認知症基本法が可決
2023年6月14日、参議院の可決を経て認知症基本法が成立しました。
多くのメディアがこのニュースを取り上げていますが、この法律が制定されたことで「認知症患者の方やそのご家族、介護職の方々にどのような影響があるのかを具体的に解説している記事」を見つけることができず、モヤモヤしている方も多いのではないでしょうか?
認知症患者の方やご家族が受けられる行政サービスの内容・日々の生活にはどのような変化が起きるのか、介護施設運営事業者等にはどのような義務が課されるのかなど、知りたくて調べたのにわからない…。
今日はそんな皆さんの疑問にお答えすべく、介護や福祉分野にも詳しい弁護士の方に匿名で取材に応じていただきました。
まずは基本法の性質を理解しましょう
今回の認知症基本法成立に関する報道で、具体的な変化に言及する報道が見られない理由、それは今回成立した「法」が「基本法」だからです。
参議院法制局は基本法について以下のように解説しています。
「基本法は、国の制度・政策に関する理念、基本方針を示すとともに、それに沿った措置を講ずべきことを定めているのが通常です。そして、これを受けて、基本法の目的、内容等に適合するような形で、さまざまな行政諸施策が遂行されることになります。すなわち、基本法は、それぞれの行政分野において、いわば「親法」として優越的な地位をもち、当該分野の施策の方向付けを行い、他の法律や行政を指導・誘導する役割を果たしているわけです。」「一般的に、基本法の規定から直ちに国民の具体的な権利・義務までが導き出されることはなく、それが裁判規範として機能することもほとんどないといってよいでしょう。」
引用元:参議院法制局 基本法
つまり、今回成立した認知症基本法は国や地方公共団体の制度・政策に関する理念・基本方針を示すものであり、この認知症基本法が定める基本理念や方針に適した個別の施策が計画・実施されていく、ということになります。
だから、国民に具体的な義務が課されることもなく、行政サービスや介護施設運営事業者に課される義務や数値基準なども出てこなかったのですね。
改めて今回成立した認知症基本法を見てみると、第1条は、
「認知症の予防等を推進しながら、認知症の人が尊厳を保持しつつ社会の一員として尊重される社会の実現を図るため」に、「認知症施策を総合的かつ計画的に推進すること」を目的とし、
この目的を実現するための手段として、
「認知症に関する施策(以下「認知症施策」という。)に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにし、及び認知症施策の推進に関する計画の策定について定めるとともに、認知症施策の基本となる事項を定める」としています。
この手段(施策の計画と実行)を進める際に国や地方公共団体が守るべき基本理念を第3条で概要以下のように定めています。
① 認知症の人やその家族の意向の尊重に配慮する。
② 認知症に関する国民の理解が深められ、認知症の人が地域において尊厳を保持しつつ、他の人々と共生することを妨げない。
③ 認知症の方の意向を十分に尊重して尊厳を保持しつつ、福祉サービス等が提供されるようにする。
④ 家族その他認知症の方と密接な関係を有する方に対しても、必要な支援を行う。
⑤ 認知症の予防、診断・治療・リハビリ等に関する研究の成果を普及・活用・発展させる。
⑥ 教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉等の関連分野における総合的な取組として行う。
理念や方針のみで、具体的な義務や数値基準などは出てきませんが、これが「基本法」なのです。
今後の自治体などの対応に期待したい
現時点では具体的な施策や法律、条例などはありませんが、基本法の成立に伴い、今後、国や地方公共団体は、認知症の方の人権や尊厳を尊重するという基本理念に沿って、認知症施策の推進に関する基本計画を策定し、具体的な目標と達成時期を定めることが求められます。
これにより、認知症に関する教育、認知症の人の生活におけるバリアフリー化、認知症の人の社会参加の機会の確保、認知症の予防、保健医療サービス及び福祉サービスの提供体制の整備、認知症の方やご家族からの相談に応じる体制整備等が進められていくことになるでしょう。
今回、認知症基本法が成立したことで、各自治体に対策委員会などが設置されたり、認知症基本法に即した施策を実施するための予算が設置されたりするなど、理念に則った動きが起こっていくと思われます。
すぐに皆さんの生活に変化が起こるわけではありませんが、今回の基本法の成立は、認知症の方の尊厳が守られ、他の人々と共生できる社会に向けた大きな一歩といえます。今後の動向を見守っていきましょう。