失敗から学ぶ移住術●憧れの移住、膨らむ夢。いい妄想ばかりが浮かべども、現実は甘くない。
想定外は必ず起こる。移住を考えるときに知りたいのは、むしろコッチだ。“移住の先輩”たちが経験した想定外の失敗談から学ぶ、失敗しない移住術。▶︎すべての画像を見る

日本最北の島、礼文島。海抜0メートルの高さに200種類以上の高山植物が咲き乱れるため「花の浮島」という別名を持つ。

2021年11月、この島に移住を決意した男がいる。ナショナルジオグラフィックをはじめ、数々の国際的な写真賞を受賞しているネイチャーフォトグラファーの柏倉陽介さんだ。

現時点では神奈川と北海道の2拠点生活だが、将来は礼文島への完全移住を目指している。

移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談

柏倉陽介●ネイチャーフォトグラファー。1978年生まれ。自然風景から環境保護まで多岐にわたる被写体を撮影。ナショナルジオグラフィック国際フォトコンテストなど数々の賞を受賞。

2021年11月から神奈川と北海道・礼文島の2拠点生活を開始。


惚れ込んだ土地で新生活を始めた柏倉さんだが、「もっとああすれば上手くできたな」と振り返ることは多々あるようで……。


なぜに礼文島? 移住を決意した理由

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柏倉さんが住むのは礼文島の中でも最北端にあるスコトン岬。集落の人たちはみんなが漁師だという。


探検部だった学生時代に西表島を訪れた頃から島に魅力を感じていたという柏倉さん。

20代後半に雑誌の編集者からカメラマンに転身し、それからは仕事で世界中の景色を撮影してきたが、なかでもお気に入りの屋久島には通い詰めていたという。

そんな柏倉さんが礼文島と出会ったのは、礼文島を舞台にした小説『北のカナリアたち』(幻冬舎)の著者・湊かなえさんとの仕事がきっかけ。ただ、当時は利尻島のみの滞在だった。

「礼文島は花が美しい島ですよ、って湊さんに教えてもらったんです。いつか行こうと決めてましたが、たまたま2021年の夏に、礼文島の風景写真を撮る仕事が舞い込んできて……」。

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最果て感も相まってスコットランドにも似た景色の礼文島。


高い木がなく、なだらかな地形に芝生のような植物が沿って生えている独特の風景。

「車を停めて眺めた風景を見て、『これだ!』って衝撃が走ったんです。
ゴロタ岬展望台から、スコトン岬と人々が暮らす集落が見えて、日本とは思えない風景でしたね。神奈川に戻ってすぐ礼文島の物件を探し始めました」。

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空き家バンクで見つけた礼文島の空き家は、古い煙突のある3LDKの平屋だった。さっそく応募した柏倉さんは幸運にも家のオーナーから新しい家主に選んでもらった。ゼロ円でお気に入りの一軒家を手にしたのだが……。
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失敗① 資材の運搬に時間と労力をかけすぎた

何もかもが順風満帆というわけにはいかない。象徴的な失敗談が3つある。

移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談



「物件の状態は比較的良くて、ガス・電気・水道のライフラインも全部使えました。間取りは3LDK。ここを壊して、あそこも壊して、自分で自分の家をリフォームしようって決めたんです」。

対象は壁や天井や床、場所は風呂、キッチン、バスルームなど、ほぼ全部といっていい。

「手を入れたい場所を決めて、必要な資材を割り出して、神奈川県のホームセンターで材料は調達しました。自分の車に積めるだけ積んで、礼文島に向かったんです」。


自宅のある藤沢市から礼文島まで2泊3日、片道8万円近くかかる。

まず茨城県の大洗まで車を走らせ、大洗港から苫小牧港までフェリーで約18時間。さらに、苫小牧から稚内まで車で約360キロ、約7時間のドライブになる。さらに、稚内から礼文島まではフェリーで2時間だ。

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日本最北の島までの車移動は気が遠くなるほど果てしない。


往復で約2700キロの行程だが、柏倉さんは資材の運搬のため2往復。今となっては、もっとうまい方法があったはずだと後悔を口にする。

「資材にこだわり始めると稚内のホームセンターにはないんですよ。でも今思うと、資材の調達は北海道内でやるべきだし、できましたね。ハイエースをレンタルして北海道全域を回って調達すれば、運搬費も労力も3分の1は削れたと思います(笑)」。

Amazonなども駆使したが、礼文島までの配達には資材の長さや重さに制限があった。札幌にもホームセンターは充実している。
神奈川と礼文島をわざわざ車で2往復する必要はなかった、というのが柏倉さんの1つ目の反省だ。


