※本稿は、マイナビ健康経営のYouTube番組「Bring.」の動画「退職代行サービス経営者だけが知っている、若手社員が会社をすぐに辞めるいくつかの要因」「人手不足時代、大切な社員をどう確保すべきか?退職代行サービス会社が実践する従業員ケア」の内容を抜粋し、再編集したものです。
■退職代行の依頼者に「弱気な怠け者」はいない
【澤円】谷本さんが代表を務める退職代行「モームリ」のサービスを使う人たちというのは、どういう人たちなのでしょうか?
【谷本慎二】「自分で退職も告げられない弱気な怠け者」という声が非常に多いのですが、実際はまったく違います。有料サービスですから、「面倒くさい」程度の安易な気持ちで依頼する方はそう多くありません。
例えば、退職を何度も伝えたけれど止められてしまった方や、俗にいう「ブラック企業」に勤めていて、上司からのハラスメントで辞められない方も多くいらっしゃいます。「3回退職を伝えても辞められず、最後は土下座したけど退職を拒否された」ということで依頼が来たこともありました。
【澤円】そんなケースもあるのですか?
【谷本慎二】本当の話です。わたしたちが依頼者の退職意向を企業側に伝えると、逆上して怒鳴り散らされることもありますし、「当社は退職を認めておりません」と返答されて、こちらが驚いてしまうケースもあります。また、退職のお話が進んでいたのに、最後に有給休暇の消化についてお話ししたら、「それは認められません」といわれることもあります。
■24時間対応、LINE相談は3分で返信
【澤円】「退職を認めない」もそうですが、「有給休暇の消化を認めない」は法律違反では……?
【谷本慎二】その通りです。相手先が当社をどのように認識しているかわかりませんが、他社の人間に対して堂々と法律違反を口にするわけです。
依頼者の多くは「怠け者」どころか、むしろ真面目過ぎるがゆえに、仕事と会社のシビアなマネジメントに追い込まれてしまった方々であり、助けを求めているのです。なかには、メンタルを病んでしまって病院に通われている方もいらっしゃいますね。
【澤円】「仕事に人生を狂わされてしまった人」にとって、救済処置になり、心を支えてくれる最後の拠り所になり得る場所が、「モームリ」というわけですね。
【谷本慎二】思い詰めている方も多く、だからこそ当社のオペレーターは24時間体制で依頼を受け付けていますし、LINEの依頼・相談には3分以内で返し、未読スルーは絶対にないよう気をつけています。
■相談の6割は「退職するほどではない、解決可能なトラブル」
【澤円】退職代行「モームリ」が扱う案件のなかで、原因が会社側にあるケースと、依頼者側に原因があるケースでは、どちらが多いという印象ですか?
【谷本慎二】「2:6:2」だと考えています。ブラック企業のような会社側が完全に悪いケースが2割、依頼者の自己都合が2割、残りの6割は会社と依頼者のすれ違いです。これは、これまでに3万5000件以上のデータから見えてきた実態です。
【澤円】どちらかに一方的に非があるケースよりも、会社と依頼者の意向がうまくマッチングできていないだけのケースが大半なのですね。
【谷本慎二】そうですね。双方の話をじっくり聞くと、正直なところ依頼者が大袈裟にいっていたり、逆に会社側が依頼者のことを悪くいっていたりすることも想定されます。本来であれば、当事者同士で話し合うことで解決も可能だったような、いわゆるすれ違いにより退職につながってしまうことが、この退職問題のもっとも重要な点ではないでしょうか。
【澤円】退職代行に関し、メディアから世間的に広まっていくのは極端な事例が多いように感じます。企業側を悪く見せるために超ブラック企業の実態を紹介することもあれば、逆に怠惰な退職者のケースを取り上げ、「若者はやる気がない」という印象で括ったりします。でも、実態はマッチングがうまくいかなかったケースが多数派なのですね。
■正社員採用だと聞いていたのに派遣だった…
【澤円】約6割を占める「マッチングがうまくいっていないケース」について、具体例を挙げることはできますか?
【谷本慎二】4月の新卒一括採用で働き始めた方が退職代行を使うのは、まさにマッチングの問題が多いですね。4月の依頼は年間依頼数の14%を占めていて、今年(2025年)は1カ月で約200人から300人ぐらいに当社のサービスは使われていますが、その内、新卒の方の退職理由として一番多かったのは、「入社前と後で話が違う、契約が違う」ということでした。
【澤円】退職するというのは……余程のことですよね。認識の違いではなく、悪意ある意図的な違反なのでしょうか?
