HOTする酒●キンキンに冷えたビールが夏の醍醐味なら、冬には冬のそれがある。晩冬の寒ささえ風情として楽しめて、心も身体も温める、HOTする酒。
「温かい酒」を考えたとき、日本には後世へ語り継ぎたい酒がある。おでんの「出汁割」だ。
日本酒の熱燗をおでんの出汁で割るこのカクテル(?)、昭和時代まではポピュラーな飲み方だったらしいが、今ではその美味さに反し、なかなか飲む機会に恵まれない。
ってことで、やってきたのは四ツ谷にある「屋台おでん屋」。三代目店主の羽根義人さんに「出汁割」の真髄を学ぶ。
短期連載「HOTする酒」最終回。
どういうこと? 屋内だけど屋台なおでん店
階段で地下に降り、店の引き戸を開ける。目に飛び込んできたのは、湯気を放つおでん鍋が乗ったふたつのテーブル。店内に流れる音楽は、どこか懐かしい昭和の歌謡曲だ。’60年代にタイムスリップしたかと錯覚しそうになるが、間違いなく令和2年の四ツ谷である。
「もともと、この店は屋台のおでん屋だったんですよ。昭和20年代、先々代が中央線沿いの駅前で屋台を開いたのが店の始まりです。
そう言われてハッと気付く。よく見ればこのテーブル、ただのテーブルではない……「屋台」だ。
「どちらも先々代のときから使っている屋台です。ここに運び込むときに一度解体して組み直しましたが、1度も壊れたことないですね。そして今日お話する出汁割も先々代の頃からずっと親しまれてきた、歴史の長い酒です」。
出汁割がそんなに歴史の長い酒だったとは、まさにつゆ知らず。では、さっそくいただきましょうか。
HOTする「出汁割」が五臓六腑に染み渡る
美味い出汁割ができるかどうかは、おでんの出汁にかかっている。出汁の旨味を損なわないよう、日本酒は、できるだけ味に特徴のない普通酒がいいらしい。
「皆さん出汁割を期待してきてくれるので、仕込みは本当に手が抜けないですよ」と羽根さんは笑う。
出汁のベースは昆布・煮干し・しいたけ・帆立。そこに種類豊富なおでんの具材から旨味が滲み出し、実に味わい深いおでん出汁が完成する。
出汁割を飲むには、まずは「熱燗」を注文する必要がある。グラスになみなみ注がれた酒は口から迎えにいかなければならないが、猫舌は要注意。おでんの出汁と一緒に熱されていたので、かなり熱い。そしてグラスの残りが3分の2になったところで、いよいよ出汁を投入。
……激ウマである。出汁の旨味と日本酒のふくよかさが絶妙なハーモニーを奏でていて、日本酒が得意でない人も飲みやすい。日本酒が五味(甘味・旨味・渋味・苦味・塩味)のなかで唯一持たない「塩味」を出汁が補い、ひとつの飲み物としてのバランスがより完璧に近づいている。
これはグラスを口に運ぶ手が止まらない。ああ、五臓六腑に染み渡る……! 至福。
昭和な空間に残る、古き佳きHOTする人間関係
「最近は若い人たちも出汁割を求めて来ることが多くなってきました。インスタ映えするとかで、皆さん楽しそうに写真を撮っていますよ」と羽根さん。
「昔は締めの一杯として出汁割を飲んで、身体をポカポカにしてから帰路につくという飲み方がベターでした。だから屋台時代からの常連さんは、最初から出汁割を飲む若い人たちを見て『そんなの粋じゃねぇ』と言いますが、ぜひ好きなように飲んでいただければ(笑)」。
そうして人生の先輩が若者にダメ出しするところも含め、この店にはまだ昭和特有の人間関係も残っている。
お察しの通り、屋台を囲むスタイルのこの店は基本的に相席だ。見知らぬ客同士で自然と会話が盛り上がることも日常茶飯事なのである。
「屋台というのは昔からそういう場所なんですよね。当時はスマホもないから、名前も知らない人と一緒におでんを囲んで、時間が来たら『それじゃあ、またここで』と別れていた。そうして緩くて温かい人間関係が繋がっていたんですよ」。
確かに、いつでもどこでもオンラインで繋がれる現代だからこそ、見ず知らずの他人と肩を寄せ合っておでんを突つけるこの場所は、ますます貴重な存在となっていくだろう。
IT社会にちょっと疲れを感じたら、四ツ谷の「屋台おでん屋」を訪れてみてはどうか。必ずや心も身体もHOTするはずだ。
[店舗詳細]
屋台おでん屋
場所:東京都新宿区四谷1-4-2
営業:16:00~23:00LO(土曜は22:00LO)
日曜・祝日定休
電話:03-3226-0797
横尾有紀=取材・文