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近年、「日本のエンゲル係数が上がってきている」という報道を目にしたことがある人は多いのではないだろうか。

エンゲル係数とは、家計の消費支出に占める食料費の割合のこと。

一般的にエンゲル係数の数値が下がると生活水準の上昇、数値が上がると生活水準の低下を意味するといわれている。

なぜ、いま日本のエンゲル係数は上がっているのか。第一生命経済研究所 首席エコノミストの永濱利廣さんに聞いた。

エンゲル係数上昇の要因は「日本人のデフレマインド」

「国内の2人以上世帯のエンゲル係数は長い間22%前後で推移していましたが、2014年頃から上昇し始め、2023年には26.5%、2024年には27.1%まで上昇しています。一般的にエンゲル係数の上昇は生活水準の低下を意味しますが、光熱費などの価格が下がった場合には相対的に食料費の割合が上がることがあるため、必ずしも生活水準と比例するとはいえません。しかし、現在は光熱費などの価格も上がっているうえでエンゲル係数も上がっているので、生活水準の低下と捉えられます」(永濱さん・以下同)

エンゲル係数が上がっているのは日本人の「節約意識」が高いから!?
画像提供/第一生命経済研究所 日本のエンゲル係数の変化。

ここ数年、日々の生活のなかでも感じるほど物価が上昇している一方、賃金が上がらないため、エンゲル係数が上がっているように感じるが、実際はもう少し複雑だという。

「2023年のエンゲル係数の上昇要因は比較的単純で、物価の上昇と実質賃金の低下によるものだと考えられます。総務省が発表している『家計調査』からも、相対物価の上昇と実質実収入の低下がうかがえるからです。しかし、2024年は33年ぶりの賃上げや定額減税などの影響で、可処分所得が増加しました。それにもかかわらず、エンゲル係数は2023年より上がっているのです」

収入が増えればエンゲル係数は下がるはずだが、なぜ上がっているのか。「その要因は消費性向の低下にある」と、永濱さんは分析する。消費性向とは、可処分所得のうち消費支出に回される割合のことだ。



「実質的な収入が増えている反面、依然として節約志向が強いことが、エンゲル係数を押し上げている要因ではないかと考えられます。節約志向が強いと支出が減るので、消費性向は低下します。なぜ節約するかというと、食料品の相対物価の上昇が続いているからです」

エンゲル係数が上がっているのは日本人の「節約意識」が高いから!?
画像提供/第一生命経済研究所
2024年は実質実収入が上がりエンゲル係数の低下に作用したが、それ以上に消費性向の低下がエンゲル係数を押し上げた。

ただし、物価上昇が抑えられれば節約志向が弱まるかというと、そう簡単でもないそう。

「節約志向が強いのは近年の物価上昇の影響というよりも、バブル崩壊後の失われた30年をずっと引きずっているからではないかと考えられます。長く続いたデフレを抜けて経済はインフレに傾いていますが、多くの日本人はデフレマインドから脱却できていないため、実質実収入が上がっても節約志向が強く、消費性向が低下してしまうのだといえます」

金銭感覚は「社会に出たときの状況」で決まる?

「失われた30年が後を引いている日本では、今後さらに実質賃金が上がったとしても、個人消費が増える可能性は低い」と、永濱さんは話す。

「2009年にアメリカで発表された論文では、『その人の価値観は、社会に出たときの状況に一生左右される』とされています。つまり、90年代後半以降、不況の最中に社会に出た世代の方々がデフレマインドから脱却できず、財布の紐が固くなってしまうのは、当然のことといえるかもしれません。社会科学は人の心理が関係するため、『実質賃金が増えれば消費が増える』といったシンプルな動きにはならないのです」

そもそも実質賃金の上昇自体も、すべての人に関係のある話というわけではない。

「ニュースなどで春闘の賃上げ率が取り上げられることがありますが、これが関係するのは労働組合の組合員が中心です。非組合員や春闘と関係のない中小企業に勤めている人の賃金には大きく影響しません。また、賃金と物価の上昇が進むほど、年金生活者にも影響が出ます。年金額の伸びを抑えるマクロ経済スライドによって、年金額は物価ほど上がらないため、実質的に受給額は減るといえます」

エンゲル係数が下がった要因をひもといていくと、現在の日本の課題が見えてくるのだ。



「このまま消費性向が下がったままでみんながお金を使わないと、企業も儲けが出にくくなるため、若年層の雇用や所得に影響が出て、将来の不安が払しょくされません。そのため、未婚率が高まり、出生率も回復しないかもしれない。日本が変わっていくべきときにあるのだといえます」

節約志向を変えるカギは「恒久的な政策」

単純に賃金を上げるだけでは、節約志向が弱まる可能性は低い。では、どのような政策や変化が効果的といえるのだろうか。

「実質賃金ではなく、手取りを増やすような政策を国が打つことができれば、状況が変わる可能性はあると思います。2024年は可処分所得が増えましたが、その最大の要因は定額減税があったからです」

定額減税とは、納税者を対象に所得税から3万円、住民税から1万円が控除される制度のこと。ただし、長く継続されるものではなく、2024年分の所得が対象となる1年限定の措置とされた。

「1回きりの減税では、仮に可処分所得が上がったとしても、その後下がることを考えて貯蓄に回してしまう人がほとんどでしょう。一時的な制度では、消費性向は上がらないのです。現在議論されている基礎控除の引き上げが実現し、恒久的な制度として施行されることがあれば、長きにわたって可処分所得が上がることになるので、多くの人が『お金を使おう』という気持ちになるかもしれません」

食料品価格の上昇だけでなく、根底にある日本人の節約志向まで見ることができる「エンゲル係数」。生活に直結する情報として、今後も注意深く見ていくと、これからの社会状況を予想できるかもしれない。

(取材・文/有竹亮介)

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