支持したい。
(本田コッペ)