新設される生産性向上推進体制加算とは
介護ロボットやICT機器の導入を促進
政府は2024年介護報酬改定で、生産性向上推進体制加算を新設することを決めました。
この加算は、介護事業所が介護ロボットやICT機器などを導入して、生産性向上ガイドラインに基づいた業務改善を継続的に行うことを目的に導入されました。
新設された背景には、日本の人材不足があります。
長らく人材不足が叫ばれる介護業界でも同様に、66.3%が人材不足を感じていると回答(介護労働安定センター「令和4年介護労働実態調査」)。訪問介護事業所に限れば、実に83.5%に達しています。
専門家によれば、昨今の人材不足を解消するためには、外国人人材を増やすか生産性向上しかないとしています。
外国人人材の活用は政策にも大きく左右されるため、事業所単位での取り組みは困難です。
新加算の要件
新設される生産性向上推進体制加算は(Ⅰ)と(Ⅱ)に分かれています。それぞれの算定要件は以下の通りです。
生産性向上推進体制加算(Ⅰ)単位数:100
- (Ⅱ)の要件を満たし、(Ⅱ)のデータにより業務改善の取組による成果が確認されたこと
- 見守り機器等のテクノロジーを複数導入していること
- 職員間の適切な役割分担(いわゆる介護助手の活用等)の取組等を行っていること
- 1年以内ごとに1回、業務改善の取組による効果を示すデータの提供を行うこと
単位数:10
- 利用者の安全並びに介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会の開催や必要な安全対策を講じた上で、生産性向上ガイドラインに基づいた改善活動を継続的に行っていること
- 見守り機器等のテクノロジーを1つ以上導入していること
- 1年以内ごとに1回、業務改善の取組による効果を示すデータの提供を行うこと
単位数や要件を見ればわかるように、まずは(Ⅱ)の要件を満たしたうえで、さらに一歩進んだ取り組みを実施することで(Ⅰ)が算定される仕組みとなっています。
この要件では、まず見守り機器などのICT活用が不可欠で、厚生労働省が定めたガイドラインに合わせた取り組みが評価されることとされています。
どんな取り組みが評価されるのか
ガイドラインの要点をおさえる
生産性向上推進体制加算を算定するうえで、見逃してはならない要件の一つが、厚労省が公表しているガイドラインに即しているかどうかという点です。
このガイドラインは厚労省のホームページで公表されており、誰でもダウンロードできるようになっています。しかし、100ページ弱の内容になっており、すべて読み込んで正確に実施するのは難しいかもしれません。
そこで公益社団法人全国老人福祉施設協議会(老施協)は、より簡素化した『介護ICT導入ガイドライン』を公表しています。それによると、導入に向けたポイントは以下の通りです。
つまり、介護ロボットやICT機器を導入することで、どのような業務課題を改善し、それに伴った運用体制を築いているかどうかが大きなポイントになると考えられます。
推奨される取り組み事例
厚労省のガイドラインには、ICT機器や介護ロボットの活用事例が紹介されています。これらの事例は厚労省が認めたケースなので、今後の取り組みの参考になるでしょう。
【事例1】委員会を立ち上げ、介護ロボットの活用法を検討この事例では、介護ロボットのモニターとなった事業所の取り組みを紹介。介護ロボットを導入した当初、現場からは「いきなりこんなものを持って来られても困る」と反発の声が強かったそうです。
そこで、同事業所では現場の実態に即した運用を実現するために「ロボット委員会」を立ち上げ。まずは施設内の課題について全職員からのヒアリングを実行し、導入初期は全職員がロボットに触れるようシフト表の中に明記。
効果は着実に表れ、身体介護の負担が軽減されたという意見が高まり、介護ロボットへの拒否反応も減少。さらに離職率の大幅な低下につながるなどの業務改善が見られました。
【事例2】排泄予測機器で効率的なトイレ誘導を実現グループホームで利用者のトイレ誘導を、ICT機器によって効率化した事例。この施設では、もともとトイレ誘導を定時的に行っていましたが、利用者がトイレを必要としていない「空振り」が多いことが課題となっていました。
そこで排泄予測機器の導入を決定。ロボットの選定や運用の検討を行う担当者を、施設全体を把握する管理者に一任しました。導入は尿もれの心配がある利用者だけに限定し、メーカーとともにデモンストレーションを複数回に分けて実施。1週間後にデータをもとに議論を行うなどの取り組みを行いました。
その結果、尿もれによるパッド交換の回数が減少し、トイレ誘導の回数も約1割減少したと報告されています。
これらの事例に共通しているのは、施設全体の課題を把握するため、管理者や委員会に一任し、導入から運用に関する検討を行っている点。
導入のハードルとは
初期投資とランニングコストが高い
介護ロボットやICT機器が生産性を向上する効果はすでにさまざまな事例によって証明されています。しかし、現実的には導入に踏み切れない事業者も少なくありません。
令和4年介護労働実態調査によると、ICT機器の活用状況は「パソコンで利用者情報(ケアプラン、介護記録等)を共有している」が55.9%、「記録から介護保険請求システムまで一括している」45.6%、「タブレット端末等で利用者情報(ケアプラン、介護記録等)を共有している」32.5%と、いずれも前年より3~4%上回る結果になりました。増加率はわずかではありますが、着実に浸透し始めていることがわかります。
一方、同調査ではICT機器などの活用に関する課題についても言及しています。
例えば、ICT機器の導入や利用についての課題・問題について尋ねたところ、「導入コストが高い」が52.4%で最も高く、次いで「技術的に使いこなせるか心配である」33%、「どのような介護ロボットやICT機器・介護ソフトがあるかわからない」19.1%、「投資に見合うだけの効果がない(事業規模から考えて必要ない)」16%となりました。
このように、事業者は導入コストについて大きな課題を感じており、これが促進を阻むハードルになっています。
老施協は80床規模の施設を具体例に挙げて、導入コストを公表しています。それによると、介護記録システムは初期費用が500~600万円、ランニングコストを80~130万円ほど。見守り機器については初期費用約700~1200万円、ランニングコストを6~160万円としています。
機器のシステムやサービス形態によっても、かかるコストは異なりますが、ギリギリの利益率で運営している中小事業者にとっては大きな負担になることは想像にかたくありません。
活用しやすい補助金制度が必要か
厚生労働省は介護事業者に対して、ICT導入に際して補助金制度を設けています。令和5年度は補助金を増額するなどして取り組みを推進していますが、認定されるには厳しい要件を満たさなくてはなりません。そのため、日々の業務に追われる中小事業者は、なかなか申請に至らないと考えられます。
また、都道府県単位でも補助金制度を設けていますが、多くの場合は申請できる事業者の数に制限があるなどして、気軽に活用するには至っていません。
そもそも導入することができない事業者は、今回の加算制度を活用することも難しくなるので、大規模事業者と中小事業者の報酬格差がより拡大する懸念もあります。
より広い事業者が活用できるような補助金制度なども検討する必要があるのではないでしょうか。