自身のクリニックで診療を続けながら、人気ドラマ「ドクターX」の医療監修を務めるなど、さまざまなメディアで医療情報を発信する医師・医療ジャーナリストの森田豊氏。今夏、認知症に侵された実母との記録を綴った著書を上梓した。

「母への対応は、医師として失敗だった」と語る氏から、実体験に基づいたアドバイス、超高齢化社会における介護問題への提言をお聞きする。

医者の自分も間違えた認知症の母への対応。ベストを尽くせなかった後悔

みんなの介護 今回の「賢人論。」は、医業のほかに幅広く活動されている森田豊先生にお越しいただきました。

森田 医者として診療活動をしながら、医療ジャーナリストとしてお茶の間に医療の知識を発信しています。皆さんが一番ピンとくるのは『私、失敗しないので』でおなじみのドラマ「ドクターX」を医療監修したことでしょうか。

クリニックでは、主に内科全般、心療内科、婦人科と総合的に患者さんを診ています。

また、大学で特任教授として教鞭を執ってもいます。

── 今年7月には「医者の僕が認知症の母と過ごす23年間のこと(自由国民社)」を上梓されました。

森田 23年前からアルツハイマー型認知症を患う、94歳の母との記録です。今は施設入所していますが、病気の発症から現在にいたるまでの母の変化や、家族の関わりを中心にまとめています。

—— 執筆を通して、先生が最も伝えたかったことは?

森田 超高齢化社会に突入する日本では、誰もが今後どこかで認知症の問題に直面することになります。では、実際に家族や自分が認知症になった時、一体どうすればいいのか。

そのための心構えや基礎知識をシェアできればと思いました。

また、母に対する僕の対応は決して正しいものではなかったという反省があります。今まさに介護問題に悩んでいる方がこの本を手に取り、医師の僕でもベストは尽くせなかったと知ることで、一瞬でも心が軽くなってもらえれば。そんな風に考えています。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
 

—— 全編にわたって、先生の深い後悔や反省の念が感じられましたが、もしも過去に戻れるなら、ご自身に対してどのタイミングでどんなアドバイスをしたいですか?

森田 母が認知症検査を拒んだタイミングですね。思い返してみて最も後悔するのがこの時。

「私はボケてなんかいない!」という母の意地とプライドを尊重したあまり、そこまで嫌がるなら無理強いする必要はないかと僕は諦めてしまったんです。

その結果、できたかもしれない治療を遅らせ、症状は進行し、介護を担ってくれていた姉を追い詰めることにつながりました。これはもう完全に医師失格。母の機嫌を伺うだけの、ただの息子になっていた自分に憤りを感じます。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
お母様とのツーショット(提供:本人)

当時、認知症は「ボケ」などと呼ばれ、医療現場でも理解が進んでいなかったという時代性はあります。とはいえ、もっと早い段階で危機感を抱き、努力していたら…。

母の変化から目を背けず、家族と話し合い、しっかり向き合いなさい。今の僕が言いたいのはそれに尽きます。

フォーマットがないのが認知症介護の難しさ

—— 嫌がるお母様をどのように検査や施設入所につなげたのですか?

森田 症状が進行したことで、ボヤ騒ぎや振り込み詐欺事件の被害という深刻なトラブルが起こってしまいましてね。「僕を安心させるために検査を受けてくれ」と、息子のためにという点を強調して説得したところ、「母親としての役割」を与えられた母は検査を受けることを承諾しました。

—— 母であることを思い出させたということですか?

森田 母にとっては、長男である僕を育て、医師として出世させるということが生きがいであり、人生そのものだったわけです。いくら認知機能が低下しても、その価値観は不変のものとして彼女の中に残っていたため、「息子のためなら検査を頑張らないと」という行動につながりました。

でも、これはあくまで我が家のケース。

本を読んでくれた精神科の先生たちも『‘僕のために’というのがパワーワードだったね』と感想をくれましたが、認知症患者の心に刺さる言葉やアプローチ法は人それぞれです。

—— その方にとってのパワーワードが何なのか、どうやって知れば良いのでしょうか?

森田 本人の人生観や価値観以外に、家族との関わり・歴史といった要素も重要になってくるため、やはり家族など身近な人たちからのヒアリングは必須ですね。普段どうやって過ごしていたか、何を大切にしていたかを家族が把握しておくことが、いざという時に役立つと覚えておいてください。

介護は教科書的な正解がない分、一人ひとりに合った治療やケアを見つけ出すのはとても難しいことなのです。

—— 先生ご自身もさまざまな診療科で医師として活動される中、介護が必要な高齢者を診ることに苦労はありますか? 

