高齢者とのコミュニケーションは紙パンツの交換よりやっかい
くらたま「寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ」を拝読しました!痛快な語り口で、「わかるわあ」って何度も心の中で呟いちゃいました。こかじさんは、ご家族の介護をいつから始められたんですか?
こかじちょうどコロナ禍に突入した頃です。勤務していた出版社を辞めてフリーになったこともあり「仕事をする場所をちょっと変える」くらいの気持ちで実家に戻りました。
ところが、予想以上に老親の言動があやしくなっていて、そのまま介護に突入しました。
くらたま介護を実際に始められて、どんな印象を持たれましたか?
こかじ正直、甘く見ていました。すべてにおいて「他人事」でした。何事もそうだと思いますが、自分の身に降りかかってこないと、実際の大変さはわからないものですね……。
会社勤めをしていた頃、たまに実家に帰って冷蔵庫の中を覗くと、腐ったものや同じものがいくつも押し込められていて。ちょっとおかしいな、とは思っていましたが「人様に迷惑かけなければいいや」と見て見ぬふりを貫いていたんです。
くらたま見て見ぬふりという表現……よくわかるなあ。
こかじそうこうしているうちに兄から頻繁に電話が掛かってくるようになりまして。「親父とお袋がくだらないことで四六時中喧嘩をしている」と。
くらたま当時のご両親はどんなご状況だったんですか?
こかじうちの両親は、アルツハイマー型の認知症とは診断されていないんですが、老化にともなう脳の萎縮が始まっているのか、感情のコントロールがむずかしくなっていて……。
よく年を取ると「待った」が利かなくなると言われていますが、老父母共に思い通りにならないと声を荒らげるなどの問題行動が見られるようになっていました。
介護のどんなところが大変だと思いますか?
こかじ一番は、まともなコミュニケーションが取れなくなることですね。父の紙パンツの交換などは淡々とおこなえばすむことですけど、意思の疎通が図れない状況が続くと相当なストレスになりますよね。
くらたま毎日のこととなると、ストレスも溜まりますよね。
こかじ例えばですが……。 母は、毎回ご飯を3合ずつ炊くんですけど。だんだんと食べる量が減ってしまったがために、ジャーの中に“残ったご飯”が乾燥して固くなってしまうので、あるとき「炊く分量を1合半に減らしてみたら」って何気なく言ってみたんです。
そしたら、「今までずっと3合炊いてきたんだから、3合でおいしく炊けないのはおかしい」って突っかかってきて。挙句の果てには「お前が買ってきたこれ(ジャー)が悪い」とまで言うんですから、「何なの、その言い草は」ってカチンと来ますよね。
くらたま……不思議と光景が浮かびます。
こかじ「あーわかりました。日本の有名メーカーの最新のジャーでもおいしく炊けないんですね」と言い返して。「炊く分量を減らしてみたらって提案してるだけなんだけどね」と付け加えたら、今度は、「お前はすぐにそうやって、むずかしい言葉を使いたがる!」って青筋を立てて怒鳴りはじめるんですから、「もう何を言っても無駄なんだ」って、諦めの境地になる一方で、「このクソばばあが!」って腹立たしい気持ちにもなって。
それがごく普通な反応ですよね。特に家族に対してはねえ。
こかじ父は父で紙パンツを取り替えている最中にも、「手が冷たい」とか「もうちょっと優しくできないのか」とか文句を言ったかと思ったら、「背中が痒いから拭いてくれ」って言うのでホットタオルで背中を拭いていると「そこじゃねえ」って偉そうに言うし……。
こういうくだらないことも「塵も積もれば……」で。この状況が何年も続いたら相当きつくなるだろうなと恐怖すら感じるようになって。
ショートステイから戻ってきた父が放った「地獄みたいなとこに入れやがって」のひと言
くらたまこかじさんは、ご両親だけでなく、叔父様ご夫婦の介護もしておられるんですよね。ご著書にも詳しくありますが、4人の介護というのはすごいですね。
こかじたしかに、病院の付き添いや面倒な出来事が重なったときは“ヘトヘト”になりましたが、叔父が施設に入り、叔母もデイサービスに行かせるなどしてどうにか1人で生活できているので、今はだいぶ落ち着きました。この先どうなるかはわかりませんが、ふたりには子どもがいないので近くに住む私が面倒を見るしかなくて……。
くらたまほんとうにすごい。
こかじただ、両親が今以上に手が掛かるようになって、ベッドで紙パンツを取り替えたり、お尻を拭いてあげたりしなければならなくなったら、当人がどんなに嫌がっても施設に入ってもらうつもりではいますよ。いくら親でも自分の人生を犠牲にするほど、私は出来た人間でも愛情深くもありませんから。
くらたまご自分の中で“ライン”を決めていらっしゃるんですね。
そうなんですよ。今はとりあえず、やれる範囲でやろうって気持ちではいますけど、自分のキャパを越えてまでやるつもりはないし、割り切って旅行にもガンガン行ってますしね。
くらたま高齢者の医療費問題は、日本を蝕んでいる側面もあるのかもしれません。私も、もう少し問題意識を持って取り組む人が増えてもいいと思います。
こかじ高齢者の医療費の残りの“9割”を国と現役世代が担っているわけですけど、それをこの国の未来を担う世代のためにつかえたらと毎日のように思うんですよね。例えば、大学生の奨学金を返済しなくていいような仕組みを作るとか。子ども手当をもう少し増やすとか……。
くらたまそうですね。
こかじそれに90過ぎて血圧や血糖値を下げる薬なんかもらってきたってねぇ……。正直、血糖値上がろうが下がろうが、明日死んだって本望でしょうと突っ込みたくなるんですよね。「買い物に行ってきたんですか?」っていうくらい、エコバックにいっぱいの薬が出るんですけど、実際、効いているのかいないのか……。
老父母の介護をしていると、この国のありとあらゆる問題が浮き彫りになるとでも言ったらいいのでしょうか。我が家の超個人的な問題が、そのまま国全体の問題につながっているんだなって。「我が家は日本の縮図なんだ」って、日々思わされてます。
くらたまたしかに。高齢化に伴って、これまでのシステムが崩壊してきています。
こかじそうですね。もはや、長寿を喜ばしいことだと捉える時代から、家族にとっても国にとってもリスクだと考えるべき時代に突入しているのではないかと私は思っています。家族愛だとか「おじいちゃんおばあちゃんを大切にしましょう」なんてきれいごとですませられるほど介護は生やさしいものではありませんし、介護破産は次世代にとって脅威になりつつありますから。
くらたまおっしゃる通りです。“長寿”の光と闇をしっかりと見ていく必要がありますよね。今日のお話を伺って、自分のこととして置き換えて、どう歳を取るかを考えるようにします。
本日は、ありがとうございました!

こかじさら
1958年千葉県生まれ。中央大学専門職大学院国際会計研究科修士課程修了。出版社勤務を経て2016年『アレー!行け、ニッポンの女たち』講談社刊(『負けるな、届け!』として文庫化)でデビュー。著書に、『それでも、僕は前に進むことにした』『彼女が私を惑わせる』共に双葉文庫など。2019年9月、現代ビジネスに両親の介護生活を描いた記事を掲載し、大きな反響を呼んだ。