歳を重ねるにつれて、免疫の機能が低下することも多く、高齢者は感染症に罹りやすくなります。特に、介護を必要とする高齢者が集団で生活する介護施設などは、感染症が広がりやすい環境といえるでしょう。
健康な人であれば感染症を発症しない細菌やウイルスであっても、免疫機能が衰えている高齢者では、容易に感染症を発症することも少なくありません。緑膿菌と呼ばれる細菌もその一つです。
この記事では、高齢者で注意が必要な緑膿菌感染症と、感染予防のための注意点を解説します。
緑膿菌と緑膿菌感染症
緑膿菌は、土の中や水中、植物や人を含む動物など、さまざまな場所に日常的に生息している細菌です。怪我をした際に傷口に感染すると、緑色の膿(うみ)が出てくることから緑膿菌と名づけられました。
健康な人の体に日常的に存在する微生物(細菌)は常在菌(じょうざいきん)と呼ばれ、緑膿菌は典型的な常在菌の一種です。人間にとって身近な常在菌としては、乳製品などにも含まれている乳酸菌やビフィズス菌、皮膚に生息しているブドウ球菌やアクネ菌、大腸に生息している大腸菌などをあげることができます。
常在菌は、健康な人に対しては感染症を引き起こす能力、すなわち病原性が極めて低く、感染症を発症することはありません。緑膿菌もまた、病原性が低い細菌です。
しかし、緑膿菌と接触する機会が多い環境で生活をしている場合、体の抵抗力が衰えたときに、緑膿菌感染症を発症することがあります。このように、感染に対する抵抗力が弱っている人だけが発症する感染症は日和見感染症と呼ばれます。
緑膿菌感染症の何が問題?
緑膿菌による感染症が悪化すると、感染部位で増殖した菌が、血液中に入り込んでしまうこともあります。本来は細菌が存在しない無菌状態の血液に、何らかの細菌が見つかってしまう状態を菌血症と呼びます。菌血症の状態が改善されないと、身体全体に炎症反応が起きる場合があり、このような状態は敗血症と呼ばれます。
敗血症に至ると、肺や腎臓、肝臓など体の重要な臓器が適切に働かなくなってしまう多臓器不全という状態が引き起こされたり、血圧が急激に低下して敗血症性ショックを引き起こすこともあります。一般的に、敗血症は命にかかわる病状であるため、直ちに適切な処置を行う必要があります。
緑膿菌は免疫の機能が正常な人であれば、病原性や感染力は低く、基本的には無害な細菌です。しかし、緑膿菌の多くは感染症の治療に用いる抗菌薬に抵抗性(耐性)を持っており、抗菌薬を使用しても緑膿菌の増殖を抑えることが難しいのです。
免疫力が低下している高齢の方の場合、体の中で緑膿菌が増殖し続けると、肺炎や膀胱炎など、さまざまな感染症を引き起こす原因にもなります。
緑膿菌はどのように感染する?
緑膿菌による感染症には、内因性と外因性と呼ばれる2つの原因があります[1]。自分の体の中に原因がある場合を内因性、自分の体の外に原因がある場合を外因性と考えればわかりやすいと思います。
内因性の緑膿菌感染症
緑膿菌は、私たちの体にも日常的に存在する常在菌の一種です。特に、口の中や腸の中には無数の常在菌が生息しており、緑膿菌が存在することも少なくありません。そのため、体の中に生息している緑膿菌が、何らかの原因で血液中に入り込むと菌血症や敗血症を引き起こしてしまうことがあります。
また、肺や気管支の持病を患っている高齢者では、口の中に緑膿菌が生息していることも多く、肺炎などの病気をきっかけに緑膿菌が増殖し、病状の悪化を招くこともあります。
外因性の緑膿菌感染症
緑膿菌は人の生活環境中に広く生息していますが、特に流し台や入浴施設(浴槽)などの水回りを好みます。緑膿菌が付着した水回りで作業を行うと、手指を介して緑膿菌が体の中に入り込み、感染症を発症することがあります。感染を広げないためにも、手洗いや手指の消毒が欠かせません。
緑膿菌感染症の予防策は?
内因性の緑膿菌感染症を予防することは困難ですが、外因性の緑膿菌感染症は、適切な感染対策によって予防することができます。感染を広げないためにも、日常的に水回りを清潔に保ち、消毒に心掛ける必要があります。
また、緑膿菌感染症の予防には、介護施設や医療施設に従事している職員の感染対策意識がとても大切です。免疫力が低下しているような高齢者の場合、身体機能も衰えていることが多く、一人で行動されることは稀です。
つまり、緑膿菌に接触する機会は、このような高齢者を介護するスタッフや医療従事者が原因となることのほうが多いのです。そのため、緑膿菌の感染リスクが高い高齢者と接する施設職員は、手洗いや手指の消毒を徹底し、自身が緑膿菌の感染源とならないよう注意することが重要です。
一般的に、緑膿菌にはすべての消毒薬が有効だと考えられています。ただし、緑膿菌が密集するとバイオフィルムと呼ばれる膜状の物質で、密集した菌の表面を覆ってしまうことがあります。
バイオフィルムをつくった緑膿菌は消毒薬が効きづらく、消毒されるまでに30分程度の時間がかかることもあります[2]。また、ベンザルコニウム塩化物と呼ばれる消毒薬は、緑膿菌に対する消毒効果が低い可能性も報告されており[2]、一般的には消毒用のエタノールを用いた手指消毒を行います。
なお、緑膿菌の消毒には、80℃で10秒間、70℃で30秒間の熱水も有効です。調理器具や食器等は煮沸消毒することで、緑膿菌感染症を予防することができます。
【参考文献】
[1]国立感染症研究所; 薬剤耐性緑膿菌感染症とは
[2]Microbios. 1994;79(318):19-26.
[3]Am J Infect Control. 1996 Oct;24(5):389-95.