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劇場映画の最終的な出来は何が決めるのか?
監督か? プロデューサーか? アイデアか? 俳優か? 脚本か? 音楽か? それとも美術か?
スタジオジブリ・三谷幸喜・タランティーノと仕事をし、国際的にも活躍する映画美術家・種田陽平氏がある本を出版した『伝説の映画美術家たち×種田陽平(2014・スペースシャワーネットワーク)』は過去の天才映画美術家を徹底的に研究した本だ。種田さんはあれほどの腕を持ちながら過去の研究を徹底的に行っていたのだ。
どうしてもクリエーターは最新のものに目がゆくが、映画でも小説でも過去の名作はアイデアの源泉・力の源・思考回路の枠組みを与えてくれる。
と言うわけで、本論に入る。筆者は映画マニアではないが、イギリスのケン・アダムという映画美術家のセットデザインが大好きだった。
キューブリック『博士の異常な愛情(1964)』の巨大作戦室や『007シリーズ』の悪の巣窟の巨大で荒唐無稽なセットを作ったその世界の伝説の天才である。彼のセットを見るだけで映画館に行く価値があったし、観るだけで心からワクワクしたものだ。
ある日、映画研究家・岸川靖氏にそのことを語ったら、彼が仕事を依頼した事がある英国人の映画関係の若者が、
「あの人の性格の悪さは英国でも有名です。」
と言っていたと伝えて来たという。その後、岸川さんはご丁寧にもケン・アダムのインタビューDVDまで送って来てくれた。見ると普通の紳士で職人ぽく、微に入り際に入り自分の仕事について語っている。このインタビューの仕事をその英国の若者がしたのだと言う。直接ケン・アダムに会った彼が言っているのだから本当に映画美術家ケン・アダムは性格が悪いのかもしれない。
しかしながら、一方でこんなことも思った。
「性格が良くて仕事が出来て」というのはこの世界ではごく稀である。
その時、「こいつは鬼か。」とか「キチ◯イか。」などと思っても、全て終わって作品を見みてみれば、「凄い」と呟いてしまうこともある。あの温厚に見える小津安二郎監督も、「東京物語」の最後の尾道のシーンで、座敷に座る笠智衆の後ろの庭をちょっと通るだけのカットで女優の浦辺粂子さんに何十回もNGを出して、ついに画面から追い出してしまったことがある。まさに巨匠の鬼気迫るものがある。
しかし、その「現場での性格の異常さ」を仕事外に持ち出したり、自分だけ豪奢な暮らしをしていてスタッフにはビールも振舞わない・・・などと言うことをしていると、これは最悪だろう。「飴とムチ」というレベルではなく、利己的でしかないからだ。でもその英国人の若者は、ケン・アダムという人が、そういう「利己的な人だった」とか、異常に神経質な人だったとか、突然意地悪な事を言い出すということがある・・・というようなことを言いたかったのかも知れない。
一方で、天下を覆すような才能があれば、多少の奇行は 許されるべきなのだという考え方もある。「性格の良い人」の指揮する仕事が途中で支離滅裂・ムチャクチャになったり、毒にも薬にもならない作品になるような現場を筆者は何度も見て来たからだ。「嫌な人」「厳し過ぎる人」「やたらオッカナイ人」が凄く仕事が出来るという例は山ほどあるある。
スタンリー・キューブリックは『博士の異常な愛情(1963)』を製作してから、ずいぶん後年になって撮った傑作『バリーリンドン(1975)』でも再び映画美術家ケン・アダムにやらせたのだから、彼が「性格悪い」ことはきっと熟知していたのだろう。
しかし、さらに狂気をはらんだ巨匠キューブリックは「性格は悪いが凄い仕事をする」アダムに命じて18世紀の世界を隅々まで完全に再現した。アダムは美術部門の部下にかなり厳しい要求や、やり直し、作り直しを命じていたに違いない。「本当に嫌な奴だ。」こういう伝聞もこの過程で伝わっただろう。
しかし結果は、あの傑作。
才能と性格の問題。これはなかなか難しい問題なのである。
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