今回のゲストは、社会福祉士事務所NPO法人二十四の瞳理事長の山崎宏さん。山崎さんは、23年前にIBMを早期退職し、社会福祉士の資格を取得。

その後独立し、高齢者福祉の分野において包括的なサポートに取り組んできた。28万7千人のなかで403人しかいないとされる独立型社会福祉士は、現場においてどのような活動をしているのか。その活動には、介護者を、介護自殺や介護殺人から救う鍵があった。

外資系コンピューター会社を早期退職。福祉の道へ

―― まずは、山崎さんが福祉の道に入ったきっかけからお聞きできますか?

山崎 私はもともと外資系コンピューターメーカーIBMの営業部門でリーダーをしていました。花形のポジションでの仕事にやりがいを感じていましたが、勤続15年目のある日、会社の命運を握る取引の交渉が決裂。責任者として大きな痛手を負ったことがきっかけで38歳で早期退職し、別の生き方を探すこととなりました。

会社を辞め、1週間、日比谷図書館にこもるなかで考えた次の進路は、高齢者ビジネスの世界で生きること。当時は、ちょうど介護保険制度が施行された時期でした。そう決意した私は、2年間、通信教育で学び、社会福祉士の資格を取りました。

―― その後は、どのようにして社会福祉士の道を進んでいったのでしょうか。

山崎 最初から独立して働きたいと思っていたのですが、知名度が低い社会福祉士の資格だけでは、なかなかお金になりません。

福祉コンサルの仕事を始めるなかで親しくなった医療経営者とのご縁で、4つの病院の職員として働くこととなりました。

病院の待合室でお困りごと相談コーナーを開設してみて感じたのが、医療を利用する患者さんの不平不満の多さでした。それらを解消するお手伝いに需要があると考えた私は、最初に勤務した病院の理事長夫妻を口説き、電話相談と問題の解決、啓発講座などを行うNPOを発足することになったのです。

それから20数年、24時間365日対応の「お困りごとホットライン」というサービスを行っています(個人・法人ともに対応)。「お困りごとホットライン」を通して、これまで1万数千件の相談対応と、2千件超の個別支援および実務代行に携わってきました。

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28万7千人いるなかで独立した社会福祉士はわずか

―― 社会福祉士と言えば、どこかの組織に所属して働いているイメージが強いです。あまりないビジネスモデルですね。

山崎 そうですよね。実は、現時点で社会福祉士は全国に約28万7千人いるんです。ちなみに、医師は2020年時点で約34万3千人いるので、医師の数と、そう大きく変わりません。医師は開業しさえすれば食べていける人が6・7割います。しかし、社会福祉士で独立して仕事している人は、28万7千人のなかでも限られた人のみです。社会福祉士は、独立して食べていくモデルケースが確立していないと思うのです。

―― 司法書士事務所・行政書士事務所……など士業の事務所や個人病院などはあっても、社会福祉士事務所ってあまり見ないです。

山崎 現状としては、80%の社会福祉士が特定の医療機関か施設に所属して、そこの職員として活動しています。残りの15%は、行政や社会福祉協議会やハローワークなどの公的機関に勤務しているか、福祉系の学校の先生です。残りの5%は資格だけ持っていて、どんな活動をしているか分からない。

さらに言えば、社会福祉士も医師の世界と同様に、エンディングを迎えた人の数を差し引いていません。社会福祉士28万7千人のなかに、すでに亡くなられている人や活動していない人も含まれているということです。

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―― 割合としては、とても少ないですね。

山崎 それでも、本来の社会福祉士として機能している人と出会うことができれば、多くの方の悩みは速攻で解決できると思うんですがね。なぜなら社会福祉士は、相談者の問題を解決するために、お困りごとをトータルに解決する知識を得たり、ネットワークを作ったりして努力しています。

“こと”が起こる前から幅広い介護の相談ができる存在

―― フリーの社会福祉士がほとんどいないがゆえに起きている問題はありますか?

