米国株や全世界株への投資が話題になる中、「日本株の魅力」はどこにあるのか。これから期待できる国内の産業や投資テーマはあるのか。
「厳しい今の日本を、株式市場からより良くしていきませんか」。五十嵐氏がファンドマネージャーとして奔走していた時、ある人にかけられた言葉。そのひと言で自分の仕事を見つめ直し、どうすれば投資を通じて社会に貢献できるか考え続けた。そして、鎌倉投信ならそれが実現できると入社した。五十嵐氏をはじめ、鎌倉投信が行っているのは徹底した長期投資。それも10年、20年の時間軸ではない、100年先を見据えている。なぜ長期投資が社会を変えるのか、同氏に尋ねた。
古都に重ね合わせた「投資を継続し続ける」スタイル

JR鎌倉駅から歩いて20分ほど、観光客の喧騒を離れた住宅街にたたずむ一軒の古民家。ここが鎌倉投信の本社だ。
「鎌倉という土地は、先人から受け継いだものを大切に残し、なおかつその時々で新たな付加価値を乗せて次の時代へと伝えてきました。私たち鎌倉投信が実現したいのも、そうした投資です。
築100年の古民家の一室で、五十嵐氏は優しい表情を携えながらそう話す。鎌倉投信の特徴は、徹底した長期投資のスタンスだ。たとえば同社が運用する投資信託「結い 2101」は、よりよい社会を実現するために、同社が定義する「いい会社」に投資する。その定義は後述するが、大切なのは、売却を前提とせずに、「いい会社」が「いい会社」である限り投資を継続する点だ。

銘柄の入れ替えは頻繁に行わず、一度保有したら、可能な限り長く持ち続ける。反対に、新規投資先も「年間数社ほど」。対象の企業を数年かけて調査し、最終的な投資判断を行うケースもあるという。
なぜ長期投資にこだわるのかといえば、いい会社を長く応援し、その会社が成長することで社会が良くなるという信念があるからだ。五十嵐氏は「100年愛される投資信託を目指しています」と微笑む。そこに古都・鎌倉と重ね合わせる所以がある。
長期投資が前提だからこそ、「高いリターンよりも安定感を求めています」と説明する。長く運用していく上では、大幅な下落を減らすことが重要になるからだ。
2010年3月にスタートした「結い 2101」は、当初から比較して114.7%のリターンとなっている(2025年2月末時点)。堅調な成績を残しているが、あくまでコンセプトは長期で安定的に運用し、「いい会社」を応援し続けることにある。高いリターンだけを追求するなら「他のファンドの方が適しているでしょう」と、五十嵐氏は笑顔で答える。
工業用ネジ大手の「個性価値」に着目して投資

では、「いい会社」とはどのようなものか。鎌倉投信のホームページにはこう書かれている。――「これからの日本に本当に必要とされる会社」、そして「社員とその家族、取引先、地域・自然環境、顧客・消費者、株主を大切にし、持続的で豊かな社会を醸成できる会社になろうと経営努力をしている会社」――
上記を大前提として、投資先の判断では、さらに細かくいくつかの視点で企業を見ていく。その1つが「本業を通じて社会課題を解決する会社、本業を通じて社会に貢献する会社かどうか」ということ。
「課題先進国と言われる日本で必要不可欠な要素であり、投資の観点で考えても、社会課題の解決こそが収益機会であり、そこにリターンの源泉があると思っています」

併せて、その会社が固有の独自性(個性)や優位性、創造性を有しているかという点についても入念に確認する。同社ではこれを「個性価値」と呼んでおり、人財を活かせる会社かどうかという「人」視点、持続的社会を創造する会社かどうかという「共生」視点、日本の巧みな技術・感動的なサービスを提供する会社かどうかという「匠」視点の3つを重視する。
具体的な投資先の例として、五十嵐氏は、京都府綾部市に本社を置く日東精工を挙げる。1938年に同地で創業し、工業用ネジの大手となった同社。自動組立機や計測・検査装置などの事業も手掛けている。
株価チャートを見ると、必ずしも派手に上昇している銘柄ではない。しかし、この会社には確かな個性価値があるという。それは、創業から一貫して、綾部という「地域のための会社」であることだ。
今では海外拠点も持つ日東精工だが、創業のきっかけは、綾部の人々の働く場所を作ることだったという。綾部はもともと養蚕の町で、女性の働き口はあったものの男性はそれがなく困っていた。そこで会社を作ったのが始まりだったと五十嵐氏は話す。今も「綾部のための会社」という意識を持ち続けており、実際に、たくさんの地域の方が従業員として働いているという。

