腕時計に詳しくない人でも一度は耳にしたことがあるであろう超人気シリーズ。しかし、そのバリエーションの多さから結局どれを買っていいのか悩む人も多いはず。
本企画では、毎年のバーゼル&SIHH取材を欠かさない5人の時計識者たちに、まず手に入れるべき“ベストバイ”と、独自の視点で選んだ“アナザーチョイス”について語ってもらった。
カルティエ「タンク」
のベストチョイスとアナザーチョイス
[左]タンク ルイ カルティエ LM [右]タンク ソロ SM
「タンク」はバリエーションが多く、好みに合わせて好きなタイプを選べるところが美点である。個人的には、1917年に発売された原点の世界観を感じさせる、華奢なケースに革バンドというクラシックな組み合わせが好きだ。3代目当主の名を冠した「タンク ルイ カルティエ」はまさにその代表格。なかでも手巻きムーブメントを薄型ケースに搭載した本作は、ドレスアップをする楽しみを教えてくれる。
タキシードやスーツに合わせて、「タンク」の愛用者だったアンディ・ウォーホルを気取りたい。一方で、あえて無地ニット&デニムのようなカジュアルに合わせてもエレガンスを失わないのがこの時計のすごいところだ。
少し視点を変えて、もう1本選ぶならK18YGケースの「タンク ソロ」か。YGは肌馴染みが良く、近年気になっている素材。そのままでも十分いいけれど、革バンドをグリーンのクロコなんかに替えてもハマると思う。これをアクセサリー代わりにさらりと着けられる男に、私はなりたい。

時計ジャーナリスト 安藤夏樹さん
1975年、愛知県生まれ。ラグジュアリーマガジン編集長を経て現在は腕白編集者に。
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パネライ「ルミノール」
のベストチョイスとアナザーチョイス

[左]ルミノール ベース エイトデイズ アッチャイオ-44MM [右]ルミノール マリーナ-42MM
1930年代にイタリア海軍のための最初のモデルが製作されたが、軍事機密として厳重に扱われていたパネライは’90年代になってようやく一般販売が許された。そのときの衝撃を今も伝える貴重なモデルが、この「ルミノール ベース エイトデイズ アッチャイオ-44MM」だ。“ベース”の名のとおり、きわめてシンプルながら独特なリュウズプロテクターをはじめ、ブランドの特徴を余すところなく備えた名機。最初に手に入れるなら、まずこれだ。
そして、次なる選択肢は深い海を思わせるブルーダイヤルが印象的な「ルミノール マリーナ-42MM」か? アイコニックなリュウズプロテクターの意匠をスチール製ブレスレットのパーツに表現。接合部をスクリューなしでつなぐことでしなやかなフィット感を実現した。9時位置にスモールセコンドを備える完全自社製造のムーブメント「Cal.P.9010」は、毎時2万8800振動の高精度と3日間のロングパワーリザーブを備える、モダンな高性能ムーブメントなのである。

Gressive編集長 名畑政治さん
1959年、東京都生まれ。時計専用ウェブマガジン「Gressive」編集長。時計以外にもカメラ、アウトドアなどに精通。最近は増えすぎた時計コレクションの整理を考えるも、魅力的なモデルが次々現れ、一向に減る気配がないとか。
A.ランゲ&ゾーネ「ランゲ1」
のベストチョイスとアナザーチョイス

[左]ランゲ1 [右]ランゲ1・ムーンフェイズ
今では11モデルのバリエーションを誇る「ランゲ1」だが、まずベーシックなものを選びたい。“素”のモデルを手にすることで、最もピュアな本質に近づくことができるだろう。特にK18WGケースと白文字盤の組み合わせは、色を排することで独自のデザインを浮かび上がらせる。
最大の特徴は、各表示要素を中心からずらしたオフセンターのレイアウトにもかかわらず、黄金比や二等辺三角形に沿うことで幾何学的に整理され、渾沌を収束していることにある。それはまるで秘めた数式のようであり、理路整然としたドイツ時計の論理性を感じさせるのだ。自らに課したこのルールはバリエーションでも崩すことはなく、そのデザインに多彩な付加機能をそっと忍ばせる。
その点からするともう1本は、予算と必要な機能で決めればいいが、私見で選んだのは「ランゲ1・ムーンフェイズ」だ。黒文字盤に浮かぶ月は美しく、それは冬の月光のように冴え渡り、孤高なブランドの精神性を象徴している。

