あなたは、今後自分が認知症になった場合のことを想像したことがあるだろうか?

認知症になった場合、何もできなくなる、もはや自分自身でいられなくなる…などと、どうしてもネガティブなことを連想してしまうのではないだろうか。

そんなイメージに一石を投じてくれるのが、6月30日に公開した映画『オレンジ・ランプ』だ。

同作は39歳で若年性認知症と診断された夫と妻の9年間の軌跡を実話に基づき、貫地谷しほりと和田正人のW主演で描いた作品であり、そのあたたかな物語はすでにSNS上で話題になっている。

『オレンジ・ランプ』の企画・脚本・プロデュースを手がけたのは、介護業界を丁寧に描いた「ケアニン」シリーズで知られる山国秀幸氏だ。今回は山国氏に、『オレンジ・ランプ』の企画経緯や作品への思いなどについて伺った。(→インタビュー前編はこちらから!)

「いわゆる認知症の人」のイメージが崩壊…紳士的で前向きな丹野氏との出会い

『オレンジ・ランプ』にて若年性認知症を発症する只野晃一のモデルとなったのは、ネッツトヨタ仙台でトップセールスマンとして活躍中、若年性アルツハイマー型認知症と診断されるも事務職に異動して勤務を続けながら、もの忘れ総合相談窓口「おれんじドア」の実行委員会代表も務め、講演活動にも精力的に取り組んでいる丹野智文氏だ。

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(c)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会

これまで「ケアニン」シリーズで継続して「介護する側」を描いてきた山国氏がはじめて「当事者側」を取り上げようと思ったのは、自身の映画を出展していた中国・上海での認知症シンポジウムでの、丹野氏との出会いがきっかけだった。

「丹野さんが若年性認知症であることは知っていたのですが、直接お会いしてみると本当に紳士的でしたし、これまで固定観念的に抱いていた『いわゆる認知症の方』のイメージが崩れたんです。これまでにも認知症を題材にした映画やドキュメンタリーを作ってきていたのに、まったく見え方が違うことに驚きました。その後、仲良くなった丹野さんにいただいた著書『丹野智文 笑顔で生きる』(文藝春秋)も読ませていただいて、その前向きな姿が映画の題材になりうるのではないかと。これまでにない切り口で、認知症を描く映画が作れるのではないかと思いました」

映画製作に当たり、まず丹野氏とすり合わせたのは「認知症当事者みんなの話にしたい」ということだった。

「もちろん丹野さんをモデルにした話なのですが、その上で認知症当事者の方々みんなが納得できるものにしていきたいっていうことはお話しました。丹野さんも『ケアニン』シリーズを全部見てくれていたということもあり『信用してます』と言ってくださって。

ただ1点だけ、『認知症の人を殺さないでください』という注文はいただきました。僕の映画では、確かに毎回誰かしら亡くなっていたんです(苦笑)。

認知症=死、というイメージではないところで描くことを、改めてお約束しました」

また、『オレンジ・ランプ』では若年性認知症を発症する晃一だけではなく、その妻・真央をW主人公に据えている。当事者本人の目線だけではなく、家族目線で「認知症と診断された家族」をいかに受け入れていくのかという過程も描く必要を感じたという山国氏のこだわりだ。

新たな切り口で若年性認知症描く映画『オレンジ・ランプ』 山国秀幸P「誰かに手を差し伸べるきっかけになったら」

(c)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会

「認知症と診断をされると、周囲のみんなが不自然に優しくなっていく。でも、ご本人はなるべく迷惑をかけたくないし、できることもたくさんあったりするんですよね。だからこそ、ご本人の目線だけじゃなく、奥さんの目線でも映画を進行させているんです。どういうふうに周囲が意識を変えていくのかもやっぱり大事だなと」

当事者が集う「認知症本人ミーティング」で得た気付き

脚本執筆にあたり、多くの認知症当事者への取材を重ねていった山国氏。

中でも印象的だったのは、鳥取で開催されていた「認知症本人ミーティング」の取材だった。認知症本人ミーティングとは、認知症当事者が集い、本人同士が主体的に、自らの体験や希望、必要としていることを語り合い、自分たちのこれからのよりよい暮らし、暮らしやすい地域のあり方を一緒に話し合う場であり、現在、全国で広く開催されている。『オレンジ・ランプ』の中にも登場し、夫婦に影響を与えることになる。

山国氏は、本人ミーティングの参加者たちが、自身の失敗を堂々と発表する姿にハッとさせられたという。

「映画にも登場する営業マンのモデルになった方は、仕事上の失敗談を笑いながら話していました。あとは、大勢の人前で講演をしたというおばあさんは、講演の日に1人で移動したら時間を間違えちゃって大変だった、アハハってあっけらかんとしている。それを見ていて、なんだ、これでいいんだって思ったんですよね」