山崎 介護の悩みに対して、何でも答えてくれる存在に出会えていないがゆえに彷徨っている人がたくさんいると思います。多くの人は、困ったことがあると、自治体の窓口に行きます。しかし、ほとんどの場合、通り一遍の一般論しか返ってこない。

かといって、シニアを専門に治療をしている医師であっても、多くの場合は、医療の領域のことしか分かりません。

弁護士や税理士は法律的な相談がメインになります。費用のことで、相談を躊躇する思いも出てくるでしょう。

では、本当に困っている人がどうしたらその窮地から脱却することができるのか。 心強い相談相手として社会福祉士という存在がいるということを、どうしてみんな知らないのかな、と思うんです。知られていないので、困ったときの選択肢に出てこないんです。

―― 社会福祉士は、担当する領域が広いがゆえに、どんな活動をしているのか、どのような相談に対応してもらえるのか分かりづらい現状があるかもしれません。

山崎 いまだに言われます。「山崎さんも結構な年齢になってオムツ交換するのは大変ですねぇ」って。介護職と勘違いしている人が多いんですよね。

資格が作られたのは四半世紀前の介護保険制度がスタートした年でした。社会福祉士の国家資格は、132回の賢人論。に出ていた元厚生官僚の辻哲夫先生が中心になり1987年に作られました。

多くの介護系の企業が四大新聞に一面広告を出すような状況があったので「いよいよ社会福祉士の時代が来るな」と思ったと辻先生は言うんです。でも、蓋を開けてみれば、ケアマネだけが認知度を得たわけですよ。
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―― 馴染みのない方にとっては、資格によってできることの違いが分かりづらいかもしれません。

山崎 ケアマネが担当するのは、要介護認定を取った人だけです。“こと”が起こってからしか対応できないことになっています。社会福祉士は困っている人みんなを対象とした仕事なので、現在進行形で介護問題を抱えている人だけでなく、将来、介護で困りそうな予備軍やその家族に対しての教育や啓発もできます。

―― 対象が絞られずに幅広い活動ができるわけですね。

山崎 そうですね。ただ、その分、資格取得は難しいです。2024年度の合格率は過去最高の58.1%でしたが、長らく25%~44%で推移しており、福祉系国家資格のなかで最も合格率が低い資格でした。

ドクターは、cure(キュア)を担当し、介護士はcare(ケア)をします。しかし、要介護状態の高齢者には、その両方が必要になる。

辻先生いわく、キュアとケアを総合的に理解したうえで必要なものを届けられる人になってほしいという思いを込めて、意図的に難しい資格にしたそうです。

社会福祉士の仕事は百貨店の外商マンに似ている

―― 山崎さんのような個人の社会福祉士への相談と、地域包括支援センターに相談するのでは、どんな違いがありますか?

山崎 地域包括センターには社会福祉士がいるので、できる・できないで言えば、私がやっている業務のような対応はできます。

しかし、彼らは自治体から委託を受けて仕事をしているので、自分たちの組織の売り上げにならないことは優先順位を下げざるを得ないという問題がある。それに対して独立型の社会福祉士は、高齢者福祉だけではなく、障害者福祉や児童福祉など、さまざまな領域を担当していますし、介護や医療のみならず暮らし全般の安定と充足に関するあらゆることを守備範囲にしています。それに、年中無休で夜間でも対応しますから、存在を知っておいて損はないと思います。現状、高齢者問題を専門にしながら包括的に相談に乗り、実務までワンストップで担当する独立型社会福祉士は、僅かしかいません。

―― 介護の悩みは、相談できずに抱え込むことが介護殺人や介護自殺などにつながると聞きます。山崎さんのような存在が近くにいたら心強いですね。それに、高齢者問題のお手伝いをしたいと思っている人にとっても、新しい仕事のポジションになるかもしれません。

山崎 社会福祉士は、百貨店の外商マンのようなものだと思っているんです。外商マンは、優良顧客の自宅や指定場所に出向いて、継続的なコミュニケーションのなかからその人の暮らしを豊かにする商品を提案し、販売交渉をします。

―― 相談者にとって必要になることをトータルに提案するということですね。

山崎 はい。

マンハッタンに友人がいますが、アメリカの富裕層は医師と弁護士と会計士と牧師(または神父)にソーシャルワーカーを加えた5人は必ず抱えています。ソーシャルワーカーが、依頼主の求めるものを察知して、医師や弁護士たちを束ねているんです。

社会福祉士の国家資格が作られたときも、最初は、その目的だったと言います。でも、いつの間にかその理想は埋没してしまった。

社会福祉士は、医療や介護だけではなく、お金のことも含めて相談に乗ることができます。こんな使い勝手のいい国家資格はないのに、あまり知られていないのが残念です。

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突然の施設探しに困る人は多い

―― 山崎さんの事務所で行っている、主な活動を教えていただけますか?

