介護報酬の“使途の見える化”に関するルールの策定を目指す
公的価格評価検討委員会にて政府が明言
2022年12月2日に開催された公的価格評価検討委員会の場で、政府は介護報酬の「使途の見える化」に関するルール作りに取り組む姿勢を明らかにしました。
政府がこのような姿勢を明らかにした背景にあるのが、「介護事業所が受け取る介護報酬が、介護職員の給与に適正な形で配分されているか」を透明化したいというねらいです。
近年、介護人材の不足が深刻化する中、政府としては介護人材を確保するため、処遇改善策を今後も検討していく予定。
そのような施策を実行する前提条件として、各事業所において介護職員への適正な給与設定が行われているかどうかをチェックできる体制作りをしておきたいわけです。
介護現場における介護人材の不足感は小さくありません。交易財団法人介護労働安定センター「令和3年度介護労働実態調査」によると、介護事業所全体における「人材の過不足状況」は、「不足感」を感じている介護事業所の割合は63.0%に上っています。
こうした不足感を減らすべく人材を確保するためにも、処遇改善策は今後も必要です。
出典:『令和3年度介護労働実態調査』(公益財団法人介護労働安定センター)を基に作成 2022年12月29日更新しかし、国民の保険料、税金を財源とする介護保険制度は、財政的な余裕がないのが実情です。
介護職員の処遇改善を今後進めていくにあたって、厳しい状況にある財源を効率的かつ確実に職員の給与アップにつなげられるようにするためにも、政府としては「使途の見える化」に関するルール作りに取り組みたいわけです。
現行制度では介護報酬の使途についての公開・報告義務はない
介護職員の給与額は、所属する介護事業者が受け取る介護報酬の総額の中から支払われます。介護報酬とは、利用者が介護保険サービスを利用した際に、介護事業者に支払われる対価のことです。
介護報酬はいわば、一般企業で言うところの売上に該当します。ただし、介護報酬の場合は利用者が直接支払うのは1~3割のみで、残りの7~9割は介護保険の財源(保険料5割、税金5割)が充てられます。
現行制度では、介護事業所が受け取る介護報酬の使途が「見える化」されていないので、各法人がどのくらい給与に回しているのかは不透明な状況です。
つまり、介護事業所として得た介護報酬を職員にどの程度配分するかは、事業所を運営する法人の経営者側に任されていて、その内容は公表されていないのが現状であるわけです。
そのため、職員の給与額が思うように上がらない状況が生じている場合、「経営者など一部の人に多く渡っているのでは」「職員の給与に適正に回されていないのでは」との疑義も生じてきます。
介護報酬の“使途の見える化”をすることで何が変わる?
各法人が介護報酬を適正に給与に配分しているかをチェック可能
介護職員の給与額は、他の業界に比べると低めの状況が続いています。
公益財団法人介護労働安定センターの「令和3年度介護労働実態調査」によれば、介護労働者全体の所定内賃金は、2021年時点で24万4,969円。
一方、厚生労働省の「令和3年賃金構造基本統計調査」によると、2021年時点での全産業の平均賃金は30万7,400円。あくまで平均額の比較ですが、その差は6万円以上もあるのです。

介護報酬の見える化をすることで、こうした賃金の低さが、法人の介護報酬の使途に要因があるのかどうかがチェック可能です。
また、政策として介護職員の待遇改善策を図る際、基本的に介護報酬のアップ(介護職員処遇改善加算のような加算をさらに増やす)を通して行われるので、使途を透明化するルールを設けることは、確実に職員に行き渡ることを保証することにもつながります。
財務状況のデータベースと連動したルール作りを目指す
2022年11月、社会保障審議会・介護保険部会の場で、介護事業所に対して経営状態が分かる財務諸表などの公表を義務化する方針が決定されました。2024年度からの適用に向け、今後ルールの細部を決定していく予定です。
実際の財務データの公表は、厚生労働省が運営する「介護サービス情報公表システム」において行われる見込みです。公表の対象項目には、介護職員1人あたりの賃金なども含める意向を同省は明らかにしています。
現行制度でも、障害福祉サービス事業所では情報公表システムによる財務データの公表が求められていて、社会福祉法人については、財務諸表の作成・公表・届出がすでに義務化されています。こうしたルールの中に、介護事業所も含めていくわけです。
厚生労働省は将来的に、この「介護サービス情報公表システム」を活用し、個々の経営実態をより詳細に把握、分析できる体制を構築する予定。
政府としてはこの点をさらに掘り下げ、介護職の職種ごとの給与費の合計などについて、継続的な把握が可能となるような対応をすべきと提言しています。
介護報酬の“使途の見える化”による効果と課題
介護職員の離職率の改善も期待できる
介護報酬の「使途の見える化」がされ、介護職員に適正に給与が配分されているのかをチェックできるようになった場合、期待される効果の一つが離職率の低下です。
介護職は給与の低さに加えて、離職率も高めな職種です。「令和3年度介護労働実態調査」によると、2021年時点での介護職の離職率は14.3%。
一方、厚生労働省の「令和3年雇用動向調査結果」によると、全産業平均の2021年時点での離職率は13.9%。介護職が0.4ポイント高い値となっています。

使途の見える化により、各法人において介護報酬が適正に給与に行き渡っていることが分かれば、「経営者が多く受け取っている」などの疑いを減らし、現場職員に介護事業所に対する不満は生じません。
また、「見える化」のルールが定まることで、各介護事業所に対して適正に介護報酬を配分するよう促す効果も期待できます。介護職の待遇改善策の効果も高まり、離職率改善にもつながるでしょう。
事務負担増を避けつつ、給与実態を把握できるかがポイント
ただし、実際に介護報酬の使途の「見える化」を進める場合、いくつか配慮すべき点・課題もあります。
懸念点の一つが、現場の事務負担が増える恐れがある点です。介護報酬の使途を「見える化」をするには、公開に適する形で介護報酬の使途、個々の介護職員の給与額に関する情報をまとめる必要があります。
この場合、財務情報を収集し、データ化するための人員が必要です。ある程度規模の大きな運営元であれば法人内に財務部門があり、専門の経理職などが対応することも可能でしょう。
しかし、中小の介護事業所の場合、経理職を配置する余裕がなく、結果として現場の介護職への負担増につながる恐れがあります。
また、「見える化」に関する具体的なルールを定める上で、政府としては「職種ごとの給与費の合計などを継続的に把握できるように」との意向を示していますが、この点もどこまで踏み込んだ形になるのかは、大きな焦点であり課題といえます。
例えば「介護職員」と一口に言っても、介護福祉士・実務者研修・介護職員初任者研修などの資格の有無による違い、勤続年数の違いなど個々人によって大きな差があり、実際の報酬額も大きく違います。
こうした介護職の間における差異をどこまで配慮した「見える化」になるのかは、ルール作りにおける大きなポイントです。
今回は介護報酬の「使途の見える化」について考えてきました。2024年度からの新ルール運用に向けて、今後どのような議論が行われていくのか。引き続き注目していきたいです。