【谷本慎二】相違に関しては、イメージと契約のふたつがあります。契約のほうでいうと、例えば「給料が違った」という事例があります。内定段階では20万円台と聞いていたけれど、入社して契約書を書くときには10万円台に下がっていたとかそんなことですね。また、雇用形態が正社員だと聞いていたのに派遣型労働だった事例もあります。
【澤円】それは、さすがにかわいそうな事例ですね。
■会社への不信感が拭いきれない人たちからの依頼が多い
【谷本慎二】意図的にそれを行った会社もある一方、雇用形態については本当に人員配置で困ってしまって、相談ベースで打診したケースもあります。
一方、イメージの相違については、「残業は少ない」といわれていたのに、早々に深夜残業があって「こんなに大変だと思っていなかった」といったものです。
【澤円】いずれにせよ、「聞いていた話と違う」という怒りのようなものがあるのでしょうね。
【谷本慎二】そうですね。先にもいいましたが、あくまでも有料サービスですから、それなりの思いがあってのご依頼なのだと考えます。会社に対する不信感を抱いてしまって、退職手続きにおいても不信感が払拭し切れないのかもしれません。
■退職代行は「バックレ」を抑制している
【谷本慎二】この新卒社員の退職代行サービス利用が衝撃的なこともあり、「退職代行サービスの存在が退職を促進している」という意見をいただくこともあります。でも逆に、このサービスがないことで起こるのが「バックレ」、つまり音信不通のままの退職です。澤さんは企業に勤めていた時代に、部下がバックレてしまった経験はありますか?
【澤円】わたしは幸いにしてありませんが、それは外資系IT企業だったからでしょう。というのも、外資系IT企業は同業種での人材流動性が高く、転職のことを「大日本外資系IT企業株式会社の人事異動」と冗談めかしていうほどです……(苦笑)。
だから、バックレてしまうと信用を失い雇ってもらえなくなるので、まずやらないでしょうね。
【谷本慎二】なるほど、そういうこともあるのですね。僕は前職で飲食サービス業に10年間ほど従事していたのですが、バックレる人はとても多かったのです。
そして、管理職にとってバックレは相当な負担になります。退職を受理しようにも、退職届を受け取らないと会社に申請できないし、保険証や貸与物を返してもらわないといけないので、忙しいのに音信不通の部下の家まで行く羽目になります。
その経験から、退職代行サービスがバックレの抑止になるメリットは確実にあると見ています。「モームリ」を通じて、会社は依頼者に必要な連絡事項を伝えられますし、貸与物の返還については、わたしたちも依頼者に徹底するよう伝えています。
【澤円】退職にまつわる会社側の必要プロセスを、サポートすることにもなるのですね。企業側もその側面を知ると、退職代行サービスに対する認識が変わるかもしれませんね。
■退職代行を使われて「改善」を約束した企業
【澤円】近年では、「働き方改革」やコンプライアンスが重視され、ひとむかし前よりは労働環境は改善されてきたことは事実です。しかし、離職率は上昇し、「モームリ」のような退職代行サービスの利用件数も増加の一途にあります。この状況を、谷本さんはどう見ていますか?
【谷本慎二】働きやすくなっている反面、転職の敷居が下がり、人材の流動性も高まっているのではないでしょうか。
【澤円】終身雇用制度に縛られる時代も終わり、「会社を辞めることは悪」という価値観も薄れましたからね。それだけに、各企業では離職率を下げるための取り組みを進めているのが現状です。谷本さんにお聞きしたいのですが、企業に退職代行の連絡をした際、「感謝される」ケースもあるのでしょうか? なぜなら、人事からすれば自社の実態を知るきっかけにもなると思うからです。
【谷本慎二】例えば、依頼者の退職理由を通じて、その会社の本部が支店でのサービス残業の実態を知り、調査が行われたケースなどがあります。感謝ではありませんが、「改善していきます」というお約束をいただきました。大企業ほど、末端の部署、地方の店舗や支社に本部の目が届きにくく、ブラックボックスになることが多いので、退職代行サービスを通じて実態を知り、改革や改善に貢献する可能性はあるはずです。
■モームリは「即日退職OK」
【澤円】ちなみに、退職通知を担当する「モームリ」のオペレーターさんは、先のように怒鳴られることもあり、ストレスのかかる仕事ですよね。社員の離職防止のために、取り組んでいることはありますか?