山崎 この20数年は、おもに救急を含む精神科病棟の確保、条件に合う介護施設を1ヵ月以内に探す作業、相続や贈与など、財産管理および財産継承の手続きのサポートなどをしてきました。

周辺症状が激しい認知症の方は入院させる必要が出てきます。しかし、精神救急を含めた精神科病棟の確保は、一般のビジネスパーソンでは難しい。それを依頼者の代わりに探して、入院できる段取りを整えるのが、私たちの事務所で行っている仕事です。

退院後は周辺症状が落ち着いたとしても、仕事や家庭があるなかで同居での介護が難しいという人もいます。そうなれば、施設への入居を考えます。しかし、1ヵ月以内に予算に合った施設を探すのはかなり骨が折れる作業です。しかも、東京では月額で30万円ほどかかるところが多い。それだけの月額費用を出せる人は1割ほどです。となると、特養や老健といった公的施設しかないわけですが、競争率が高いゆえに、しかるべきお作法を知ったうえで折衝する必要があります。一般の人が、1ヵ月で予算に合った施設を確保するのは、ちょっと無理だと思います。

―― 急に施設を探すことになると、焦りが出て良い情報に巡り合えないかもしれませんね。

山崎 介護で施設や病院に入る必要が出てきたとき、どう探せばいいのかのガイドもない。 だから、多くの人たちは戸惑うのです。今の時代はネットでさまざまな情報が検索できるようになりました。しかし、情報が溢れ過ぎて本当に役立つ情報がどこにあるのか分からなくなっている人も多いです。

それから、親を施設に預けたあと、看取り機能と終活サポート機能がないことに気付いて後悔する人も多数います。

後悔しないために、まずは、看取りまで対応してもらえる施設であるかどうか確認しておく必要があります。老健に関して言えば、「(在宅復帰のための)中間施設だから3ヶ月しか居られない」という誤解が、いまだにまかり通っています。しかし、私どもの調査では6割超の老健(在宅復帰強化型以外)が看取りまで対応してくれます。東京・横浜なら8割まで跳ね上がります。

それから、財産まわりやエンディングに係る相談に乗ってもらえるかどうかも、事前に確認しておくべきです。施設の相談員やコンシェルジュが対応してくれるのが理想ですが、それがむずかしいのであれば、地域の法律家や葬儀社を紹介してくれるだけでも家族は大助かりです。

さらに言えば、「施設は高くて無理だから在宅介護しかない」とおっしゃる方たちが多いですが、決してそんなことはありません。在宅介護でも、施設に入るぐらいの費用がかかる場合があるからです。

家事代行や生活支援などは家族が担うことが多いため、在宅介護のコストについては、あまり話題にのぼりません。しかし、掃除・洗濯、買物・調理・通院同行などの作業を事業者に依頼することになれば、月額15万円以上はかかるでしょう。

言い方を変えれば、これだけの作業と費用を子どもが負担しているケースがままあるのです。ビジネスケアラーの温床です。15万円あれば施設に入ることは可能ですし、何といっても、結局は在宅より施設のほうが安心・安全・快適です。子どもの仕事と家庭を損なうこともありませんからね。私は、特養の入所特例、世帯分離からの生活保護といった裏技も含め、できるだけ早期に施設介護へシフトすることをおすすめしています。

備えよ親たち、さもなくば地獄

―― 相続では、どのような相談が多いですか?

山崎 最近は、ある程度ニュースなどでも知られるようになりましたが、親が認知症であることが銀行の知るところとなると、口座が凍結されてしまいます。そうすれば、介護施設の費用にあてる目的であっても、子どもは親のお金を降ろせなくなる。窓口に請求書を持って行って、事情を説明して、親子関係を証明して、本人に意思確認されて……といった具合で、一筋縄ではいきませんからね。

ただ、子どもが一人だけの場合は、まだ融通が利くのです。兄弟がいると遺産相続の問題が起きてきます。俗に言う、争続(あらそうぞく)です。これが、かつてとは違う様相を見せているのです。

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―― と言いますと?

