目次
  • 徘徊を認知症状の一つだと捉えることの弊害
  • 介護事業所における認知症の人への対応
  • 認知症の人の行方不明を防ぐ3つの方法
  • 住民が認知症の人を気にかける地域を構築する
  • 認知症の最大の発症リスクは加齢とされています。長寿化が進むわが国では、認知症は特別なものではありません。

    私たちは認知症と共に歩むときを迎えています。

    そんな中、避けては通れない課題が認知症と行方不明です。認知症の状態にある方が外出したまま行方不明となったり、電車の事故にあったりと心を痛める出来事が相次いでいます。

    2020年、警察に届け出のあった認知症の人の行方不明者数は、1万7,565人にものぼります。今回は、この課題への対策について考えていきます。

    徘徊を認知症状の一つだと捉えることの弊害

    認知症の人が道に迷い、自宅などに戻れないことや、施設内をウロウロと歩きまわることを「徘徊」と表現しているニュースをよく目にしますが、皆さんは徘徊という言葉の意味を知っていますか?

    辞書で調べると「目的なく、うろうろ歩き回ること」とあります。つまり、認知症の症状も同様に捉えられてきました。

    私は18年以上介護の現場で働いてきましたが、出会ってきた認知症の人の中で、目的なく歩き回っている方はいませんでした。もちろん歩いている目的(理由)を、理解(分析)できていないことはあります。

    認知症の人が歩き回るのは、記憶障がいや見当識障がいなどによるためで、本人が一番困っているものです。

    私が体験した事例を2つ、ご紹介します。

    【事例1】

    アルツハイマー型認知症のAさんを病院にお連れした際、病院の看護師さんが「この方は徘徊しますか?」と尋ねてきました。

    その会話がAさんに聞こえてしまい、「馬鹿にしないで。

    徘徊なんてしません!」と怒ってしまいました。私たちが何気なく使う「徘徊」という言葉に、不満を感じ、傷ついている方がいることを忘れてはなりません。

    【事例2】

    アルツハイマー型認知症のBさんは、施設の廊下をキョロキョロしながら歩いていました。私は、Bさんが廊下を歩いている=徘徊と決めつけて、かかわりを持ちませんでした。

    一方、認知機能に支障がないCさんが施設の廊下をキョロキョロしながら歩いてたので、私は「何か探しているのではないか」「困ったことがあるのではないか」と考え、「Cさん、どうされました?」と声をかけました。

    このように、まったく同じ場面であっても、「徘徊は認知症の症状」と捉えることにより、考え方やかかわりに差が生じてしまいます。

    介護事業所における認知症の人への対応

    私たちが生活を送る中で、記憶は非常に重要です。

    記憶は、体験や経験、教育などによって脳に刷り込まれていきます。人の生活の源は脳ですから、アルツハイマー病などの原因疾患によって脳の機能が低下すると、生活に支障が生じるのは当然です。

    一般的な人は「今日は○時に起きて、〇時に出社し、〇時に会議室で〇〇さんと会って、〇時に退社して自宅に帰る」というように、時間・場所・人の中に自分を位置づけ、記憶しながら生活を送っています。

    また、生活を送っていると突発的に問題が起こりますが、今まで蓄えてきた経験値や知的能力を駆使して、対処をしていくことができます。

    しかし、認知症という状態は、原因疾患によって知的な能力が低下しており、対処力も非常に弱まっているため、生活を営むことが大変になります。

    例えば、見当識障がいは「今がいつで、ここがどこで、目の前の人が誰か」がわかりづらくなる症状です。

    さらに、記憶障がいで何を目的に行動をしたかを忘れてしまうことがあります。

    そのため、道に迷ったり、一時的に行方不明になるリスクを抱えています。

    認知症の人の介護者は、常に監視(見守り)の目を持ち続けなければならず、精神的負担や疲弊感から心に余裕がなくなります。

    介護保険法では尊厳の保持がうたわれていますが、リスク回避のために、「閉じ込める」「薬で動けなくする」といった権利とは無縁の方法をとってしまいがちなのです。

    介護事業所では、認知症の利用者を、職員が「申し訳ない」と思いながらも、専門職の目の届く範囲内で生活をしてもらっています。

    この範囲から外れてしまうと、認知症の人が一人で外に出ていって、行方不明になる可能性があるからです。

    そのため、専門職は本人にとって居心地の良い環境づくりや、本人がその場に留まるように創意工夫をしています。

    また、人だけではなく、さまざまな福祉機器を活用することで、認知症の人が行方不明になることを防ぐ手立てをとっています。

    認知症の人の行方不明は年間1万7,000件以上。予防や早期発...の画像はこちら >>

    認知症の人の行方不明を防ぐ3つの方法

    一方、在宅介護では、専門職のような対応をとれないことがほとんどです。介護者が自分の時間をすべて使って、見守りをするのは現実的ではありません。だからといって、放置してしまうこともできません。