また、初参加と思われる女性が、ミーティングを通じて変化していく姿も目の当たりにした。

「その方は、最初『なんで自分がこんなところに連れて来られたんだろう』といった顔でイライラされていたんです。でも、とある参加者が『娘と仲が悪かったけれど、認知症になってから仲良くなった』と言う話をしたときに、なにか心当たりがあるのかじっと聞いていて、それからゆっくり手元にあったパンフレットを見始めたんです。ああ、認知症のご本人が他のご本人に向けて情報発信するってこういうことなんだ、と思いました。周りが一生懸命『こうしなさい』と言っても響かないことが、ご本人による発信によって理解できて、安心していく。そういう場面を垣間見たような気がしました」

モデルや当事者がいる映画を作るのには、ドキュメンタリーを作るのと一緒

若年性認知症という当事者がいる病気を扱うことは、生半可な覚悟でできることではない。描き方によっては当事者を傷つけてしまう可能性もあるからだ。

できるだけそのような事態を避けるため、山国氏が意識しているのは「できるだけ多くの人の声を聞く」ということだという。

「たくさんの人に話を聞いてみると、みんな言っていることはバラバラだとしても、その根底にあるものは一つだったりするんです。僕はそれをできるだけ汲み取りたい。非常に時間はかかりますが、1人でわかったつもりにならないということは常に意識をしています。自分が書いたものをみんながどう思うのか、常に不安に思っています。

だから、僕は脚本を書いたらすぐにご本人も含めていろんな人に読んでもらって、意見をもらいながら修正しています。脚本家としては非常に面倒くさいことをやっていると思いますが、出来上がった作品は皆さんが『自分の話だ』と喜んでくださります。

プロデューサーとしては非常にやっていて意義があることだと思っています」

幅広い世代に受け入れられる、「社会のツール」としての映画にしたい

『オレンジ・ランプ』を子供からお年寄りまで幅広い世代に、そして認知症の当事者の方にも見てもらえる映画にするため、山国氏は「できるだけ話をシンプルにすること」を心がけてきた。例えば、通常の映画であれば役者が演技で表現したり、観客の考える余白とするところを、なるべく登場人物のセリフとして起こした。

「これは非常に悩ましい問題なんです。映画通な方からは『説明的な映画だよね』とか、『厚労省の回し者』みたいなことも言われるんです(笑)。それでも、幅広い世代にすっと入ってもらえる映画にしたい。コアな映画ファンだけでなく、普段、映画館に足を運ばない方にも楽しんでもらいたい。

新たな切り口で若年性認知症描く映画『オレンジ・ランプ』 山国秀幸P「誰かに手を差し伸べるきっかけになったら」

(c)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会


僕は映画ってある種、『社会のツール』だと思っています。

例えば子供たちが今僕たちの映画を見て、いろいろなことを理解しておくことによって、彼らが大人になったときに世の中が変わっていくこともあるかもしれない。だからこそ、できるだけ明るくわかりやすく、親しみやすいことを目指して作っています」

新たな切り口で若年性認知症描く映画『オレンジ・ランプ』 山国秀幸P「誰かに手を差し伸べるきっかけになったら」

(c)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会

最後に、『オレンジ・ランプ』が伝えたいことを聞いた。

「最近では世の中、大変なことばかり起きているじゃないですか。認知症の方をターゲットにした事件とか、介護殺人とか、ネガティブなこともたくさん起きている。

それでも、世の中捨てたものじゃないなということを伝えたいなと。不安や危機感をあおるんじゃなくて、未来って考え方とやれることでどんどん変わっていけるんじゃないのって。

そして、見てくれた人が誰かに手を差し伸べるきっかけになったら嬉しいですね」

★実は映画プロデューサーの前はリクルートで営業をしていたという山国氏。山国氏が介護にまつわる映画を作るようになるまでの経緯はインタビュー前編へ!

『オレンジ・ランプ』

あらすじ

妻・真央(貫地谷しほり)や二人の娘と暮らす39歳の只野晃一(和田正人)は、カーディーラーのトップ営業マン。しかしある時から、顧客の名前や約束を忘れるなどの異変を感じるようになっていく。そんな彼に下された診断は「若年性アルツハイマー型認知症」だった。不安と恐怖に押しつぶされていく晃一は、とうとう退職も決意するように。心配のあまり、何でもやってあげようとする真央。しかし、ある出会いがきっかけとなり、夫婦の意識は変わっていくのだった。

新たな切り口で若年性認知症描く映画『オレンジ・ランプ』 山国秀幸P「誰かに手を差し伸べるきっかけになったら」
(c)2022「オレンジ・ランプ」製作委員会


主演:貫地谷しほり 和田正人

出演:伊嵜充則 山田雅人 赤間麻里子 赤井英和 / 中尾ミエ  

監督:三原光尋 企画・脚本・プロデュース:山国秀幸

配給:ギャガ  公式HP:www.orange-lamp.com/

©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会

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