山崎 日本人の寿命が延びていることに伴い、終末期の療養時間が長期化しています。 死亡する人が多い年齢は女性が93歳、男性は88歳です。 私の経験から言えば、親のために子どもが介護サービスを利用する期間は、7~8年。 なかには10年以上親の介護をしている子どももいますが。

以前は、親が亡くなったあとに遺言を見つけて、遺産分割協議の場で開封していました。すると、その場で、誰がいくらもらったかが分かる。それによって兄弟間で争いが勃発していました。法廷相続率どおりに分与しても、親のサポートに貢献した人に多く分与しても、どっちにしろ不穏分子が出てくるものなのです。

―― ドラマや映画でも、そのようなシーンが描かれてきたイメージです。

山崎 今は、親が倒れてから亡くなるまでの期間が長い。となると、親を囲い込む争奪戦が始まるんですよ。

「面倒なことは嫁にやらせるからうちにいた方がいいよ」などと言いながら、親を手名付けて、自宅に囲い込む。もしくは、親を施設に預けてほかの兄弟姉妹に居場所を知らせない。そして親がエンディングを迎えるまでの間に親名義の財産を自分のものにシフトさせようとするんです。仮に認知症であっても、意識が正常に戻るタイミングを見つけてね。そうした抜け駆けに、ほかの兄弟姉妹が気づいて争続が起きる……。それが今日の争続事情です。

―― 親は、生きているうちに兄弟姉妹の争いを見るようになる分、人生最後の時間に辛い思い出を刻むことになってしまいますね。

山崎 親も辛いし、子どもたちも辛い。もとはと言えば、親が備えなかったことに原因があります。うちの事務所では「備えよ親たち、さもなくば地獄」というフレーズを使って、この問題の怖さを伝えています。実際に地獄を見るのは子どもたちですが。

だからこそ、施設探しや病院探しと同時並行で、財産管理と財産承継の段取りを終えておかないといけないんですよ。親が完全に認知症になってしまう前にね。でも、多くの人はそのことに気が付かない。介護に携わってしまったら、どうしても日々の大変さだけに目がいってしまいがちなのです。これからは、親の財産はエンディングを起点とする相続よりも、贈与税に配慮しながら、元気なうちから子に移管していく時代です。

だから、私は事務所に相談に来られた方に、早めに財産管理・財産承継を済ませる必要性を伝えています。それとともに、要介護になった親名義の財産を円滑に使える段取りもサポートしています。

―― 介護の悩みは、ただ寄り添うことも大切ですが、法的な手続きによって救われることもあります。

山崎 財産の承継・管理となると、9割の人は「弁護士が必要になりますよね」と仰る。そうすると高い報酬を払わなきゃいけないと思ってしまいます。

今は銀行が終活ビジネスにも取り組んでいるので、銀行窓口に相談すれば……と考える人もいる。しかし、銀行に相談すると、法律家以上に高くなることがあります。なぜなら、銀行に頼んだら、そこから弁護士が紹介されて来るわけですからね。最近は、悪徳終活詐欺なんかも横行していますから注意が必要です。

そんなことしなくても、「こうしたい」ということをメモに書いて近くの公証役場に持って行けば終わりです。法律家の報酬や銀行の管理手数料に高いお金をかけなくてもできます。私たち社会福祉士であれば、日常的に行っている業務でもあります。その意味では、社会福祉士と同様、公証役場もまた、知る人ぞ知る社会資源と言えるでしょう。

50歳になったら当たり前のように代替わりする文化へ

―― 財産承継も含めた親から子へのバトンタッチは、いつのタイミングでするのが良いでしょうか。

山崎 昭和22年までは、隠居という習慣がありました。親が60歳になったら子どもたちを呼んで、家督を相続人に譲って自分は第一線を退くのです。

昔は、年金制度はありません。遺産を託した相手から月々の生活費をもらいながらのんびり過ごしたあと65歳ぐらいで亡くなる方が多い時代でした。

―― 生涯現役という考え方が主流になった分、線引きのタイミングが曖昧になってしまっている状況はあるかもしれませんね。

山崎 実は、コロナ前の2019年の5月、かつてのしきたりに戻りかけたことがあったんです。 何かと言えば、明仁上皇が、皇室史上初の生前の皇位承継を行ったんですよ。体力の衰えや判断能力の低下を感じてのことでした。