森田 問診1つとっても、手間と時間のかかる地道な作業ではありますね。まったくコミュニケーションが取れなくて、最初から喧嘩腰で来るような患者さんもいます(苦笑)。

そういった現実もあって、介護に関する専門医を目指そうという若い医師はなかなか出てこないのが医療界の課題といえます。

国は在宅医療を推進していこうとしていますが、お金のかけどころは間違えないでほしい。医療従事者が介護分野に取り組むことで得られるメリットを増やし、社会的地位を高める視点を持ってもらいたい。例えば、認知症の研究費に大きな予算を付けたり、高齢者を診る医師の診療報酬を手厚くするなどですね。また、介護従事者に対しても同じような支援策を望みます。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
 

キーパーソンは誰でもなれる。介護者の精神的負担は関係者全員で共有を

——今後は認知症患者の爆発的な増加で、医師や介護職の数が不足する・介護サービスが追いつかないことも予想されます。先ほど在宅医療のお話も出ましたが、やはり介護には家族の役割が重要だとお考えですか?

森田 認知症になって行動パターンが変わっても、その人が持つ生来の気質は変わりません。本人が心地よいと感じられるライフスタイルを送ることは、人間がストレスなく穏やかな毎日を送るための大前提です。僕の診療活動でも、個人の根っこの部分を知るためには、家族との情報共有は必要不可欠だと考えています。

けれど、家庭内で介護を完結させようとしても絶対に無理。本人にとって最適な医療と、ケアマネや介護士をはじめ福祉専門職によるフォローは必須です。抱え込まず、プロに頼ってください。

—— 抱え込まないというのは大事です。

森田 いざ身内にケアが必要になった際、残りの家族全員が100%公平に介護負担を担うというのは、現実的に考えて難しい場合も多いでしょう。どうしても、時間的に余裕のある誰かが、主たる介護者として位置付けられがちです。

ただ、仮に家庭内でキーパーソンを作るにせよ、その人の精神的な苦労や困りごとは、関係者みんなで情報共有すること。それが介護問題をなんとか乗り越えていくコツではないかと思います。

—— 著書の中でも、お母様のケアのキーパーソンだったお姉様への謝罪の気持ちが綴られていましたね。

森田 情けない話ですが、介護を担ってくれていた姉があんなに心身ともに疲弊していたというのを、僕はまったく知らなかったんです。本を書くにあたって、姉から当時の様子を詳しく聞き取りするうちに、実はあの時…という風にさまざまな事実を打ち明けられて愕然としました。

—— 献身的な介護をされていたお姉様ですが、母娘の間には血縁関係がないことも記されています。この事実を書くに至った先生の心情は?

森田 これはねぇ…。我が家のごくプライベートな事情でもあり、正直書かなくてもいい話なので、最後の最後まで悩んだ部分です。ただ、血縁関係があろうがなかろうが、同居だろうが別居だろうが、本人との信頼関係さえ築かれていれば誰もが介護のキーパーソンになれるということは伝えたいと思いました。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
個性に合った施設へ入所したことで、暴言等の不穏も落ち着いたという(写真提供:本人)

家族なのにケアに関われていないことへ罪悪感を覚えている人。逆に、血がつながっているんだから面倒見るのが当然といった価値観に押し潰されそうな人。そんな人たちがこのエピソードを読んで、気持ちが楽になったり解放されるとしたら、書く価値は十分にあるかもしれない。姉本人や編集者とそんな話をして、最終章に記させてもらいました。

軽度認知障害での発見が肝心

—— 高齢者支援を行う現場の方から話を聞くと、コロナをきっかけに認知や身体機能が低下した方が増えたと実感されているようです。

森田 コロナ第1波の際、京大の西浦教授が「人との接触を8割削減」と提言されたというニュースを見て、思わず悲鳴を上げてしまいました。

日常的な他者との交流がなくなると、認知症発症リスクが8倍高まるという研究結果が出ています。今はまだ問題が顕在化していませんが、数年後に社会は一体どうなっているのか。大きな危機感を覚えています。

—— 8倍!怖い数字です。

森田 しかもコロナの場合、運動不足による筋力低下や感染への精神不安など、複合的な要因が絡み合っているのでタチが悪い。若い方なら健康を取り戻せても、高齢者の場合はあっという間に不可逆的な状態に陥り、気がついたら要介護というケースは多々あります。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
 
写真:AdobeStock

—— 認知症の早期発見のためにはどうすれば良いですか?