【谷本慎二】アルバイトスタッフは、やはり「思ったより厳しい」と感じて辞めてしまうことはあるのですが、正社員については離職率が低いですね。理由のひとつは、社員自身も過去に不本意な働き方を経験した人が多く、退職代行サービスに「退職希望者の救済」として使命感を持っていることがあります。
そのうえで、経営者としてのわたしの取り組みはメンタルケアです。職場では過去に大型犬を連れてきていたこともあり、リラックスや気分転換につながっていました。
なにより、本当に苦しくなったら即日退職を許容しています。退職意向も、わたしや上司でなくても「誰かに伝えてくれればいい」としています。
■働きやすい環境を整えることと社員を甘やかすことの違い
【谷本慎二】ただ、こうした社員ファーストの働きやすい環境づくりに対し、「従業員を甘やかすとダメになる」という考え方も多いですよね。その点について、澤さんはどう考えますか?
【澤円】「働きやすい環境」というのは「社員がパフォーマンスを出しやすい環境」のことで、「甘やかす」とはまったく別のことだと考えています。
例えばスポーツでは、負荷のかかるトレーニングの際には、正しいフォームが取れる環境とフォロー体制を整えることがトレーニング効果につながり、怪我も防止します。労働環境だって同じことではありませんか?
僕は、そうした体制づくりにおいて、意思決定にはPDCAサイクルではなくOODA(ウーダ)ループというフレームワークを採用しています。Observe(観察)→Orient(状況判断)→Decide(意思決定)→Act(実行)のプロセスからなるのですが、最初の「観察」が重要だと思っています。
これからのマネジメントは、人材一人ひとりに個別最適で向き合う必要があり、そのためには個人をよく観察して理解しなければ始まりません。つまり、一個人のために、その個人がハイパフォーマンスを出せる環境づくりが求められるということです。
おそらく、谷本さんの社員へのケアを「甘やかし」という人は、わたしの話はもっと受け入れられないのではないでしょうか。でも、環境を整えずにハイパフォーマンスを求めるのであれば、それこそが離職の原因になりかねません。
■退職代行の流行は「正しい状態」ではない
【澤円】谷本さんの会社では「退職代行モームリ」から派生して、自主的な退職をサポートする「セルフ退職 ムリサポ!」や、企業向けの離職防止コンサル事業「MOMURI+(モームリプラス)」などの事業も展開されているそうですね。これも、働く人たちの不幸や不利益をなくしていこうという考えからなるものですか?
【谷本慎二】そうです。退職代行が流行していることを「正しい状態」だとは思っていませんし、退職したいときに退職を自分で伝えられる環境が大切です。また、そもそも苦しんで働くような会社をなくしていけるなら、それに越したことはありません。
ですから、個人に対しては自分で退職を伝えるサポートを行い、企業に対しては当社が退職代行で得た3万5000件以上の「退職理由」や「依頼者の境遇」に関するデータを活用したコンサルティングや講演会を行っています。
多くの企業が、自分たちではいい会社をつくっているつもりなのです。しかし、目が行き届かなかったり、社員との価値観やコミュニケーションのズレが生じていたりして、先の6割のミスマッチングによる退職が起こっているわけです。
わたしたちの持つデータを活用し、その6割の退職に至る要因をなくすことができれば、離職率は半分以下になる可能性だってあるでしょう。そうした社会を実現したうえで、「退職代行モームリ」は最後の手段といいますか、ビジネスパーソンにとっての「お守り」のような存在になればいいなと思っています。
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谷本 慎二(たにもと・しんじ)
アルバトロス代表
1989年岡山県生まれ。神戸学院大学卒業後、東証一部上場企業に入社し、接客サービス業に従事。店長昇格後、入社5年でエリアマネージャーに昇格。首都圏を中心に新店舗の立ち上げ責任者を6店舗経験し、勤続約10年を経て退社。2022年に株式会社アルバトロスを創業し、退職代行サービス「退職代行モームリ」を設立。またたく間に業界No.1のサービスに成長させた。現在は、退職代行サービスで培ったデータや情報をもとに、企業の離職率低下に向けてのサポートなどの事業も行うほか、講師として離職率低下/定着率向上の講演なども行う。
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澤 円(さわ・まどか)
圓窓 代表取締役
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
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(アルバトロス代表 谷本 慎二、圓窓 代表取締役 澤 円 構成=岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文=吉田大悟)