時器放談●マスターピースとされる名作時計の数々。そこから10本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。

5本目はカルティエ「タンク」。

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安藤 カルティエには時代を超えて愛されるモデルが多くありますけど、1本挙げるとしたらやっぱりタンクでしょうか。

広田 創業一族の3代目、ルイ・カルティエが、第一次世界大戦のときに戦車を見て「かっこいい!」と時計のデザインに取り入れたのがタンク。だから、その面白さは何といっても四角いカタチにあります。

安藤 昔の時計のカタチって基本的に丸しかないじゃないですか。そこに現れたまったく新しい世界観ですよね。

スゴい時計【5】カルティエ「タンク ルイ カルティエ」

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である
アンディ・ウォーホルが愛したことでも知られる、カルティエを代表するモデル。K18YGケース、縦29.5×横22mm、クオーツ。94万円/カルティエ 0120-301-757

広田 通常、時計メーカーがケースを作る際には、金属を「削る」わけです。だから基本的には丸しか作れなかった。でも、カルティエはもともと「王の宝石商」と言われたジュエラー。なので、金属の使い方が時計メーカーとはまったく違うんです。ジュエラーには、金属を「曲げる」技術があったんですよ。貴金属の平たい板を、ペコッ、ペコッ、ペコッと曲げたらタンクができちゃう。

今は違うけれど、初期のタンクは実際、そうやって作られていた。時計メーカーは思いつかないんですよ、この形は。

安藤 カルティエは時計の老舗でもあるけれど、やっぱり出自がジュエラーということが、常識にとらわれないモノ作りを可能にしたんですよね。

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である

広田 そうそう。そういう例はほかにもあります。例えば、デプロワイヤントってあるじゃないですか。いわゆるDバックル。腕に時計を着ける際にパッチンって留めるアレです。アレを開発したのもカルティエなんですが、基本的な考え方は、貴金属を叩いてバネ性を持たせるというやり方。普通の時計メーカーでは考えられないですよね。だからカルティエにしかできなかった。

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である
アンディ・ウォーホルの遺品がサザビーズに出展された際のカタログをめくる広田氏。

安藤 そのカタチの“新しさ”がセレブリティの目に留まる。

昔のセンスのいい文化人はとにかくタンクが好きです(笑)。例えばアンディ・ウォーホルもそのひとり。ウォーホルはピアジェなんかも愛用していますが、タンクを愛する「タンキスト」としても有名。ちなみに、ここにサザビーズで行われたウォーホルの所蔵品オークションのカタログがあるんですけど、時計は角形が多いんですよね。

広田 うお! ちょっと見ていいですか。

安藤 ジュエリーとウォッチの一冊だけ見ても、圧巻のコレクションです。

広田 ホントだ。素晴らしいなぁ! 変態だなぁ(笑)。

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である
サザビーズの出品カタログには、カルティエの「サントス」も載っている。

安藤 やっぱり普通じゃない造形へのリスペクトがあったんじゃないかと思いますね。だからジュエラー系の時計がけっこう多いし、レディスも持ってる。

広田 変わった時計が多いなぁ。このコルムの変態時計とか素晴らしいなぁ。

とにかく審美眼がスゴいです。

安藤 タンクはそんなウォーホルが選んだ時計ですから、それを見た当時の人たちも憧れたんじゃないかなと思います。

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究極のドレスウォッチとしての佇まい

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である
広田雅将(写真左)●1974年、大阪府生まれ。腕時計専門誌「クロノス」編集長。腕時計ブランドや専門店で講演会なども行う業界のご意見番である。その知識の豊富さから、付いたあだ名は「ハカセ」。

広田 タンクに関していうと、四角くて変なカタチではあったけど、ドレスウォッチとしての基本は押さえていたわけです。二針でローマ数字。ドレスウォッチって、秒針がない、日付がないというのが基本スタイルなんですよ。数字はバーインデックス、アラビアインデックス、ローマンインデックスとありますが、ローマンインデックスがいちばん格式が高い。なぜかというと、ギリシャ・ローマ文化がヨーロッパの根っこにあるから。そのすべてを、タンクは満たしているわけです。

安藤 もちろんベルトはエキゾチックレザーですよね。

広田 そう。タキシードを着て、夜の光に反射していちばんピカピカ光って見える。実は、そこもタンクはちゃんと押さえている。

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である
安藤夏樹(写真右)●1975年、愛知県生まれ。ラグジュアリーマガジンの編集長を経て、現在はフリーに。「SIHH」や「バーゼルワールド」を毎年取材し、常に自分の買うべき時計を探す。口癖は「散財王に俺はなる!」。

安藤 『007』でショーン・コネリーがタキシードにロレックスのサブマリーナーを着けたあたりから、時計のドレスコードはどんどん曖昧になってしまった気もしますが、だからこそ、僕はあえて1本、「ザ」がつくようなドレスウォッチが欲しいなと、最近思うんですよね。

広田 余談ですけど、ロレックスが普及した最大のデザイン要素はバーインデックスだと思うんです。フルバーインデックス。これって、貴族的なローマ数字、あるいは庶民が使うアラビア数字と違って、ユニバーサルフォントだったんですよね。基本的に、階級と関係ない。ロレックスがバーインデックスを使ったのは、ブランドの性格を象徴しています。

安藤 タンクに話を戻すと、最近はいろいろモデルが出ているので必ずしもすべてがそうでもないですが、基本的には薄くて悪目立ちしないところも、タンクのいい所だと思います。大きくて厚いいわゆる「デカ厚」時計に飽きてきた人には、すごく新鮮に見えるんじゃないですかね、とくに手巻きの「ルイ カルティエ」あたりは。

カルティエ「タンク」は、ジュエラーのすべてが凝縮された時計である
知人の私物を手に、語らいは続く。

広田 デザイン要素としては、時計のサイズとベルトのサイズが同じ。それはルイ・カルティエが戦車の軌道のようなデザインを、ということで、時計の幅とベルトの幅を限りなく近づけたんです。結果として、時計が主張しすぎなくなるわけですよね。持ち物で自分を誇示しないというのは上流階級では重要なんです。

彼らはモノでステータスを誇示する必要がないわけですから。

安藤 まぁ、つまり、本来は上流階級のための時計ということですね。それが今や一般の人でも買えるようになったと。

広田 そう、カルティエはまさに「王の宝石商であり、宝石商の王」ですから、それをこの価格帯で買えるのは素晴らしいことだと思います。

※本文中における素材の略称:K18=18金、YG=イエローゴールド

【問い合わせ】
カルティエ 0120-301-757

関 竜太=写真 いなもあきこ=文

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