■夢の自社ブランドが全然、売れない
笏本達宏さんは、岡山県津山市で1968年創業の縫製工場の3代目だ。従業員は12名。2008年に、先代社長だった母からの「私の代で潰すから、お願いだから継がないで」との大反対を押し切って、美容師を辞めて入社した。そして、下請けの仕事がメインだったネクタイ工場で、自社ブランドを立ち上げたのが2015年。
大量生産によるコストダウンを目指し、衣料業界全般が物価の安い海外へ生産拠点を移転する時代、日本国内で販売される衣料品に占める国産品の割合は、わずか1.4%だという。
笏本縫製が販売する自社ブランドネクタイは、完全なる日本製。機械の進化が進むなか、職人の手仕事に頼る。全工程を自動化することも可能だが、昔ながらの低速織機で、細い糸をゆっくりと力強く織り上げることでしか表現できない風合いがある。生地は、柔らかな質感と光沢のある京都の西陣織のシルク生地。高密度で美しく、深みのあるネクタイに仕上げる。
祖母が立ち上げた家業は、下請の縫製工場だった。下請といえど、有名ブランドやスポーツの日本代表のネクタイも手がけていた。2015年、約50年積み重ねてきた最高品質の技術を詰め込んだ、自社オリジナルブランド「SHAKUNONE(シャクノネ)」を立ち上げた。
「いいものさえ作っていれば、誰かが見つけてくれて、必ず売れる」
そう信じ込んで販売を開始した自社ブランド。
しかし、その考えは幻想だと気付かされる。
■「いいものだから売れる」と信じていた
「絶対にいいものだから、売れる」と信じて疑わず、作り続けたが、1カ月に1本も売れない日々。結局、初年度は約30本しか売れなかった。2年目は約100本。もうこれで駄目なら諦めようと、2017年、クラウドファンディングに挑戦した。目標金額100万円を達成するために、Facebookで毎日、毎日、自分の思いを発信した。1日に1投稿のみならず、2、3回投稿する日もあったという。
「国内生産の衣類が減少している」
「日本の職人が絶えてしまう」
「純国産の本当にいい物を知ってほしい」
込み上げる想いをストレートに伝えた。
■いつも電話注文の“謎のお客さん”
Xのフォロワー数が、まだ1万人に満たない頃。それは、突然起こった。
「ポロリン」「ポロリン」「ポロリン」「ポロロロロロー、ポロッ、ポロッ、ポロロー」
え? スマホの通知音が鳴り止まない。慌てて画面を覗くと、Xの通知。
Xで6.6万「いいね」が付いた日のことである。
“ずっと不思議だった。いつも電話で注文くださるお客様。なんでネットじゃないんだろう? と思ってた。デパートの催し場でお会いしたときに理由がわかった。白い杖をつきサポートをされながら歩いてる。視覚に障害がある方だった。
(@shakunone 2022年2月8日、X投稿より)
「緑色のシャツに合うネクタイを選んで、送ってほしい」
「お葬式用のネクタイ、黒のツルツルしてるやつがほしい」
お客さんの多くが、オンラインショップを見て自分の気に入った商品を購入するのに、なぜか電話で不思議な注文をしてくる男性がいた。大阪に住んでいるというその男性に大阪の百貨店で催事があることを伝えたところ、足を運んでくれるという。
その日。女性のサポートを受け、白い杖をつきながら真っすぐ催事ブースに向かってくる男性の姿。声をかけると、いつも電話で注文くださる声だった。
そこで初めて、「目が見えないから、あの注文の仕方だったんだ」と理解した。
■見えないからこそわかる
笏本さんは、聞いた。
「なぜ、いつも私どものネクタイを買ってくださるんですか?」
男性は、こう答えた。
「私は昔から視力に障害があり、ここ数年でほとんどの視力を失いました。目が見えていたときから、ネクタイが好きなんです。かっこいいから。親父が洋服職人だったので、小さい頃からいい縫製の手触りを教えられて育ったんです。
