何かをするにあたって「手を抜く」と聞くと、皆さんはどのような印象を持ちますか。
多くの方はマイナスのイメージを抱かれると思いますが、認知症の方を介護している方にとっては大切なことになります。
今回は、私が世話人として参加している「認知症の人と家族の会」の集まりで聴いた参加者のエピソードを例に、手を抜くことの大切さについてお話します。
【事例】頑張っているのに認知症の妻に理解されない
Sさん(男性)は、認知症の奥様を介護保険サービスを利用しながら、約3年にわたって在宅介護をされています。
仕事人間だったSさんは、家のことをほとんど奥様にしてもらっていたこともあり、奥様の認知症がわかったときは戸惑われたと言います。
それでも3人の子どもは独立し、すでに自立していることから、「頑張ろう」と思って家のことをやっています。きちんと食事をつくり、掃除や洗濯といった家事に始まり、排泄の介助などの介護も含めて、すべてきっちりとやっています。
ところが、奥様はSさんの頑張りに反して、食べてくれなかったり汚したりするそうです。そんなときSさんは「なぜこんなに頑張っているのに…」と思うそうです。
「きちんとやっているのになぜ妻は…」という思いにとらわれてしまうのですが、ここに問題が2点あります。
1つは認知症の妻に自分の頑張りを認めてもらいたいと期待していること。そしてもう1つがきちんとやっていることが正しいと思っていることです。
もちろん、きちんとやること自体は悪くありません。ただし「きちんとやらないと」と一生懸命になりすぎず、適度に手を抜くことが大切なのです。
心の健康を保つために手を抜こう
きちんと介護をしようと思うのは「男性介護者に多い」という話を聞いたことがあります。男性は介護を仕事のように捉えがちで、形から入り、失敗のないようにすることが大切と考える。
それに対して、女性の多くは、人の世話という意味では育児の経験から適度に手を抜かないと頑張りは続かないことをわかっている。この理解こそ大切なことなのです。
介護は育児と違って先が見通せるものではありません。何年どのような経過で続くかわからない中、ずっと一生懸命にやりすぎて、介護者が体調を崩しては本末転倒です。
介護する相手を思いやって対応することは大切ですが、認知症の方の介護を続けるためには、介護者の体はもちろん、心も健康であることが必要なのです。また、認知症の方の介護をするうえで、「手を抜くこと=罪悪感」と感じる介護者もいますが、決してそんなことはありません。
食事をつくることに疲れたらできあいの物を買えば良い、掃除をしなくても死ぬことはないといったように割り切って手を抜くことが大切です。
認知症の方をコントロールせずに心に余裕を持とう
認知症の方の心の状態は一般の人以上に複雑です。何かをきっかけに実にさまざまな言動をします。
特に、介護者が認知症の方をコントロールしようとすると、介護者にとって悪い言動をとります。
なかなか食べてくれないときに、何とか食べてもらおうと一生懸命になるのではなく、食べない日もある、歳を考えるとこれだけ食べれば十分なのかもと考えると良いでしょう。
風呂に入らなくても死ぬことはない、誰だって寝られない日はある、機嫌が悪いことは私にもあるといった感じで心に余裕を保ってみてください。
介護者が適度に手を抜いて心の余裕を持つことが、結果的に認知症の人の対応(介護)を上手くできる1番の近道だと私は思います。