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人が人間らしく尊厳を持って生きるために不可欠でありながら、“見えにくく気付きにくい”社会インフラを指す「社会的共通資本」。1970年代に経済学者・宇沢弘文氏によって提唱されたものだが、いままさに注目されている。



前編では、宇沢氏の遺志を継ぐ東京大学大学院経済学研究科の松島斉教授に、「社会的共通資本」が注目されるに至った経緯や日本における課題について聞いた。後編となる今回は、具体的な課題解決策を伺う。

制度疲労を防ぐカギは「要件の明確化」と「適切な役割分担」

インフラを持続させるためのキーワードは「制度設計に参加する意識」


前編では、「日本で『社会的共通資本』を浸透させるには、『制度疲労』の解消が必要」と伺った。

「北欧諸国では市民も制度設計に参加していると話しましたが、日本は地域住民の意見が制度に反映されていない状況にあるといえます。民主主義とは国会の選挙だけではなく、社会の制度全体に共通して用いられるべき考え方なのです。どのように制度を設計すれば社会がうまく回るかということを、考えるときにあるのだと思います」(松島教授・以下同)

松島教授は「制度信託」という考え方を提案している。「制度とは、社会から信じて預けられたもの」という考え方だ。

「市民や消費者、投資家から制度を預かった自治体や企業は、信頼に対して誠実に応える責任を負います。この信頼を築き、みんなが納得できる制度を設けるために必要なのは、要件をはっきりさせることと適切な役割分担を行うことだと考えています。要件が明確であれば、制度でうまくいっている部分といっていない部分がわかりやすくなり、市民も『ここはうちの自治体ではうまくいっていない部分だ』と理解したり改正案を考えたりすることができます」

適切な役割分担とは、官民連携をはじめとする協業のこと。国や自治体と民間企業、地域住民が連携して制度をつくっていくことで、不信感が薄れていくという。

「地域住民が抱える悩みや要望をもとに国や自治体が動き、財源の調達や運用においては金融機関と協力しながら進めていくことが前提となるでしょう。必要に応じて企業の経営ノウハウや技術、サービスを活用するなど、それぞれが専門分野を担い、パートナーシップを形成することが求められています。

分担して役割が明確になると、制度を利用する市民にも情報が開示されやすくなり、困ったときの窓口も明確になります。制度をつくる側も、より一層責任を持って臨むことができるでしょう」

自治体や企業が個々に頑張るのではなく、互いに巻き込みながら制度や事業を進めていくことは、これからの経営戦略においても重要な観点となるだろう。

「適切な役割分担で運用していく『シェアードガバナンス(共治)』が実現すると、それぞれの責任を果たしやすくなり、結果的に『社会的共通資本』がしっかりと提供される社会になるのではないかと考えています」

国や自治体、企業が持つべき3つの視点

インフラを持続させるためのキーワードは「制度設計に参加する意識」


「制度疲労」を防ぐポイントとなる要件の明確化や適切な役割分担を実践するため、自治体や企業には3つの視点が求められるという。

「『透明性と説明責任』『長期インセンティブの設計』『包摂とケアの倫理』という視点です。『透明性と説明責任』は前編でもお話ししましたが、制度ができた経緯や責任者となっている組織の情報などをしっかりと開示することを意味します。そこが明確でないと制度に対する不信感が生まれて、利用者は無関心になり、制度の劣化につながってしまいます」

2つ目の視点「長期インセンティブの設計」とは、短期的な利益に左右されない“続けられる仕組み”をつくること。

「ついESG評価やKPIなど、数字で表せる指標に頼ってしまいがちですが、『社会的共通資本』は数字だけでは解決できないことがたくさんあります。例えば、環境投資や福祉支援といったことが挙げられ、すぐには効果が出にくいものです。だからこそ、続けられる仕組みが必要だといえます。これからは持続的価値の創出が問われる時代です」

3つ目の「包摂とケアの倫理」は、いわゆるダイバーシティ(多様性)に関する取り組みだ。

「子どもや高齢者、障がいのある方、未来世代など、声を上げづらい存在にも配慮された制度設計が求められています。ただし、包摂に関する制度は自治体や企業単体で担えるものではありません。官民連携はもちろん、NGO(非政府機関)や市民の関与、認証制度の導入といった『シェアードガバナンス』の仕組みが必要になってきます。

社会全体で取り組んでいくことが重要なのです」

重要なのは市民が「参加する意思」を持つこと

インフラを持続させるためのキーワードは「制度設計に参加する意識」


これからの社会の在り方、自治体や企業に求められることを聞いてきたが、もうひとつ重要なカギがあるという。

「制度を利用する市民や消費者が、制度設計や選択に参加する意思を持つことが大切です。現在は、市民が制度に関する責任を自治体や企業に任せてしまっている状態だといえます。信頼しているというよりは、丸投げしているという状態に近いでしょう。私が考える『制度信託』は、行政や企業、制度を信頼して託すという考え方です」

市民自身が制度設計に参加することで、その制度に対して愛着が湧き、主体的な選択につながる。そして、ただ漫然と制度を利用するのではなく、不具合が生じた際に意見を述べたり改正案を考えたりするといった行動につながり、制度がアップデートされていく。

「参加する意思とともに大切なのは、制度を提供する側と利用する側は対等であるという意識です。利用する側が優位な立場に立つと、提供する側の人を道具と認識してしまうものです。それは非常にまずいことで、『社会的共通資本』の考え方と乖離してしまいます。互いに対等であり、支えあう関係であることが重要です」

宇沢氏が提唱した「社会的共通資本」はもともと理念だったが、現在は実践的な道筋が見えてきている。実現に至るために重要なのは、「制度を信じて託す社会」をつくること。

「制度は“当たり前に存在するもの”に見えていますが、実際はつくり続けていかなければ崩れてしまうものです。

その意識を持って自治体も企業も市民も制度設計に参加し、できあがった制度をどう信じて託すか、どう誠実に応えていくかということに向き合っていく社会が求められます」

国や自治体、企業が目指し始めている「社会的共通資本」。消費者や投資家という立場においても、大切な行動指針となるだろう。社会の変革期のキーワードとして、押さえておこう。

インフラを持続させるためのキーワードは「制度設計に参加する意識」


(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)

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