貴島誠一郎[TBSテレビ制作局担当局長/ドラマプロデューサー]

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俳優のマネージャーから「ウチの新人に会って下さい」と営業されることがある。タイミングよく具体的にドラマで探している役があれば、会ってみようとも思うが、新人の枠は多くない。
あるとしても、普通はオーディションをするからだ。

しかし、マネージャーは食い下がる。彼の立場もあるだろう。もちろん、断れない場合もある。しかも、どんな新人でも化ける可能性がある。だからこそ、新人とはいえ、ぞんざいには扱えない。

新人は、新人の頃の悔しさは一生覚えている。人によっては化けた後も一生恨むかもしれない。逆に、自分が駆け出しのADの時、人間扱いをしてくれなかったような横柄な俳優は、プロデューサーになった今は、絶対キャスティングしない。ダメなADはディレクターにならないが、プロデューサーになることはあるのだ。

新人俳優が最初から演技力があるはずがない。演技力がつけばイケメンや美人でなくても魅力と説得力が出てくる。


更にマネージャーは食い下がってくる。「5分でいいから会ってもらえませんか?」根負けして会うことにするが、5分というわけにいかない。どうせ会うなら、何かの縁かもしれないので1時間は時間をとる。目一杯話すから結構疲れる。だから新人とはあまり会いたくない。マネージャーは会って下さい、というのが仕事だから仕方ないが、気軽に言わないで欲しいと切に思う。

新人俳優は芸能事務所に選ばれ所属した時点で、ある才能を持っている。問題は、その才能が開花するかしないかである。そのままでは開花しない。才能がなかったのではなく、開花しないケースのほうが多い。演技とは演じる技術である。技術を習得しなければ、プロとして演じることはできない。


演技レッスンをするよりは、現場経験をしたほうが技術は磨かれる。しかし、そうそう現場に入る機会は多くない。空いている時間は目標とする憧れの俳優と、自分と同世代で売れている俳優のビデオを何回も見まくって、徹底的にコピーしてみるべきだ。

音楽はビートルズをコピーすることから始まる。野球やゴルフだってフォームやスウィングを真似してみて、自分なりに固めていく。先輩俳優や同世代俳優の演じる技術をコピーしたところで、外見や声質も違うのだから、自分なりの表現にしていく過程で、コピーからオリジナルになっていく。

特に同世代俳優は、いわゆる仮想敵国である。今は差があるかもしれないが、3年後は同じ役を争っているかもしれない。下剋上ありの世界なのだ。キャリアや技術だけではないのが俳優の難しさだ。

天賦の才に恵まれた俳優も稀にいる。大竹しのぶ菅野美穂など女優に多い。
努力もしているが、圧倒的な演技力がある。多くの俳優の才能は努力によって磨かれ、開花する。演じる技術を習得しつつ、次は個性を磨く。個性とは相対的なものだ。

素人オーディションからデビューした「モーニング娘。」や「AKB48」は、ひとりでやっている新人より磨かれる速度が早い。グルーピングされることによって、相対化されるからだ。

SMAPの5人は個性的だ。グループ内のライバル、仮想敵国の存在が進むべき個性を明確にしている。中居くんはバラエティMCの方向性を極めるべく、木村くんと草剪くんは俳優の演じる方向性の違いを極めるべく、稲垣くんは映像よりも舞台にウエイトをかけ、香取くんは子供にも愛されるオールラウンドを極める。

グルーピングされるなかで相対的な個性を自覚し、極めていく。
野球で言えば、イチローは三番打者よりも一番打者に個性を定めたことによって、歴史に残る選手になった。

もちろん、人はそれぞれだ。富士山に登るのに静岡県から登ってもいいし、山梨県から登ってもいい。早い道よりも、道草もあっていい。新人俳優をみる時に、現在の演技力やルックスよりも素直さ負けん気の強さ、感性の豊かさなどのハートの部分を見ている。いわゆるノビシロだ。

それから15才の内田有紀、20才の坂井真紀、25才の山口智子と最初に会った時の印象と比較しながら接している。女優さんの打率は高いが、男優は、不覚にも滝沢秀明二宮和也はオーディションで落としてしまったことがあるくらいだから、さっぱりデータがなく分からない。

会社の後輩女性プロデューサーは、メンクラ・モデルから新人の竹野内豊田辺誠一大沢たかおを私に紹介してくれた。その後の活躍は御覧の通りである。気になる男優は、彼女に聞くことにしている。

…なんてことを新人俳優に話すと1時間にはなる。
もう何回、話しただろう。ワンパターンの歴史の先生みたいだ。何事にも王道はない。あくまでも制作者から見た目であって、敏腕マネージャーや先輩の俳優からは、また違った話になるだろう。

ということで、マネージャーは「5分だけでもいいから会ってくれ」と、能天気に言わない人を信用している。才能を感じるならば、新人俳優は、もっともっと高く売るべきだ。

【メディアゴン編集部の余計なコメント】中森明菜が、「スター誕生」最終オーディションに残った時の話。何度も落選して3度目の正直だった。審査員の大作曲家T氏が明菜に声をかけた。「君みたいな才能のある人を落とすなんて信じられない、前のオーディションの時は僕は欠席だったでしょう」明菜はT氏をつぶらな瞳で見つめてこう言った。「居ました」(貴島誠一郎[TBSテレビ制作局担当局長/ドラマプロデューサー])

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