そのとき皇居前広場に3万人の来賓が集まりました。そして、今は活動休止してしまった嵐(旧・ジャニーズの国民的アイドルグループ)が、その人たちを前に、歌を歌ったんですよ。その様子は全国にリアルタイムで流れました。現場に集まった3万人のうちの約8割は後期高齢者です。そのほかは、政治家・議員・官僚・芸能人・スポーツ選手などでした。

その「令和の代替わり」によって、永田町や霞が関では、目が黒いうちに遺産相続する機運が生まれたんです。

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―― 国民に大きな影響を与えた儀式になりましたね。

山崎 その後はコロナ騒動によって外出を控える人が多くなります。 ワイドショーでは、連日亡くなった方の数を報道していたじゃないですか。 賢い人たちは、感染症のリスク対策としても、目が黒いうちに遺産相続をしないと、子どもたちが大変になると分かったんです。

そのような切実感が、動機になったのでしょう。コロナ以前に行っていた終活講座は休止となりましたが、富裕層を中心に、関心を持つ人たちは個別に相談に来られました。私は、ただで相談を受けていますが、実務代行では費用をいただいています。となると、必然的にお金を払える人しか参加できなくなってしまうわけです。

私は、これを続けるうちに「意義のある終活を誰でもできるようにしなければならない」と考えるようになりました。人生も後半戦となると、明日の朝、今日と同じように目を覚ます保証はありません。だから、50歳になったら当たり前のように、代替わりする文化を日本に根付かせていきたいのです。私の仕事人生さいごの、畢生の大事業だと思っています。

―― 人生後半に向かうにあたって、気持ちを切り替える取り組みになるかもしれませんね。

ビジネスケアラーのために“機能する仕組み”が必要

―― そのほかに、今の世の中にとって大切だと思うことはありますか?

山崎 本当の意味で、ビジネスケアラーをサポートするための仕組みが必要だと思っています。 親の介護問題が出てくる30~50代ぐらいの方が所属する組織というと、どうしても職場がメインになります。だから、企業とのつながりを強くすることで、介護に悩むビジネスケアラーのサポートができたらと考えています。

多くの大手企業は、経産省が主催している健康優良系企業というお墨付き欲しさに、外部に介護の専用相談窓口と提携しています。実際、ここは、地域の公的な窓口に行って相談するのとあまり変わりません。

それでも会社が信用担保してくれるのなら、そこに訪ねればいいんだという安心感はあるかもしれない。でも結局彼らは介護の相談に乗るだけであって、基本、実務はやってくれません。

親が入院するための病床も探してくれないし、施設も探してくれない。財産の引き継ぎの文書も書いてはくれませんからね。

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そこは自分でそれぞれの専門家を訪ねて、お金を払ってやってもらってください……ということになります。ビジネスケアラーとしては、一日も早く施設を見つけたいのにもかかわらず、建設的なサポートがほとんど得られない状況があるのです。このような取り組みをしていても、介護休業の取得者はいっこうに増えません。その理由は、介護休業を取得した人たちの声にも現れているのではないでしょうか。

「介護休業を取得するために、職場の上司や人事担当者に親の介護の状況や家族の諸事情を詳しくヒアリングされるのがキツかった」「家族による在宅介護のスケジュール表を作ってくれるのですが、なんとか工夫して親の介護を続けなさいと言われているようで違和感を覚えた」……こういった声が、介護休業を取得した人たちから聞かれます。

大企業のように福利厚生がしっかりした企業に勤めている場合は、セーフティーネットに守られる可能性はあります。しかし、360万人いるビジネスケアラーのうち、約200万人は非正規雇用者だと言われています。セーフティーネットから漏れた人のためには、どうすれば親の介護のために職場を離れずに済むのか、具体的な情報公開をすべきだと思うんです。厚労省には、ぜひそのようなことに取り組んでほしいと強く思うのです!残念ながら、当の社会福祉士たちには訴求力がありませんからね……。

選択式で書くエンディングノート

―― 終活のアドバイスとしてはどんなことを行っているのですか?