「大切なのは、その意識があるからこそ、この地域のために会社を生き残らせなければならない、成長しなければならないという強い経営の意志を持っていることです。綾部に住む多くの方々の働く場を失くすわけにはいきません。それこそが会社の強さであり、個性価値になります」
地域の人のためにあり続ける。その思いが会社のモチベーションになり、成長の推進力となる。上述した「共生」視点の個性価値を持つ企業の一例だという。
なお、「結い 2101」の投資先は、ほとんどが時価総額5000億円以下の中小型株だ。しかしそれは、大型株に「いい会社がない」ということではない。「大型株は為替の変動や外交政策といったマクロ経済全体のリスク、いわゆるシステマティック・リスク(※)の影響を受けやすいといえます。長く安定的な運用を目指す上では、これらのリスクはなるべく取りたくありません。そういった理由から、大型株は少なくなっています」。
※分散投資でも回避しきれないような、マーケット全体に広がるリスク
売りたい誘惑に負けたら、理想にたどり着けない

株式投資を通じて世の中をより良くする――。それは鎌倉投信の大切な根幹であり、五十嵐氏個人にとっても、追いかけ続けているテーマだ。「どうしても売買利益の部分に注目が集まってしまいますが、株式投資の本来的な機能は、世の中に求められる企業に資金を提供し、成長を支援していくことです。つねにその視点で考え、どういった投資をすればよいか考えていますね」。
この姿勢に至ったきっかけがある。五十嵐氏が鎌倉投信に入社したのは2020年のことだが、それ以前も、20年以上にわたり、さまざまな会社で日本株のファンドマネージャーを務めてきた。この中で、投資との向き合い方を見直す機会になったのは2008年。
ちょうどその折、ある人からかけられた言葉が転機になった。「厳しい今の日本を、株式市場からより良くしていきませんか」。このフレーズが心を捉え、以来、どうすればそれが実現できるのか、考え続けたという。
「方法として1つ浮かんだのは、成長企業に投資し、その企業が世の中の仕組みを変えることで社会が良くなっていく道筋でした。しかしこれには、同じ企業に長く投資し続ける必要があります。一般的なファンドマネージャーは四半期(3カ月)ごとに成果が求められ、長期で投資し続けるのは難しい。一時的でもパフォーマンスが悪い銘柄は入れ替えるケースも珍しくありません。長期投資を実行するのは簡単ではなかったんです」

こうした中で知ったのが鎌倉投信だった。投資先がいい会社である限り、長期で保有し続ける。その理念はまさに五十嵐氏が実現したいことだった。
現在は、「結い 2101」の運用を手掛ける同氏。本当に株式投資で社会を良くすることができるのか。そう思う人もいるだろうが、「私は可能だと信じています」と五十嵐氏は言い切る。「株式会社のルーツは東インド会社にあると言われますよね。世界各地に航海する上で莫大なリスクがあり、費用もかかります。そこで株式という形で資金調達を行い、成長につなげていきました。それはきっと社会の発展に寄与したはずです」。こうした“株式の本質”があるからこそ、世の中に貢献するいい会社に長期で投資していく。
その姿勢はどこまでもぶれない。取材の終わり、五十嵐氏にとって「投資をひと言で表すなら」と聞いた際も、「我慢」と答えた。「特に長期投資は、結果が出るまでに時間がかかりますし、その間に訪れる“売りたい誘惑”にも勝たなければなりません」。もし誘惑に負けてしまえば、自分たちが望む姿にはたどり着けない。追い求めるのは、あくまで社会のための長期投資。古都・鎌倉から100年先の日本を見つめて、投資で未来を作っていく。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年5月現在の情報です