■メジャーで成功する投手とそうでない投手の違い
今季、ロッテからドジャースに移籍した佐々木朗希は、当初はマイナー契約だったが、開幕時にメジャー契約となり、山本由伸と共にローテーションを担った。
しかし、なかなか本領を発揮できず、5月3日にメジャー初勝利を挙げたものの、5月13日にはインピンジメント症候群を発症してIL(負傷者リスト)に入った。8月に入ってマイナーでテスト登板をしているが、メジャー昇格のめどは立っていない
ここ2年間、NPBからMLBに挑戦した投手の現在地を比べてみると「NPBから移籍して成功する投手、そうでない投手」に関するある種の「法則」が見えてくる。
2024年から25年にかけてメジャーに挑戦した投手の、日本在籍時とアメリカに移ってからのデータを比較してみた。
勝敗、投球回、防御率など一般的な指標に加えて、9イニング当たりの奪三振数である「SO9」と奪三振数を与四球数で割った「SO/BB」を示した。
いずれも単純な数値ではあるが、この2つの指標は、MLBでは極めて重要視される。MLBでは「SO=奪三振」は、打者に振り逃げ以外で塁を与えない投手にとって最も安全なリザルトだとされる。「SO9」が9を超した投手はパワーピッチャーだとされる。
また「BB=与四球」は、打者を絶対にアウトにできない最も残念なリザルトだ。SO/BBが3.5を超えた投手は三振が奪えるうえに歩かせることが少ない安定感のある投手だとされる。
■なぜ上沢は活躍できなかったのか
数字を比較すると、昨年MLBに移籍した山本由伸、今永昇太のNPB時代の成績は、SO9もSO/BBも非常に優秀だったことがわかる。
MLB球団も、山本今永の投球データを吟味するとともに、こうした数値を評価している。その結果、山本はドジャースから12年総額3億2500万ドル(約465億円)、今永はカブスから4年総額5300万ドル(約77億円)という巨額の契約を提示され入団した。
しかし同じタイミングで移籍した上沢直之は、NPB時代の勝ち星や防御率は、山本や今永と遜色はなかった。にもかかわらず、メジャー契約のオファーはなく、レイズとマイナー契約を結んだ。のち契約にあったオプトアウト条項をいかしてレッドソックスに移籍し、メジャー昇格するも、わずか2試合で降格となった。
上沢は山本や今永のように三振を奪うタイプではなく、打たせて取るタイプだった。SO9が7.35と低いのはそのためだ。
奪三振が少なく、打たせて取るスタイルで長いイニングを投げる投手を「イニングイーター」というが、日本でこのタイプの投手はMLBには向いていない。
NPBでは凡打になっても、スイングが格段に速いMLBの打者は打ち取ったはずの打球が安打になってしまうからだ。MLB球団は、こういう部分を見極めて上沢に好条件のオファーを出さなかったのだ。
■「打たせて取るタイプ」の評価
今年MLBに挑戦した投手の中で、小笠原慎之介はメジャー契約ながら2年総額350万ドル(約5.2億円)という低額で入団し、青柳晃洋はマイナー契約だった。これも、SO9、SO/BBに代表される奪三振力、安定感の指標が悪かったからだ。
MLB側がこうした見方を持つに至ったのは、牧田和久(2017年西武からパドレスへ)、有原航平(2020年日本ハムからレンジャーズへ)など、打たせて取るタイプのNPB投手がMLBで実績を上げることができなかったことが大きい。
2024年オフで言えば、広島の九里亜蓮もFA年限を迎え、MLB挑戦の意志があることを表明したが、MLBからは色よいオファーはなかった。彼も上沢などと同様、打たせて取るイニングイーターだった。結局、九里は、オリックスの提示を受け入れて入団した。昨年も今年もローテの一角で活躍しているが、九里の選択は正解だったのではないか。
今年の移籍組での中で、MLBの注目は佐々木朗希に集中していた。2022年のオリックス戦の完全試合はMLBでも衝撃を持って伝えられたし、高校時代にすでに160km/hの剛速球を投げる豪腕は、注目の的だった。
SO9は驚異の11.52、佐々木はその上、制球力も抜群で、フォーシームだけでなくスプリットもストライクゾーンに投げ込むことができる。SO/BBも5.87というずば抜けた数字だった。
■「ドジャース第3の男」と期待されたが
しかし佐々木はNPBでのキャリアは4年、年齢も23歳で「25歳未満またはプロ実働6年未満の選手はメジャー契約できない」というポスティングのルールによってマイナー契約しか結べなかった。
ロッテ球団や周囲には懸念の声も上がったが、佐々木自身の強い希望もあってポスティングでの移籍が申請され、ドジャースに移籍が決まった。
一説には、佐々木朗希にはロッテと契約した時点からエージェントがついていて入団時に「佐々木が希望した際にはメジャー移籍を認める」という一文を入れたとされる。
佐々木自身は大谷翔平、山本由伸に続いて「ドジャース第3の男」としてローテーションの一角を担う気だった。しかしMLB移籍後、時速100マイル(160キロ)前後のフォーシームを投げることができたのは、東京ドームで行われた開幕シリーズだけ。
以後、球速は150km/h台半ば。また、ストライクゾーンで急速に落ちるはずのスプリットもピンポイントの場所に正確に投げ込むができず。
NPBよりもひとまわり大きいMLBのボールにも、スパイクで掘ることができない硬いマウンドにも十分に適応できなかった。
■何が足りなかったのか
佐々木の球種はフォーシームとスプリットだけ。少しスライダーも投げるが基本的にこの2つの球種でここまで来た。NPBではそれで通用したが、あらゆるデータがリアルタイムで計測され、アナリストが対策を出すMLBでは通用しない。
山本由伸でも、大谷翔平でも、今永昇太でも、フォーシーム、スプリット、カットボール、シンカー、スライダー、スイーパー、チェンジアップなど5種類以上の球種を駆使しているのだ。
こういう形で開幕から結果が出ないままにIL入りしたのだ。
2025年3月にロッテの吉井理人監督は「(MLBに行ったら)故障は多分、すると思うんですけれども」と言ったが、その予言は開幕から50日ほどで当たってしまったのだ。
佐々木に足りなかったのは何か?
