介護職の賃金「6,000円」アップは妥当!?

厚生労働大臣が「6,000円は妥当」と発言

介護職員の給与は長年の課題として挙げられています。昨年度はベースアップ等支援加算などによって、約1万円上昇しましたが、昨今の物価上昇によってさらなる賃上げが求められていました。

そこで、政府は総合経済対策をまとめ、介護職の賃上げを検討しています。

期待感が高まる中、一部マスコミなどが「6,000円程度になる」と報道し、業界内で大きな波紋を呼びました。

さらに厚労大臣も「6,000円は妥当」という考えを示したことで、業界団体からの反発が強まっています。全国老人保健施設協会は記者会見を開き、「全産業並みの賃上げをしてほしい」と要望しました。

他産業よりも7~8万円低い

では、全産業と介護業界の賃金について直近のデータを比較してみましょう。

厚生労働省の令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果によると、介護職員の平均給与は31万7,590円。一方、経団連が発表している平均賃金は全産業で39万1,408円でした。つまり、全産業平均と比較すると、約7~8万円ほど低いことがわかっています。この結果から介護職の厳しい状況がうかがえます。

また、2023年の春闘による賃上げ率は3.58%と30年ぶりの高さになっています。さらに東京商工リサーチの調査では、企業の84.8%が賃上げを実施していると回答し、2016年以降では最高水準となりました。この調査によれば、大企業だけでなく、中小企業でも賃上げの機運が高まっていると報告されています。

全産業で賃上げを実施する企業が増えると、介護業界からの人材流出が懸念されます。そのため、業界団体はさらなる介護職の賃上げを求めているのです。

介護職の賃金はなぜ大きく上がらない?

介護報酬制度による影響

一般的に人材が不足している場合、賃金は上昇する傾向にあります。2022年度の介護職の有効求人倍率は3.79倍で、訪問ヘルパーに至っては15.53倍にまで達しています。2023年8月の全産業の有効求人倍率が1.29倍なので、その差は歴然。しかし、それでも介護職の賃金は低いまま抑えられている状態です。

その大きな理由として考えられるのが介護報酬制度の仕組みです。介護事業所収入の大半は介護報酬による収入であり、その収入の大半は介護労働者の人件費が占めています。さらに、介護報酬では地域の人件費水準を考慮するために地域別の割増率が設定されており、介護報酬の改定は3年ごとと時期が決められています。

介護職の賃上げ「6,000円」報道に各団体が反発!賃金アップ...の画像はこちら >>

介護報酬は地域差が大きいうえに、3年というスパンが定められているため、1年ごとの定期昇給が難しいという事情があります。

また、介護報酬の原資は現役世代から徴収される社会保険料です。社会保険料は年々上がっていますが、それでも増加する高齢者や介護ニーズに追いつかず、介護報酬に回せる額には限りがあるのです。

このような性質から、全産業の賃金が上昇すると、介護職からの流出が増えるという傾向があります。たとえば、2004年に全産業の賃金が改善されると、一気に離職が進み、介護人材不足が進みました。逆に、2008年のリーマンショック時には一時的に介護業界への流入が増えて人材不足は改善されています。

介護人材の全体的な量は、固定化された賃金体系によって、景気変動に対応しづらく、全産業の賃金状況に左右されやすいのです。

賃金よりも労働環境の改善が重視されやすい

一方で、過去の調査研究によって、介護職員の離職理由は賃金ではなく労働環境の悪さの影響が強いという報告が影響を与えている可能性もあります。

たとえば、介護労働安定センターの「令和4年度介護労働実態調査」によると、「職場の人間関係に問題があったため」が27.5%で最も多く、次いで「法人や施設・事業所の理念や運営の在り方に不満があったため」22.8%、「他に良い仕事・職場があったため」19%、「収入が少なかったため」の18.6%、「自分の将来の見込みが立たなかったため」15%の順になっています。

つまり、賃金よりも労働環境の改善が重視されやすく、賃金アップがどれだけの効果をもたらすのかという議論もあります。

しかし、他産業からの流入を増やすためには魅力的な賃金にすることも必要です。ましてや賃上げを求める声が強まっている今、介護業界へ流入したいと考える人材を少しでも増やす取り組みは不可欠です。

介護職が昇給するための仕組みづくり

事業所内で昇給条件などを決めておく

介護職の定着に向けて、各事業所で求められているのが給与モデル表です。これは賃金体系をまとめたもので、定期昇給や管理職などへの昇級によっていくら給与が上昇するのかなどを定めたものです。

確かに事業所の収入は介護報酬で定められているため、介護職の昇給は簡単に変えられないという事情があります。また、特に確保が難しい看護師などには、一般介護職と給与において差をつけなければならず、全職種で一定のモデル体系の作成が難しいとも考えられます。

一方で、あらかじめ何らかの条件をクリアしたら手当をもらえるといった明確な基準を設けておけば、ある程度の昇給を考慮に入れたうえで事業所への応募ができるというメリットもあります。

このような複雑な事情をクリアするためには社労士などに依頼して、事業所に合った給与モデル表を作成することが大切です。

埼玉県などでは、極端に賃金が低い事業所などに対して、社労士の派遣を補助するなどの事業を行い、適切な賃金になるよう工夫を凝らしています。事業所内だけで給与モデル表の作成が難しい場合は、こうした自治体の支援などを調べるのも一つの手段でしょう。

正規雇用者をどれだけ増やしていくか

また、介護職の平均給与が低い理由として非正規雇用の多さを指摘する声もあります。現在、介護人材全体における非正規雇用の割合は4割に上り、ホームヘルパー(訪問介護員)に至っては7割にも達しています。

非正規雇用は時給や日給換算で計算され、基本給が正規雇用職員を下回るケースも約4割と多くなっています。

こうした非正規雇用は昇給のシステムそのものが設けられていないことがあります。そのため、全体の平均給与を押し下げている可能性があるのです。長期の非正規雇用者を正規雇用に切り替えれば、統計的な平均給与も上がるかもしれません。そうなれば、「介護業界は給与が低い」という一般のイメージを変えるきっかけになるかもしれません。

実際に都市部では「月給30万円以上、賞与3ヵ月分を年3回支給」という求人もあります。

国による賃金アップの努力は不可欠ではありますが、業界全体でもイメージアップを図ることも大切です。そのためには、事業所内でしっかりと職員が納得できる給与体系をつくることがカギを握るのではないでしょうか。

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