山崎 「賢者の終活」という講座を行っています。そのなかのひとつの取り組みとして、ある医師と一緒に『賢者の一筆』というエンディングノートを作成しました。

これは、なかなかエンディングノートを書きたがらない親たちが、元気なうちに絶対に子に伝えておかなければならない必須項目に絞り込んで、しかも、選択肢のなかから自分の価値観に近いものを選べばいい……という、まったく新しいタイプのエンディングノートです。エンディングノートは、本人の思いのたけを書き連ねたり、延命治療を受けるかどうかの希望を書いたりと、いろいろなタイプのものがありますが、自由度が高いからこそどう書いたらいいか分からないという人は多いのです。実際、エンディングノートを買った人は多いけど、積読だけという人が実に多いんですよ。

私たちが作ったものは、ステップ・バイ・ステップでテーマごとに自分の希望に近い選択肢をチェックするだけで完成するようにできています。その必要事項とは、親が明確にしておかなければ子どもが困る9つの項目です。私は、20年以上にわたって多くの高齢者の終活のお手伝いをしてきました。その経験から作成した選択肢ですので、「私、これに近いわ」と思う項目が必ずあるはずです。

このような取り組みは、医療と介護のみならず、ハッピーエンディングのための幅広い知識を持つ社会福祉士だからこそできるサポートだと思っています。

―― そのノートがあったら自分で取り組めますか?

山崎 ビジネスパーソンが本気になれば、親に話を持ち掛けて聞き出すことはできるでしょう。そのときに一番良いのは、自分も親と一緒に書くことです。共同作業をすることで親の本意を早めに知ることができます。蓋を開けてみて驚くこともありません。加えて、親子間の”こころの距離”を縮めるためにも有効であることが分かっています。

一人で取り組むのが難しいという人は、相談できる人がいれば心強いですよね。それは私じゃなくても、近くの社会福祉士に相談できるのであれば、それが良いと思うのです。

ちなみに、私たちのところではエンディングノート実践講座を受けてもらえれば、書けるようにしています。3日×3時間の講座です。エンディングノートを書くときに、何でも聞ける人がそこにいると、途中で詰まったとしても、疑問を解消して最後まで書けます。

公民館でエンディングノートの取り組みが行われる社会へ

―― 遺産相続も自分たちでできますか?

山崎 弁護士に頼まなくても自分の意思をメモに書いて、公証役場に持っていけば、法的な体裁に配慮した文章を作ってくれます。ただ家族構成や家族状状況よっては、そう単純ではない内容の公正証書を作ることが必要なケースもあります。その場合は、社会福祉士が提携する弁護士などのアドバイスを受ける必要があるでしょう。

―― 社会福祉士は、気軽に頼れる身近な存在として、日本でももっと認知されるべきですね。

山崎 いや、本当にそうなんですよ。

米国のソーシャルワーカーは、本当の意味でワンストップサービスを実践しています。 私は、福祉の業界でそれができる国家資格は社会福祉士だけだと本気で思っています。

しかし、現状は、医療・介護・法律の分野まで俯瞰したうえで、必要なサービスを届けられる個人の社会福祉士はほとんど育っていません。だから、辻先生には、こういう選択肢もあるよということで「介護の相談や終活のサポートができる専門家の育成と配置」のための予算枠を取ってきてもらえないだろうかと期待しています。

―― 近くに相談できる人がいるのが、一番心強いです。もし、そんな存在が近くにいない場合も、必要な情報を得られる仕組みが大切になってきますね。

山崎 それは、もしかしたら『みんなの介護』だけで事足りちゃうかもしれないですよ。記事だけじゃなくて、動画もいろいろなところに散りばめられてるし、『みんなの介護』の知名度がすでにあります。

『みんなの介護』が、早期に備えることの大切さと具体的な方法についての積極的な発信を続けてくれれば、四大新聞やTV番組のメディアとかも取り扱わないわけにいかなくなるという淡い期待もある。だってこういう業界って一社が取り組んで、そこそこ評判が良ければ、他社もやらざるを得なくなるじゃないですか。

そうすれば、全国の人たちに、親の介護に直面したときの問題解決方法はもちろん、親が元気なうちに済ませておくべきことを広く伝えることができます。仕事や家庭などに支障が出てしまいかねない場合は、地域の社会福祉士を探して、代行を依頼することができるかもしれない。

それぞれの地域の公民館などで、エンディングノートの取り組みが行われる日本になってほしいなと思っています。そのためには厚労省が「うん」と言わなきゃいけないのが、難しいところですが。

―― 山崎さんのお話をお聞きして、早めに備えることで介護の未来が変わることが、リアルに伝わってきました。高齢者や介護者を支えるために、志ある人たちが活躍できる場所も、もっと増えてほしいです。本日は、ありがとうございました!

取材/文:谷口友妃 撮影:熊坂勉

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