日本の「奨学金」、アメリカの「学生ローン」が抱える課題とはの画像はこちら >>


2020年度から高等教育の修学支援新制度がスタートし、世帯年収に応じて給付型奨学金の支給や授業料等の減免を受けられるようになった。さらに2025年4月から、子ども3人以上の多子世帯においては所得にかかわらず入学金・授業料等が上限額まで減免されることになり、注目を集めている。



ここ数年で給付型が拡充し、変化を見せている日本の奨学金だが、もともとは貸与型のみだった。社会に出てからの返済の負担の大きさが議題に上ることも多いが、海外でも同じような問題は起こっているのだろうか。

「奨学金なるほど!相談所」を運営している奨学金アドバイザーの久米忠史さんに、日本と海外の奨学金制度の違いやそれぞれの課題について聞いた。

「授業料高騰」でアメリカの学生ローン利用者が急増

「日本の奨学金は長らく続いている貸与型と、2017年から始まった給付型があります。片や、海外の奨学金は返済不要の『スカラシップ』を指し、日本のような貸与型は『学生ローン(ステューデントローン)』と呼ばれ、明確に区別されています。アメリカは世界でもっともスカラシップが充実しているといわれる反面、学生ローンの利用者が急増している実情があるようです」(久米さん・以下同)

アメリカの私立大学生の75%が学生ローンを抱え、2024年には国民が抱える学生ローンの総額が1兆7700億ドルにのぼったというデータがあるそう。

「アメリカの学生ローン利用者が急増している背景には、授業料の高騰があるようです。日本も大学の授業料が上がってきていますが、国立大学は1993年から2023年までの30年で約1.3倍、私立大学は同じ期間で約1.4倍となっています。一方、アメリカでは日本の公立大学にあたる州立大学の授業料の平均が1990年時点で1888ドルだったところから2022年には9750ドルに上がり、私立大学では1990年の9083ドルから2022年には3万5248ドルと、4~5倍になっているのです」

高額な授業料を支払うには、学生ローンを利用するしか道がないという実情が見て取れる。ところで、なぜアメリカの大学の学費は高騰したのだろうか。

「実際にアメリカの学生ローンを借りて大学を卒業した方に話を聞いたことがありますが、いくつか理由が考えられるようです。そのひとつが、州立大学に対する国庫補助金の減少。補助金が減れば、大学は授業料収入に依存することになるため、授業料が上がっていくというサイクルが生まれます」

学生ローンが充実化したことも、授業料を引き上げる要因になったという。

政府が提供する連邦学生ローンが学生の授業料負担をサポートすることを受けて、大学側は授業料引き上げに動いたのだ。

「学生に魅力を感じてもらうため、大学が設備投資を進めたことも授業料高騰のきっかけになったといわれています。例えば、スポーツの成績で大学の知名度を上げるために有名選手をスカウトしたり、新しい競技場をつくったり、年俸の高いコーチを招いたりすると大学の支出が増えます。それはすべて授業料に跳ね返ってくるのです」

「卒業後の仕事」が返済に影響している

久米さんはアメリカの学生ローン残高が増え続けている原因を、「授業料の高騰だけでなく、卒業後のリターンが見合っていないからではないか」と推測する。

「学生ローンを借りて大学に通った人のなかには、卒業後に学位がなくてもできる仕事に就いたり、正社員ではない働き方をしたりしている人もいるようです。そうなると、数万ドルもある学生ローンを返すのは難しいといえます。連邦学生ローン利用者の4.86%(2024年第4四半期時点)、民間学生ローン利用者の1.61%(2024年第1四半期時点)は債務不履行の状態にあるという報告もあります」

連邦学生ローン独自のルールも、利用者を苦しめているという。

「日本の奨学金は自己破産することで免責(全額免除)となりますが、アメリカの連邦学生ローンは破産しても免責されません。つまり、返済できないとしても抱え続けなければならないというわけです。アメリカはクレジットカード社会なので、信用スコアに傷が付くとクレジットカードでの支払いができず、暮らしづらいのではないかと想像できます」

高い授業料を負担しながらも、安定した仕事に就けないという問題は、アメリカに限ったものではない。

「大学進学率が上がるほど大学の大衆化が進み、リターンが見合わないという局面を迎えるのは自然なことだといえます。実は、日本でも、正規従業員と非正規従業員が抱える奨学金の借入総額はほとんど変わらないという調査結果が出ています」

日本の「奨学金制度」が抱える課題

労働者福祉中央協議会が2024年6月に実施した「高等教育費や奨学金負担に関するアンケート報告書」によると、日本学生支援機構(JASSO)の貸与型奨学金を利用した人の借入総額の平均は344.9万円で、前回調査の2022年から増加していた。

また、正規従業員の平均借入額343.3万円に対して、非正規従業員の平均借入額は329.7万円と、大きな差がないことも明らかになっている。



「借入額が大差ないということは、非正規従業員の方々の負担感がより大きくなっていることがうかがえます。同調査の返済の負担感を聞く設問では、貸与型奨学金利用者の44.3%が『少し苦しい(苦しかった)』『かなり苦しい(苦しかった)』と回答しています」

返済を負担に感じつつ返済している人もいるが、貸与型奨学金利用者の13.1%は「返還猶予制度利用中」と回答している。返還猶予制度とは、災害や傷病、経済困難などの理由で返済が難しい場合に、一定期間返還を延ばすことができる制度だ。

「猶予が認められると延滞金やその間の利息が発生しないというメリットがありますが、あくまで猶予であって免除ではないので、返還を先延ばしにするだけともいえます。また、JASSOが公開している『令和5年度業務実績等報告書』を見てみると、『減額返還(1/3返還)』の申請者が年々増加しています」

●「減額返還(1/3返還)」申請者の推移
出典/JASSO「業務実績等報告書 主要項目整理」
2019年度 1万9413件
2020年度 2万2217件
2021年度 2万4418件
2022年度 2万6072件
2023年度 2万9571件

「減額返還」とは、月々の返還額を減額する制度のこと。「1/3返還」は月々の返還額を所定の額の3分の1に減らして返還していくことを指し、適用期間は最長15年となっている。

「より小さな額でないと返せない人が増えているということです。2024年度から『1/4返還』も選択できるようになったことで、『1/4返還』を申請する人も多いのではないかと危惧しています。『減額返還』は返済の長期化を招くので、抜本的に生活を立て直すような制度ができない限り、貸与型奨学金の負担は軽減しないと感じています」

現在の課題を解決するため、JASSOは2021年度から「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」を導入した。企業が従業員が抱える貸与型奨学金の一部または全部を代理返還する制度だ。

「企業にはメリットのない制度のように思われますが、売り手市場が続いていることもあり、『奨学金支援制度』を導入することで優秀な学生の獲得につながりますし、返還分は経費として計上できます。従業員は奨学金の負担が減り、JASSOは早期回収につながるのです。

2024年12月時点で2700社が導入しており、今後さらに増える可能性が高いので、これから就職する学生や親御さんはチェックしておきましょう」

日本もアメリカも、奨学金や学生ローンの返済に負担を感じている人が増えていることが課題といえるだろう。今後の制度改正が解決のカギとなりそうだ。

(取材・文/有竹亮介)

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