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自分は役者ではありませんから、あくまでも役者さんに近いところにいる傍観者としての考えです。
役者さんが「セリフを入れる」ところを見たことがありません。
ひとり本番前に台詞確認をする場合、台本を見ながら小声で反芻する俳優さんもあれば、肝の台詞を空で早口で確認する俳優さんもいます。弁護士役や医者役は、普段使わない専門用語が厄介です。
10月5日が七回忌となる名優・緒形拳さんがご健在の頃、楽屋に入られたので挨拶に伺ったら、午後の長いシーンの読み合わせをマネージャーさんとされている声が聞こえ、一段落したところでドアをノックしました。緒形さんは手元の割本(その日に撮影するシーンのカット割とスケジュール表が書かれてある冊子)をパラパラとめくって「下らないカット割してんな」と、割本をポンと座布団の上に放り投げて、ニヤリと笑いました。
本番と同じテンションで読み合わせをする俳優さんもいれば、緒形さんのように、あまり感情を入れないで読み合わせ確認する俳優さんもいます。しかし、最初に「セリフを入れる」時はどのようにするかの質問を俳優さんにしても、はぐらかされることが多く、制作陣にはまず教えてくれません。おそらく「セリフを入れた」という状態や時点が、各々の俳優さんでジャッジが違うからかもしれません。
図々しくも、緒形さんに「何行もの長台詞はどうやって覚えるんですか?」と聞いたら、「文脈とキーワードさえ覚えたら、本番で順番が違っても芝居で伝わるんだ」と答えてくれました。緒形さんの存在感と個性のある台詞回しだからこそですが、ベテランや主役は、どんな長台詞もNGを出せない、というプレッシャーとも闘っています。台詞の論理構成が生理的に合わない場合もありますから、50歳を過ぎてからの緒形拳流の「役者としての佇まい」だと思います。
緒形拳さんに教えられたことは、監督は別として、プロデューサーやスタッフは自分から俳優さんに話しかけないということ。しかし、俳優さんから話しかけられる位置にいることです。
初プロデュースドラマの主演が緒形さんで、クランクインの寒い日にロケバスで二人きりになってしまい、何を話していいかも分からず、自分にとっては重たい沈黙で心臓がバクバクし窒息しそうな時に、緒形さんから「お前のご両親は、どこに住んでいるんだ?」と聞かれ、やっと言葉を出すことできました。それ以降、ロケでは緒形さんに話しかけられる位置に、耳を澄ませて立つようにしました。
その後、田村正和さんとご一緒した時もそうしましたし、先日終了した「同窓生」で、初めて仕事をした稲森いずみさんにも同じでした。
緒形拳さんにいただいた達筆の年賀状は、いまだに会社のデスクに忍ばせてあります。初仕事から20年で連続を含む5本のドラマに出ていただいたのですが、今も、緒形さんの元マネージャーさんに連絡すれば、また出演していただき、会えるような気がしてなりません。
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