時計ジャーナリスト 柴田 充さん
1962年、東京都生まれ。メンズ誌を中心に、時計だけでなく、クルマやファッションなど幅広いジャンルの記事を執筆。現在の愛用時計はA.ランゲ&ゾーネの絶版モデル「ランゲ1 ルミナス」。スポーティな黒文字盤がお気に入り。
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IWC「パイロット・ウォッチ」
のベストチョイスとアナザーチョイス

[左]パイロット・ウォッチ・オートマティック・スピットファイア
[右]ビッグ・パイロット・ウォッチ
実用時計は、時代の要求から生まれる。パイロットウォッチは、信頼できる航空計器として1930年代に生まれた。
その金字塔が、IWCが英国空軍のために’48年に製作した「マーク11」であり、そのスタイルがブレることなく現代の「パイロット・ウォッチ・オートマティック・スピットファイア」へと受け継がれている。このモデルはベージュの夜光塗料やグリーンファブリックのストラップで’40年代の趣を再現し、タイムレスな魅力を楽しめるだろう。
しかしその一方で、時計=ステイタスの時代であることを考えると存在感のあるモデルも気になる。となれば46.2mm径という堂々たるサイズ感を誇る「ビッグ・パイロット・ウォッチ」にも注目してほしい。
選択したのはこの人!時計ジャーナリスト 篠田哲生さん
1975年、千葉県生まれ。時計専門誌からビジネス誌、ファッション誌、WEBなど幅広い媒体で時計記事を担当する。最近はゴルフに本腰。道具をしこたま買い込んで練習に勤しむも、100切りへの道のりはまだまだ長そう。
オメガ「スピードマスター」
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[左]SSケース、39.7mm径、手巻き。[左]スピードマスター ファースト オメガ イン スペース
[右]スピードマスターアポロ11号 50周年記念 リミテッド エディション
ベストバイは、宇宙飛行士のウォルター・シラーに携えられて、初めて宇宙に飛び出したオメガの復刻作。「スピードマスター ファースト オメガ イン スペース」は先の尖ったアルファ針、39.7mm径の小ぶりなサイズで当時のモデルを彷彿させる。
一方で「スピードマスター アポロ11号 50周年記念 リミテッド エディション」は、アポロ11号計画で果たした人類初の月面着陸にオマージュを捧げた今年の目玉モデル。1万5000ガウスという驚異的な耐磁性を備え、防水性やパワーリザーブなど8つの試験と検査をパスして手巻きスピードマスターとしてマスター クロノメーターの認定を受けた第1号だ。
NASAに初めて制式採用された第4世代のデザインをベースに、ベゼルや針など随所に独自合金のK18ムーンシャインゴールドを用いたり、9時のインダイヤル上にバズ・オルドリンの姿を刻印することでブランドのアイデンティティと最新のテクノロジーを融合させた点も大変魅力的である。
選択したのはこの人!HODINKEE Japan編集長 関口 優さん
1984年、埼玉県生まれ。腕時計を中心とした米ライフスタイルメディア「HODINKEE Japan」編集長。時計はもとより、ヴィンテージウェアにハマりつつあり、先日は流行りに乗って’80年代のバーバリーのトレンチをゲット。
※本文中における素材の略称は以下のとおり。SS=ステンレススチール、K18=18金、YG=イエローゴールド、PG=ピンクゴールド、WG=ホワイトゴールド
柴田 充、髙村将司、増山直樹、渋谷康人=文