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企業のファンのような存在といえる個人株主が増えると、株式の長期保有につながり、経営が安定しやすくなるというメリットがある。そのため、さまざまな上場企業が「株式分割」に動き出している。

1株を2分割、3分割といったように分けると1株当たりの株価が下がるため、個人投資家でも購入しやすくなるからだ。

2026年1月1日に株式分割を実施したのが、総合商社の伊藤忠商事。1株を5株に分割したことで、分割前に1万円近くまで上がっていた株価が、現在は2000円前後で推移している。最低売買単位の100株を保有するには、分割前は100万円弱が必要だったが、現在は20万円前後で購入できる。

伊藤忠商事が株式分割に踏み切った背景や個人株主とのコミュニケーションで心掛けていることについて、同社執行役員業務部長の井上健司さん、執行役員人事・総務部総務室長の太田頼子さんに聞いた。

株主や投資家の声をもとに検討を始めた「株式分割」

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


伊藤忠商事では、個人株主の声を受け、以前から株式分割を検討していたという。

「2010年以前の当社の株価は1000円を超えることがあまりなかったのですが、着実に業績を上げ、利益規模の拡大に伴って株価が上がり、時価総額も上がっていきました。既存の株主の皆さんから喜んでいただく一方で、『株価がこれだけ上がってしまうと、追加での取得が難しい』という声もいただくようになりました。株主総会でのアンケートでも、株式分割は株主の方々が注目しているテーマに常に入っていたので、社内でも検討を重ねてきました」(井上さん)

個人投資家でも購入しやすい株価水準へ移行することを目的として、株式分割の議論が行われた。2026年が始まるタイミングで実施したのは、株価の上昇が関係しているそう。

「株価が1万円に近いところまで上がってきた状況で、さすがに最低投資額が100万円を超えることになると個人では投資しにくいという判断となりました。株価が1万円を超える前に分割するのが適切ではないかという話になり、実施に踏み切りました」(井上さん)

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


1株を5株に分割するという思い切った決断をしたのも、個人投資家の購入のハードルを下げるため。

「東証で出されていた『少額投資の在り方に関する勉強会』のアンケートで、個人投資家が求める投資単位の水準が10万円程度であったことを受け、5分割としました。

検討時は株価が1万円を超えていなかったので、5分割で1000円台の株価水準になる想定だったのですが、株価伸長により、現在は2000円前後の水準となっています」(井上さん)

一方で、株式分割の実施にあたって、懸念点もいくつかあったとのこと。

「個人株主の増加に伴って、株主の皆さんに送る書類なども増えるため、その分だけ郵送や印刷にかかるコストが増加する点があります。また、投資単位が下がることによって、株主提案のハードルも下がるため、企業にとってはリスクになるのではないかという意見もありました」(井上さん)

コストと株主提案の増加という不安材料はあったものの、株式分割に至ったのは、それ以上に個人株主の増加による効果が大きいと判断されたから。

「増える見込みのコストは決して小さな額ではありませんが、個人投資家の方々に保有していただくことで株式の流動性がさらに高まることのメリットは大きいと考えました。また、株主総会の招集通知の電子化など、デジタル化できるところは進めていきながら、株主の皆さんの声も受けてバランス良く変化していけたらと思っています」(太田さん)

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


「株主提案に関しては、実際に株主総会を実施するまで、どうなるかわからないところではあります。しかし、仮に企業価値の向上につながらないような提案があれば、毅然とした態度で対応していきたいと考えています」(井上さん)

株式分割によってNISAでの投資の対象に

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


株式分割を発表した2025年11月から、既存株主や個人投資家からのポジティブな反応が届いていたそう。

「多くの方から『買いやすくなってうれしい』という声をいただきました。分割そのものが株価や企業価値の向上に直接つながるわけではありませんが、より多くの方に投資先の選択肢に入れていただくことによって、株価の安定化につながるのではないかと期待しています」(井上さん)

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


1月1日に株式分割を実施してから、うれしい変化も見えてきているという。

「分割したことにより、NISAを通じての投資がかなり増えていると聞いています。分割前の1万円に近い株価ですと、年間投資額の上限が設定されているNISAで購入することが難しかったと思うのですが、現在の株価であればその範囲内で購入する候補に入れていただけるのだと実感しました。購入しやすい価格になったことが、ひとつのアドバンテージになるといいなと思っています」(井上さん)