いみじくもその「足りなかったもの」をアメリカのマウンドで見せつけたのが、同じタイミングで巨人からオリオールズに移籍した菅野智之だった。
菅野は佐々木のひとまわり上の35歳。2010年代以降のNPBを代表する大投手で、2017、18年と先発投手最高の栄誉である「沢村賞」を受賞。MVPも3回、最多勝4回、最優秀防御率4回、最多奪三振2回。しかしながら、2021年からは6勝、10勝、4勝と成績が落ちてピークが過ぎていることを思わせた。
■菅野(35)が持っている「適応力」
菅野自身は早くからMLB挑戦を口にしていたが、巨人はポスティングでのMLB移籍は皆無。松井秀喜がFA移籍した例があるだけだった。
伯父の原辰徳監督の在任中は移籍はないと考えられていたが、原監督が退任し、阿部慎之助監督になった2024年、菅野は15勝で最多勝を受賞しMVP。リーグ優勝にも貢献した。
まさに「誰にも文句を言わせない」状況を自ら作ってMLBに挑戦したのだ。
しかし、全盛期を過ぎた菅野のSO9は7.68。制球(SO/BB)は依然として優秀で4.57だったが、MLB球団としては菅野の「時価」をはかりかねている印象で、海外FA宣言してから40日後の12月にオリオールズとの契約に合意。
MLB移籍後は、全盛期を過ぎた菅野のフォーシームは平均で150km/hに届かず、奪三振率も低かった。打ち込まれるシーンもしばしば見られたが、登板を重ねるたびに、打者との駆け引きも上達し、塁に走者を置いても耐え忍ぶシーンが多くなった。
いわゆるレジリエンス(適応力)を発揮して、菅野はローテを外れることなく投げ続け、8月15日には10勝を挙げた。
選手としてのポテンシャルは決して高くはない現在の菅野が、MLBでローテーションを維持して、チーム最多の勝ち星を挙げることができたのは、12年に及ぶNPBでの経験が、環境が変わったMLBでもいきたということだろう。
■基本的に「ポテンシャルだけ」
打ち込まれたとき、体調が悪いとき、マウンドが自分に合わないときなどに、どうすればいいのか。それらを菅野はNPBの経験で知悉していた。だから、不振に陥っても自分の力で復活することができたのだ。
いわば日米どちらの環境でも通用する、投手としての基本的な経験値が高かったことが、35歳の菅野の活躍に結び付いたのだ。
佐々木朗希に足りなかったのはまさにこの経験値だった。
移籍に際しては「一度も規定投球回数に達したことが無いのに」と言われたが、単にイニング数が足りなかっただけではなく、スランプに陥ったり、援護点がないまま投げ抜いたり、失点をしながら試合を作ったりするような、さまざまな経験が決定的に足りなかった。
NPB時代の佐々木は肩肘の負担に配慮して、登板間隔も広かったし、少し体調不良になると登録抹消されるのが常だった。
他のNPBから移籍する投手は、ポスティングであっても6年以上の経験を有して、エースとしてチームを引っ張ってきた。佐々木はそうした経験をほとんどすることなく、いきなり世界最高峰の舞台に「ポテンシャルだけ」で上がってしまったのだ。
■NPBでの経験はムダではない
ドジャースのロバーツ監督は、すでにAAAで投げている佐々木を、性急に引き上げることは考えていないようだ。佐々木は米のマイナーで経験値を上げていく必要があると考えているのだろう。
ある意味で佐々木朗希と菅野智之の事例は、最終的にMLBを目指す投手にとって、NPBでの経験は「決して無駄ではない」ことを物語っている。35歳のアメリカ挑戦はあまりにも遅すぎるが、23歳の挑戦も早すぎるのだ。
件の佐々木の代理人は他のNPBの若い有望投手にもアプローチしていたと言われるが、佐々木の蹉跌でそれに歯止めがかかればよいと思う。
早すぎる果実、青すぎる果実はどれほど魅力的に見えても、収穫には適さないのだ。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)