    ここからは、在宅介護者にできることや行方不明を防ぐポイントについて考えていきたいと思います。

    地域住民と馴染みの関係をつくっておく

    認知症の人が、住み慣れた地域で安心して生活を送るために一番重要なことは、地域住民の理解と見守りです。私が以前働いていた介護老人保健施設のデイケアを利用していたAさんは、利用中に一人で喫煙に行くのが日課でした。

    職員は後ろからさりげなくAさんを見守っていましたが、タバコがなくなると、事業所の近所にある商店に向かうこともありました。

    Aさんを制止すると「何で買い物に行かせないんだ」と怒るので、そんなときは職員が付き添って、タバコの買い出しに行きました。それを繰り返すうち、商店の店員とAさんは馴染みの関係になっていきました。

    ある日、デイケアを利用中にAさんの姿がないことに職員が気づきました。すぐに私を含め、大勢の職員でAさんを探しに出ようとしたとき、商店から事業所に連絡が入りました。

    「いつも職員さんとタバコを買いに来るけど、今日は一人で来ましたよ。ちょっと心配になったから電話しました」という連絡で、その電話のおかけで何事もなくAさんを見つけることができたのです。

    その日は気温が30℃を超える真夏日。道に迷われ、長時間Aさんが外を歩いていたら脱水症状などを起こしていたかもしれません。馴染みの関係だったからこそ、店員さんの気遣いと行動につながったと考えます。

    介護機器や福祉用具を活用する

    介護業界では、業務効率向上のためにICT化を推進しています。介護機器や福祉用具を活用することで、行方不明になる直前に気づいたり、早期に対応することができます。

    介護機器や福祉用具の例
    • 普段着に専用のタグを取り付けるタイプ。
      外出などの異常を検知すると、スマホへのプッシュ通知やスピーカーなどで知らせ、カメラでの撮影を行う機器
    • 小型GPSを内蔵した靴で、指定の場所から本人が移動した場合などに、介護者にメールで通知してくれる機器
    • 人が外出しようとしたときにアラームを発し、介護者に外出を気づかせる機器

    これらの介護機器や福祉用具は、一部介護保険でレンタルすることも可能です。ご利用を検討したい方は、ケアマネージャーに相談すると良いでしょう。

    認知症の人の身長や体重などを把握しておく

    認知症の人の行方がわからなくなったとき、捜索の力になってくれるのは警察です。警察が捜索のために必要な情報を確認すると、一つは身長や体重といった体形が手掛かりになるそうです。

    認知症の人の身長や体重を把握している在宅介護者は、少ない印象です。いざというときに手掛かりとなる情報を事前に確認しておきましょう。

    加えて、捜索の手掛かりとして重要になるのが、行方がわからなくなった際に着ていた服装です。服の裏側のタグなどに、住所・氏名・電話番号が記載していることが望ましいそうです。

    もし行方が分からなくなった場合は、自分たちで捜索をするだけではなく、早期に警察に連絡をすることも望ましいとのことでした。

    介護機器や福祉用具の活用や、市役所や警察などと連携して、認知症の人が道に迷わないよう未然に防いだり、道に迷っても早期に発見できたりする体制を整えておくことが大切です。

    認知症の人の行方不明は年間1万7,000件以上。予防や早期発見のために在宅介護でできる対策
    警察の捜索で大切になる認知症の人の情報

    住民が認知症の人を気にかける地域を構築する

    認知症になったとしても、鍵をかけて閉じ込める、動かせないようにするのではなく、住み慣れた街で暮らしを継続できるような地域の構築を忘れてはいけません。

    そこには、地域住民の目と意識も重要です。近隣の人が気づいたらもしかしたらと考え、行動に移すことも重要だと思います。

    以下のような人は、認知症の状態で道に迷っている方の可能性がありますので、気にかけて様子を見てあげてください。

    • 不自然な様子が伺える
    • 靴が左右チグハグ
    • 服がチグハグ(例:パジャマで歩く、上パジャマ下ジーンズなど)
    • ボサボサの髪型
    • キョロキョロあたりを見渡している
    • 21:00以降に独り歩きている
    • 危険認識に疑問を感じる
    • 車道を歩いている
    • 道端に座り込んでいる
    • 雨の中、雨具を使わずに歩いている
    • ウロウロと同じ場所を歩いている
    • 質問に戸惑いが多く、「わからない」と答える
    • 交差点などで戸惑っている

    心配になったら、ぜひ一声かけてみてください。その際、「急に駈け寄る」「後ろから声をかける」「大勢で囲む」「一方的に話す」ことは避けてください。

    さりげなく先回りをして、すれ違いざまにやわらかいトーンで声をかけることがポイントです。認知症の人に安心感を覚えてもらうことが大切だからです。

    認知症の人が安心して生活を送るためには、一人ひとりが他人事ではなく、自分事として捉えて考えることが重要です。

    そして勇気を出して声をかけるなどの行動に移すことも大切です。そのような人たちが集う地域社会が、これから求められているのだと思います。

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