森田 多くの病気は、まず患者本人が違和感を訴え、CTや血液検査を受けることで明確な結果が出ます。数値による診断基準に従い、今はこういう状況だから、こんな治療を始めましょうと医師は判断することができます。

けれど認知症は本人の病識が乏しく、よほど症状が進まないと脳萎縮といった画像上の変化も見受けられません。やはり、家族や親しい友人の目というのが発見の突破口になります。

—— 多少の物忘れはしかたないとスルーしてしまうのは良くないですね。

森田 うちの母の場合、曜日を忘れてしまう・買い物へ行ったのに何を買うか思い出せないといった、誰にでもある物忘れからはじまりました。そのうち、長年通っていた美容院への道のりが分からなくなり、使い慣れたはずの電化製品にも戸惑うようになっていきました。

このような変化を「歳だからしょうがないね」と笑い話で終わらせてしまうのでなく、検査を受けるというアクションにつなげてほしい。少しでもおかしいと感じたら医療機関にかかることを、当たり前の意識として社会に定着させていく必要があります。

—— 医療機関ではどういった診察が受けられますか?

森田 認知症の研究は一昔前より進んでいて、軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)を発見するには血液検査が用いられます。この段階で発見し、適切な治療につなげられれば、認知機能の改善や認知症の発症を遅らせることができます。しかし、この事実が一般的に知られていないのが問題なんです。

MCIが認知症と大きく異なる点は、本人に病識があること。「物忘れがひどくなった」「今までできていたことができなくなった」と自覚できます。一方、完全に認知症になってしまうと、自分の変化を認識することもできません。それどころか「ボケてるなんて失礼だな」と聞く耳すら持たなくなり、どんどん症状が悪化してしまうんです。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」

ピンピンコロリは幻想?!認知症検査の制度化で健康寿命引き上げを目指す

—— 著書の中で「認知症検査の制度化」というご提言がありました。

森田 先ほどお話したような「ちょっとした物忘れ」程度だと、どのタイミングで検査を受けるべきか迷う人もいますよね。それなら、ある一定の年齢になったら認知症検査を全員受けましょうと、ルール化してしまった方が分かりやすい。認知症検査への抵抗感を持つ人にとっても、制度化することで心理的ハードルが下がります。

例えば、65歳以上は毎年検査を受けるという流れになれば、認知症だけでなくMCIを疑われる人がたくさん見つかるはず。MCIの段階なら本人もまだシャンとしていますから、具体的な検査結果が出たことで、生活習慣の改善やリハビリ治療へ意識を向けられます。

また、早めに専門機関へ相談できたり、症状の進行に注意しながら生活を見守っていけるという点で、家族にもメリットがあります。

—— 自治体によるガン検診のような制度をイメージすれば良いですか?

森田 そうそう。政府やメディアが散々PRしたこともあり、メタボ検診やガン検診はここ10年20年で広く世間に定着しました。我が国の平均寿命が伸び続けているのは、こういった検診で病気の早期発見が増えたことも影響しているといえます。

けれど、亡くなる直前まで人はすこやかに暮らしているのかというと、残念ながら答えはNO。介護を必要とせず自立した生活を送れる健康寿命は、男性72.68歳・女性75.38歳という統計結果が出ています(2019年調べ)。平均寿命が男性81.47歳・女性87.57歳ですから、両者の間には10年程度の開きがあります。

皆さん「ピンピンコロリで死にたい」なんて言いますが、それは幻想だと思ってもらった方が良い。なぜなら、そんなポックリいけるような都合の良い病気は存在しませんから。多くの場合、死ぬまでの約10年間、何らかの形で他者の手助けを受けなければ生活が送れないわけです。

—— これからは健康寿命を伸ばす意識が重要ですね。

森田 その通りです。では、健康寿命を伸ばすためにはどんな政策が取られているか?と考えると、効果的で効率の良い対策をしていないに等しいのが日本の現状。しかし、健康寿命と平均寿命の差が広ければ広いほど、国の社会保障費は増加する一方です。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
 
参考:厚生労働省『健康寿命の令和元年値について』

いかに自分の健康寿命を延ばせるかという視点を国民一人ひとりが持つことなしに、この国の介護問題の解決はありえません。寿命を全うする直前まで、質の高い生活を送るにはどうすれば良いか。その意識を植え付けるためにも、認知症検査の制度化は大いに有効ではないかと思うのです。

高齢者が要介護になる要因TOP3

—— 要介護を引き起こす、高齢者の代表的な病気にはどんなものがありますか?