「家業なんて継ぎたくない」と思っていた幼少期。高校卒業後、一度は、美容師の道に進んだ。衣料業界の下請仕事はどんどん海外へ流出している。多額の借金もある。でも、僕が継がなければ、職人が繋いできた縫製の技術も、職人が奏でるミシンの音も消えてしまう。
2008年、母親の反対を押し切って美容師を辞め、家業に就いたものの、ずっと自信を持てずにいた。職人のすごさ、日本製の価値を伝えたくてもなかなか伝わらない。
男性の言葉で、グググッと心臓が締め付けられた。
「報われた」
初めて、接客中に涙を堪えた。
■バズがファンを呼び、売り上げ増
男性に、「きっとこのお話は、こだわりを持ち仕事をしている職人さんの励みになると思います」と、SNSに投稿する承諾を得る。
この投稿が“バズ”を生む。止まらない「いいね」に、「リポスト」。さらに、テレビ制作者の目に留まり、2022年4月フジテレビの『Mr.サンデー』で再現ドラマが放送された。
放送終了後は、注文と問い合わせが殺到。1時間で過去最高となる約300本の注文を受けた。在庫がなくなり、2カ月待ちの状況。それでも、お客さんからは「納得いくものを作ってください!」「楽しみを膨らませながら待っています!」と暖かい言葉をかけられた。
■ネクタイのマナー投稿で大炎上
一方で、炎上も経験した。
Xを始めたばかりでフォロワーも少なく、「炎上は、自分とは関係ない」と思っていた2021年。
笏本さんは、当時をふりかえる。
「知ってほしい、伝えたいが先行してしまって。少し刺激的に伝えるほうが覚えてもらえると思い、強めの言葉で投稿していた時期だったんです」
その日も、いつものようにネクタイに関する豆知識を発信した。
“実は、エリートと呼ばれる人の中にもこれを知らない人も多いのですが、ネクタイは「ディンプル」という「くぼみ」をつくって結べばオシャレさが増します。でも葬儀や謝罪の時にディンプルはNGです。なぜならその場に必要なのはオシャレさではないからです。学校では教えてくれない、大人のマナーです。”
(@shakunone 2021年9月13日、X投稿より)
大炎上した。
「商売のための炎上商法」「マナーを押しつけるな」等の声がコメント欄に積み上がる。上皇陛下や英国王室の方が葬儀に列席されている画像を貼り付けられた引用ツイートが、「ネクタイにディンプルがある」「こいつは皇室、王室をマナー違反と言っている」と、拡散された。
批判の声は雪だるま式に増え、過激な誹謗中傷に変化していった。
「死ね」「こういうやつは家族ごと苦しめばいい」「叩かれて草」
面と向かって言われているわけではないのに、恐怖が襲ってくる。通知をミュートにしても、やはり気になる。あまりに過激な投稿をしてくる人をブロックした。すると、「ブロックされた」とさらされる。「これ以上広がらないように」と投稿を削除したら、「ツイ消し逃亡者カス」。
SNSでなにを言われても、自分はちょっと叩かれたくらいではへこまない人間だと思っていた。テレビでSNSの誹謗中傷の事件を見ても、どこかひとごとに感じていた。けれど、当事者になり、こんなにも追い詰められる自分がいた。消えてしまいたい、とも思った。
■「マナーより大切なのは優しさ」
ただ、届いたコメントには良識のある意見もあった。
「マナーよりも大切なのは、故人や残されたご家族への弔意と配慮で、一緒に弔って差し上げる優しさではないでしょうか?」
一方的に意見を押し付けるような発信をしてしまったことを反省した。これを機に、「自由にネクタイを結んでほしい」と願う職人として、より丁寧に発信することを心がけているという。
■「目いっぱい丁寧に伝えたい」投稿のこだわり
Xでの投稿を本格的に開始したのが2021年。以来、4年間で1万を超える「いいね」が100件以上あるという。