教訓① 資材はできるだけ近場で調達すべし



失敗②  孤独なDIYにおけるケガを想定していなかった

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大規模リフォームが始まり、自分の好きな空間を作るために畳や床を全部剥がし、ドアを壊して、押入れを壊して、キッチンも壊した。

「もともとの内装を壊しまくったので、大量の廃材が出たんです。予想していた3~4倍の量になったかな。処分するために小さくしようと、廃材を足でバキバキに折ってたら、木片が顔を直撃したんです。痛てぇ!って目のあたりを押さえたら、血がぼたぼた流れていて……」。

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これまでは神奈川の自宅の壁リフォームや、友人の書店の本棚を作ったりのDIY。大規模改修を独学でひとりで行った柏倉さん。


流血している自分にパニックを起こし、助けを求めて大声で叫ぶも風の音が強く、近所の人に届くことはなかった。

 「2軒となりに住む元オーナー宅に駆け込みました。目がえぐれているような痛みで、これはただ事じゃないと思って……」。

移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談



「運良く、近所に設備の整った診療所があって、ケガの状態を診てもらいました。そしたら、鼻は骨折してて顔は血だらけでしたけど、特に手術は必要なく、自然治癒で治るレベル。


島で大怪我をしたら札幌までヘリ移送されるぞって、最悪のケースを想定しながら慎重に作業してたんですけどね。油断しました

一人だと誰も止めてくれないじゃないですか。集中力が切れても、休憩を抜いても、無理をして続けてしまう。助け合える仲間がいないDIYはリスクが高すぎますね。一人でやるのはおすすめしません」。

これが柏倉さんの2つ目の反省だ。


教訓② 危険性がどこにあるかよく想像しながら動くべし

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失敗③ 作業を甘くみて時間配分をミス 

移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談



「DIYに慣れていたので自分なら大丈夫だって思ってましたけど、リフォームを始めて3日目で『これは無理!できない!』って思いましたね。気が滅入ることがあっても、愚痴を言える相手もいない。精神的に追い詰められました」。

家の元オーナーが差し入れを持ってきてくれたり、コーヒーを飲みにおいでよと声をかけてくれたりしたのが唯一の楽しみで、「それ以外は地獄だった」と話す。

「好きで始めたのに地獄でしたね。壁を砕くのに2時間で終わると思ったら釘が頑丈で2日かかったし、1週間で終わる設定だったものがまったく終わらない


家のリフォームは20日で終わる計画だったんです。でも、移住から8カ月経った時点で完成したのは全体の8割。トイレのリフォームができていないまま自分の写真教室を開催しました(笑)」。

移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談

まったく別のスペースにシャワールーム、洗面台を作るなど、難度の高いリフォームを手がけた。


この5月に礼文島を訪れたときは、床一面に貼ったフローリングの一部が山みたいに盛り上がっていたという。

「びしっと完璧に貼ったと思ったんですけどね、フローリングを貼ったのは冬の乾燥した季節。だんだん暖かくなって、湿気で木が膨張したんですよ。まったくの想定外。

締め切りを設定すると、そのゴールに向かって頑張れるメリットはありますが、うまく行かないと焦る。ちゃんとやっているつもりでも、塗り方や貼り方が雑になるんです。ゆっくり、3~4倍の時間をかけて楽しんでやればよかったなって、今となっては思いますね」。


教訓③ DIYの時間配分は余裕を持つべし


移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談

ギャラリーをイメージした内装の出来に大満足とのこと。


見切り発車だったリフォーム計画。現在はなんとか8割まで完成したが、振り返ればもっとうまくできたことは多分にある。とはいえ、今では礼文島に行く度に夢が広がり、次の滞在では何をしようと思案するのが楽しいという。

移住先の空き家DIYで3つの大失敗。2拠点生活を始めた写真家の「最初は地獄だった」体験談

夜空の圧倒的な綺麗さも礼文島の魅力。「自然写真家として完璧な島」なのだという。


「時々、漁師の方が声をかけてくれて、バフンウニの剥き作業を手伝わせてくれるんですよ。採れたてのウニを食べたときの感動はすごかったですね。

まだのんびりできる年齢でもないので、仕事をしながら礼文島と本土を行ったり来たりですが、写真教室も始めたいし、礼文島をいろんな人に知ってほしいので、長期滞在できる施設も作りたいんです。

ゆくゆくは島のツアーや共同の無人販売所を始めたり、星空展望台を作ったり、そんな未来を想像しています。礼文島まで来るのは大変ですが、長く住みたくなる土地になると確信しています」。


古民家のDIYで失敗を重ねた柏倉さんだが、島の美しい風景と天秤にかければ取るに足らないものかもしれない。とはいえ、島への移住や家のリフォームを検討している人はぜひ参考にされたし。
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