森田 一番多いのが、「ロコモティブ症候群」と呼ばれる運動機能障害です。これは整形外科学会が提唱している概念で、加齢によって筋力の衰えや関節の可動域が狭まり、手足が衰えてくる状態のことを指します。

その次に多い原因が認知症。そして脳出血や脳梗塞といった、脳血管障害による後遺症が続きます。

—— ロコモティブ症候群、はじめて聞きました。

森田 厚労省がロコモ予防キャンペーンを実施したこともありますが、知名度はまだまだ低い。介護予防という観点では真っ先に何とかしなければいけない病気であるにも関わらず、検診システム等は動いていません。

でも実はこのロコモティブ症候群、簡単に自己診断できるんですよ。「片脚立ちで靴下を履けない」「青信号で横断歩道を渡りきれない」など、簡単なチェック項目に答えるだけで調べることができます。こういった有益な情報が行き渡っていないのも、健康寿命がなかなか引き上がらない原因だといえます。

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介護の“正しい情報”を得て、アバウトな不安を払拭

—— 平均寿命と健康寿命のデータが明確に示すように、いずれは誰もが、親なり自分なりの介護と向き合わねばなりません。将来の介護問題に対して不安を感じている人にアドバイスするなら?

森田 まずは介護のこと、年を取るということについて知ってください。いざ介護が必要になった時、どこに行けば必要な情報をもらえるのか、手助けしてくれるプロにどこで出会えるのか。こういった知識が世間に行き渡っていないから、介護へ漠然とした不安を抱く人が多いんだと思います。

同時に、知らないからこそ、将来の介護について考えること自体がうやむやになってしまい、「私は大丈夫だろう」「まだ先の話だし」と多くの人が問題を先送りにしています。この課題を解消するには、我々医療従事者による啓蒙活動がもっと必要ですね。政府も福祉の窓口を増やさないといけません。

—— 親が元気なうちから介護や終末期について話し合うのは、なんとなく気が引けてしまうんですが…。

森田 介護に苦しむ人が身近にいない限り、ほとんどの方がそうですよ。ただ、僕は母の介護でイヤというほど厳しい現実を知りました。

皆さんには、異常が起きる前に、家族で話し合いの機会を持ってほしい。介護が必要になったらどうしたいのか。寝たきりになったら、認知症になったら?いろんなことを話してほしいと思います。

—— 先生ご自身は、奥様やお子さんたちとどのようなお話をされていますか?

森田 僕の行動パターンが以前と違う、言っていることがおかしいなど、何か違和感があったら、すぐに教えてくれと伝えています。あまりにしょっちゅう頼んでるもんだから「分かった分かった」と面倒くさがられていますけど(苦笑)。

とはいえ、本当はこれくらいオープンでちょうど良いはず。子育ての話題で友人同士盛り上がることは多いですよね。それなのに、家庭内の介護問題に関しては口をつぐんでしまう傾向にあります。たった20年前まで、認知症は精神科くらいでしか診てもらえなかったような病気です。そういった偏見のようなものが、日本人の根底に残っているのだろうと思います。

けれど、介護を受ける・介護をするということは全然恥ずかしいことじゃない。困っていること、助けてほしいことがあれば、どんどん声を挙げて周囲とシェアしてください。

正しい情報を伝え続けることが、僕の使命の1つ

—— 新型コロナの流行からもう3年近くになりますが、先生はコロナ前と比べて何が変わったとお感じですか?

森田 一番大きな違いは、健康に対する関心が高まったことではないでしょうか?医療や福祉について考える土壌が整い、コロナの収束も見えてきた今だからこそ、伝えられることは多いはず。年を取っても質の高い生活を継続するにはどうすれば良いか。国民全体で考えるフェーズにきているのではないでしょうか。

—— 最後に、先生の目標を教えてください。

森田 僕はこれまで、難しい病気の解説や病院との上手な付き合い方など、幅広い医療の情報を発信してきました。けれど、超高齢化社会を迎える今、介護や健康寿命という分野にフォーカスし、啓蒙する役割を担っていこうと考えています。

医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する「あの日」のこと」
 
生活の質向上を目指す啓蒙イベントや講演にも多数出演 (写真提供:本人)