「バズらせようと思ってバズっている投稿は、基本的にありません。ただ、Xでの投稿は、140字ピッタリにおさまるように工夫しています。私に与えられた文字数で、目いっぱい丁寧に伝えたいと思っているんです」
たとえば、投稿しようとした文章が132文字だったとする。そのときは、あと8文字、自分に与えられた文字数があると考える。接続語を「だが」から「しかし」に変える。句読点や改行を微調整して、140文字を最大限に活用する。少しでも、自社の仕事に興味を持ってもらえる人を増やしたい。ネクタイを手にしたお客様も、日本の職人も、取引先の生地屋も、自分の目と手と声の届く人には幸せになってほしい。そんな想いで日々投稿する。
■職人さんのすごさを伝えたい
2021年、笏本さんは代表取締役に就任した。
それまでの肩書は「専務」だったが、名刺には「代表取締役 仕度中」と記載していたという。自社ブランドを立ち上げ、催事に呼ばれたり取材を受けたりすることが増え、笏本さんが会社の顔として出向くことが多くなった。
「やはり『代表取締役』という肩書の違いで、見られ方が変わります。皆さんに知ってもらいたい、覚えてほしいという気持ちが常にあります。でも当時、代表交代はまだ先の話だったので、嘘をつくわけにもいかない。そこで、『代表取締役 仕度中』と名刺に入れて配りました。名刺一つとっても、“覚悟”を見てほしかったんです」
SNSの投稿が炎上した日。毎日発信していたSNSを続けるか、悩んだ。「火が鎮火するまで、黙っといたほうがいい」と心配してくれる人たちもいた。それでも、1日も休まず投稿を続けた。
「自社ブランドを立ち上げるときに、SNSの投稿を毎日続けると決めたんです。職人さんのすごさを伝えたい。日本製のよさを感じてほしい。このブランドを知ってほしい。私には、伝えたいことがあるんです」
自社ブランドを立ち上げると覚悟し、それ以来11年間、1日たりとも休まず発信し続けてきた。初年度に約30本しか売れなかったが、今では年間4000本を販売するまでのブランドに成長。クールビズやオフィスカジュアルの時代に、自社ブランドの売上は10年前の約200倍に伸びた。当初、業界内で反発を受けた自社ブランドが、会社の売上を約3倍も拡大させる軸へと成長したのだ。
■オワコンにならない未来を目指す
筆者の目に、1件のXの投稿が飛び込んで来た。
“拝啓
「残念ながら、日本の縫製はオワコン」
貴重な時間を割いて、わざわざDMをくださった匿名のあなたへ。
ありがとうございます。
田舎の小さな町工場ですが、ご期待に“応えられない未来”を目指し、日本製が『オワらないコンテンツ』となれるよう、静かに、しぶとく、丁寧に、頑張ります。
敬具“
(@shakunone 2025年7月27日、X投稿より)
6.8万超えの「いいね」が押されている。
2025年9月、笏本縫製の自社ブランド「SHAKUNONE(シャクノネ)」は設立10周年を迎える。
「夢は、日本一前向きなネクタイブランドになることです。ネクタイをする機会が減っていると思いますが、着ける機会があるのなら、『よし、今日はSHAKUNONEを締めているから頑張ろう』と、前向きな気持ちになれるようなブランドになりたいですね」
笏本さんは、今日もSNSで発信を続ける。
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メリイ 潤(めりい・じゅん)
フリーライター
岡山県在住。大学卒業後、約16年間大手損害保険会社で営業および営業事務に携わった後、2024年よりフリーライターとして活動。ビジネス系インタビュー記事、イベントレポート、マネーコラム等を執筆。中学時代はソフトテニス部、大学時代はラクロス部に所属。3児の母。2級FP技能士。
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(フリーライター メリイ 潤)