東洋経済オンライン編集長、NewsPicks編集長を歴任した佐々木紀彦氏は2021年6月にPIVOTを創業し、同名の経済メディアを立ち上げた。iPhoneアプリからコンテンツの配信をスタート、Androidアプリやwebサイトも間もなくリリースするという。

『起業のすすめ』を上梓し、現在起業家としてもチャレンジをする佐々木氏は起業によって、コンテンツによって、社会をどう変えようとしているのか。

山口百恵のように一番良い状態で職場を去る。

みんなの介護 佐々木さんは、東洋経済オンラインの編集長として実績をあげた後、ユーザーベースに移りNewsPicksを編集長として牽引してこられました。そのNewsPicksも大成功だと思いますが、次は起業。一度得た立場を捨てて一からスタートを切るのは、覚悟がいると思います。

佐々木 私は常に、ハードでスリリングな挑戦をし続けたいと思っています。だから編集長などの地位に留まることにこだわりはありません。こう言うと失礼に聞こえるかもしれませんが、株と同じで、「今が最高潮」と世間に思われている時こそが自分を最高値で売るチャンス、つまりは新たな挑戦をするベストタイミングです。

逆に、会社の状態が悪くなり始めたときに、出ていったり辞めたりするのは美しくないじゃないですか。他人から見たら「もったいない」とか、今からもっと良くなるんじゃないかと思われているぐらいのときに出ていくのが良いですよね。

例が古くて恐縮ですが、山口百恵さんの美学なんです。山口百恵さんは最盛期でマイクを置きました。

安室奈美恵さんもそういうところがあるかもしれませんね。ボロボロになるまでやるのも美学ですが、一番美しいところでほかの道にいくというのも美学だと思うんですよね。

後付けですが、自分がほかの道に行くことで他の人にもチャンスが生まれます。だから、私はポジションを手放すことへの後悔は全然ないタイプの人間なのです。

プラットフォームの次はコンテンツを競い合う時代へ

みんなの介護 今回立ち上げたPIVOTも、NewsPicksと同じ経済メディアだと思いますが、どのような違いがあるのでしょうか。

佐々木 NewsPicksはテクノロジーを基盤としたプラットフォームであり、キュレーションされたニュースやコメントが読めることが特徴です。オリジナルコンテンツはその一部です。一方で、PIVOTは基本的にコンテンツの会社なんですよね。コンテンツクリエーターが集まって、コンテンツで勝負をする会社です。

みんなの介護 なるほど、プラットフォームからコンテンツへ、というわけですね。

佐々木 東工大のメディア論教授の柳瀬博一さんが「2010年代はプラットフォームの時代だった」と仰っています。Google・Yahoo!・LINE・Twitterなどプラットフォーマーが覇権を握った。結果、コンテンツがどんどん安く買い叩かれるような時代になってしまった。

それが2010年代です。

2020年代はプラットフォームの競争も成熟してきて、そこに何を載せるか、つまりはコンテンツの戦いになっています。

例えば、Apple・Amazon・Netflixなどは高いお金を出してアニメ制作会社と組んでいます。Netflixも日本のアニメや韓国ドラマにすごく投資していますよね。最近Amazonで、ボクサーの村田選手の生中継などもやっています。

コンテンツの重要性に各企業が気づき始めています。出版社で言えば、集英社・講談社・小学館・角川書店などは強いコンテンツを持っています。各社、キャラクターのコンテンツのIP(知的財産)が売れて、最高益を叩き出している所もあります。ソニーが元気なのもゲームやコンテンツの力によるところが大きいですよね。

みんなの介護 出版不況にあって最高益とは驚きでした。

佐々木 今、強いコンテンツは、世界中からモテモテなんですよ。

たとえば今、VTuber(バーチャルYouTuber)の「にじさんじ」が話題ですが、親会社のANYCOLORは上場して2000億円を超える時価総額を記録しています。

日本だけでなく海外でも人気です。中国でデビューしていきなり数千万円を売り上げました。

つまり、「2020年代はコンテンツの時代になる」と思っています。

佐々木紀彦「日本のアニメやゲームは世界で“モテモテ”!2020年代はコンテンツ黄金時代に」
社会にポジティブなインパクトを与える起業家たちをどんどん応援していきたい

挑戦者を応援し背中を押すコンテンツを

みんなの介護  PIVOTで、今後こんなことをしたいと思っていることはありますか?

佐々木  受け手の行動につながるコンテンツをつくっていきたいですね。私は、良いコンテンツとは「楽しかった」という感情を植え付けるだけでなく、行動に向けて背中を押すものだと思っています。そのためにも、時代の最先端で挑戦している人のストーリーを通して、新時代のマインドセットやスキルセットを伝えたいと思っています。

みんなの介護  今、起業家に出資する『マネーの虎』のような番組をつくられていますよね。

佐々木 はい。リアル投資ドキュメンタリー番組『ANGELS』は、投資家の前で起業家がプレゼンを行い、その場で投資をするかどうかを判断します。

起業家の方々が「この事業のために、これだけのお金が必要です」とプレゼンをする。それを、本田圭佑さんらプロの投資家4~5人が見てその場で判断します。

ゴールド・シルバー・ブラックカードがあり、ゴールドのカードをあげたら投資が決定します。すでに4~5人の起業家が、この番組を通じて数億円の資金調達に成功しています。

「コンテンツの力で、経済と人を動かす」というPIVOTのビジョンを体現した番組です。

先日、トヨタ出身の女性起業家が出演しました。彼女は脳性麻痺のお子さんの子育てがきっかけとなって、障がい者向けの椅子の開発をしている方です。障がい者向けの家具というものは、日常的に使いやすいものがないそうです。トヨタでのプロダクト開発の経験を生かしてそういうものをつくっているんです。

そんな、社会にポジティブなインパクトを与えるような起業家の方たちをどんどん応援していきたいと思っています。

みんなの介護 資金調達にたとえ失敗したとしても、自分の理念を多くの人に知ってもらえるというのは、大きいですよね。

佐々木  そうですね。ビジネスは知ってもらうことから始まります。我々が持つ影響力はまだまだですが、そのためのお手伝いができたらと思っています。

UberEatsのようにコンテンツをデリバリー

みんなの介護 『ANGELS』もそうですが、佐々木さんは映像で伝えることを大切にされていますよね。

佐々木  最近ビデオポッドキャストというものを始めました。

ビデオポッドキャストは文字通り映像付きのポッドキャストです。「結構いける」と手ごたえを感じています。

YouTubeでも流せますし、音声だけ聞くこともできます。全部字幕を載せているので、記事のように読みたい方は、2倍速にして読んで要点だけつかむというやり方もある。映像にも、音声にも、活字にもできる。1粒で3度美味しい方法です。

みんなの介護 コンテンツは全部YouTubeのプラットフォームに載るのでしょうか?

佐々木  YouTubeでの配信のほか、我々のアプリでも配信します。あとは音声プラットフォームに配信することも考えています。

我々はコンテンツを自分たちの店だけでなく、ほかに良い場所があれば出前のようにコンテンツを出張させています。UberEatsみたいなものです。

本店である自分たちのアプリでは、本店ならではの体験やコンテンツを用意しておく。しかし、本店にまで毎回来ていただくのは、お客さんにとっても大変です。

お客さんが一番我々のコンテンツに触れやすいように、YouTubeやTwitterなどでも配信して、お客さんとの接点を増やすという感じでしょうかね。

撮影:花井智子

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