身近なビジネスを見やすく・わかりやすく伝える工夫

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


個人投資家に興味を持ってもらう取り組みとして、株主分割のような直接的なものだけでなく、自社情報の発信も意識的に行っているという。

「商社のビジネスは、個人株主の方から見て何をやっているかわかりにくいところがあると思います。そのなかでも、当社はさまざまな分野で個人の方にも比較的馴染み深いビジネスを行っていますので、その部分も伝えて、親しみを持っていただくきっかけにできたらと考えています」(太田さん)

「当社の経営理念が『利は川下にあり』であるように、消費者に近いところからニーズを汲み取り、ビジネスの開拓・進化に努めています。商社というとBtoBのイメージが非常に強いと思いますが、当社は個人投資家の皆さんに近い領域のBtoCのビジネスも手掛けているところが特徴です。

消費者接点のある会社ということを知っていただき、投資を通じて個人投資家の方々とのつながりを広げていくことで、企業価値も上がっていくと思っています」(井上さん)

伊藤忠商事の代表的な事業である繊維部門では、デサントやアンダーアーマー、コンバース、ポール・スミス、ヴィヴィアン・ウエストウッドなどを手掛けている。そのほかの部門でも、ファミリーマートやほけんの窓口、プリマハムなどがグループ企業に属している。日頃接しているブランドや店舗ではないだろうか。

「株主総会の招集通知などを見ていただくと、『こんなビジネスもしていたんだ』と親近感を持っていただけると思います。さまざまな角度から当社のことを知り、伊藤忠商事のファンになっていただけたらうれしいですね」(井上さん)

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


「情報を発信するものに関しては、デザインの美しさやわかりやすさにもこだわって制作しています。招集通知には、ビジュアルを使って業績のハイライトを説明するパートを設けています。パッと見ただけで内容がわかるものにすることで、私たちが伝えたいことが伝わりやすくなりますし、株主の皆さんにも興味を持っていただきやすくなると考えているからです。また、二つ折りや三つ折りにはせず、招集通知は折らずに送るというこだわりもあります」(太田さん)

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


見やすく、わかりやすい形での情報発信は代表取締役会長CEOの岡藤正広氏のポリシーであり、全社員に共有されているもの。

「企業広告なども同じポリシーで制作しています。以前は笑福亭鶴瓶さんと樹木希林さんにご登場いただき、インパクトがありつつシンプルでわかりやすいメッセージを伝える内容を発信しました。定期的に掲載している新聞広告も、視覚に訴えられるようなビジュアルで長い文章は極力避け、わかりやすく伝えることを心掛けています」(井上さん)

株主とのコミュニケーションを通じて「成長」を目指す

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


今後は情報発信だけでなく、株主とのコミュニケーションにも力を入れていきたいとのこと。

「当社の事業の中身について、まだまだ知られていない部分はたくさんあると思います。

株式分割によって購入しやすくなったタイミングで、当社への理解を深めていただけるような情報を発信するとともに、株主の皆さんとのコミュニケーションをしっかり取っていきたいと考えています」(井上さん)

これまでも株主総会などで株主からフィードバックをもらうことはあったが、今後はさらにその機会を増やしていきたい。

「我々の説明に対して、株主の方々がどのような印象を抱いたかといったところを伺いたいですね。そのなかでいただいた声を踏まえて、改善すべきところは改善して、企業価値を高めていきたいと思っています」(井上さん)

「そのためにも、常日頃から透明性が高い情報発信を行っていくことが大切だと考えています。先述した招集通知や公式ホームページに掲載しているビジュアルは、長年にわたって外部評価等でも高い評価をいただいています。このような工夫をさらに凝らしながら、より伝わりやすい形にブラッシュアップしていきたいと思います。発信して満足するのではなく、受け手となる株主や消費者の方々の目線に立って、本当にわかりやすいものや必要とされているものを見極めていきたいですね」(太田さん)

気付いていないだけで、実はさまざまなシーンで生活を支えている伊藤忠商事。「購入しやすい株式」と「わかりやすい情報」に触れてみると、一気に興味が増すことだろう。

株式分割を実施した伊藤忠商事「株主目線で本当に必要なものを提供したい」


(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)

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