オフィス近くに住む「職住近接」の暮らし方が理想とされた時代はもう過去のこと。目指したいのは仕事も遊びも混在したライフスタイルであり、それを可能にする家である。
そこで実現の秘訣を“絶景とともに暮らせる物件”を手掛ける「絶景不動産」にたずねた。
建築家 谷尻 誠さん広島県生まれ。「絶景不動産」代表。2000年、建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」設立。広島と東京を拠点とし、国内外でインテリアから住宅、複合施設などのプロジェクトを多数手掛ける。大阪芸術大学准教授などの顔も持つ。

広島県生まれ。「絶景不動産」代表。’01年から建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」に参画し’14年より共同主宰。主な作品に「ONOMICHI U2」「BOOK AND BED TOKYO」など。JCDデザインアワード2016大賞ほか受賞歴多数。
ポストコロナは「絶景」とともに住む
文字どおり「絶景不動産」は絶景のある暮らしを提案する。しかし「絶景」という言葉は、死ぬまでに一度は見たいといった「世界の果てにある光景」を連想させる。
この疑問を解く第一歩は、やはりコロナ禍による社会の変化にある。最も大きな変化は毎日会社に行かなくて良くなったこと。たとえば自粛期間中は家族との時間を満喫した人が少なくないと聞くが、その生活模様を今後も続けていきたいのなら、可能な社会となったのである。
つまり、会社員でもフリーランスのように働き生きていける時代となり、生活をより自分好みにカスタマイズできるようになった。毎日会社に行かなくていいのだから、暮らしの拠点も都心だけが正解ではなく、「絶景」がある土地も正解となる。
視界を遮るものが何もない海辺の最前線。見渡す限り平原が広がる牧場の一角。桜並木を見下ろすように広がる高台の敷地。そのいずれもが、今や現実的な住まいの選択肢となった。

「絶景と暮らす家の好例に、アメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトによる落水荘があります」と言うのは、2017年に絶景不動産を立ち上げた建築家の谷尻誠さん。滝の上に家が建つ落水荘は、建物が風景となり、その建物からも風景が見えるといった、周囲の自然と建築が調和しているところが素晴らしいと言う。
「実は以前、21世紀の落水荘を建てるチャンスがありSNSで滝を募集してみたんです。
立ち上げから3年、今では滝のエピソードと同じように海の一部を買いたいといった、どこか非現実的に聞こえる案件もあると谷尻さんは話す。
「人によって絶景の定義は異なるので、概念としてわりと幅広く捉えています」と言うのは、谷尻さんとともに代表を務める吉田愛さん。確かに工場に萌える人にとっては工場が見えるところが絶景となるように、取り扱う案件は必ずしも多くの人が絶景と思える場所とは限らない。
船着き場がついている土地については、「一日一組だけに船でアクセスするような特別体験を提供するレストランをやりたいといった話がありました」と吉田さん。意外とほかではあまり聞かれない斬新なアイデアを持つ人はいる。そんな気づきも絶景不動産を始めたことで得られたという。
活用して家に稼がせれば多拠点暮らしは現実味を帯びる
家を買う。それは長期の住宅ローンを背負うことと同義。仕事はやめられず、移動の自由も失われる。家購入は夢である一方、ネガティブな要素も孕む。
「家の購入にはいい面とそうでない面に挟まれ多くの人は悩みます。セカンドハウスは、使っていないときはどうしよう、という悩みがついてまわる。
でも今は活用の仕方がいろいろあり、Airbnbで部屋を貸すような宿泊施設だけでなく、弊社の事務所みたいにスペース貸しをしたり、雑誌などの撮影に使ってもらったりと、活用の仕方次第では不在時にお金を生むこともできます」。
谷尻さんも続ける。「自分の財布のなかに1000円しかないと800円の家を建てるもの。でも1000円しかないけれど、どうにか1200円の家を建てて、かつ毎月500円の収入を得られる家にする。そうすればもっと安心して家を手にできると思います。
セカンドハウスにしても、不在時が多いのならその時間に稼げる仕組みを考えて建てたほうが建設的。自分の財布の事情は社会状況によって変動することが今回のコロナでわかったのだから、いざというときに保険となる建て方にする。
ローンが少ないほうが安心感を抱きがちですけど、ローンが高いのにより安心という考え方もあるんですよね」。
家は一生の買い物。都心に近いほど値崩れしにくく安心。そういった長く囁かれてきた価値観から自身を解放できれば、手にできる家の選択肢は広まり、多拠点暮らしも視野に入ってくる。
「職」と「遊」を混ぜれば家の選択肢は多様になる

2人の話を聞いていると家や暮らし方に対する考えが凝り固まっていたことに気付く。日常の多くを占める仕事を会社でする必要がなくなれば、暮らし方は千差万別。平日と週末の境はなくなり、仕事と遊びを一日のなかに混在させる暮らしができ、その暮らしを可能にする家の選択が現実的になる。
サーフィンが好きなら海の近くに住み、キャンプが好きなら山に住む。子育てのために自然の豊かな場所へ。そうした個人の多様な価値観が少しも損なわれない暮らしぶりこそ、楽しさの詰まった生活模様である。
「昔の民家は軒先で商売をして、奥で子育てをしていました。家事をしているのか商売しているのかわからない状況で生活が営まれていたんです。でも利便性を求めた結果、いつの間にか『働く』と遊びも含めた『生活』が分けられることになった。
ただ僕らは混ざったほうが豊かだとずっと以前から思っていました。
そう言う谷尻さんは、吉田さんとともに長く地元・広島と東京の2拠点生活を送ってきた。吉田さんにいたっては現在住まいが鎌倉にあるため3拠点生活。いずれの拠点でも「働く」と「生活」は混ざっている。
暮らしの拠点が増えれば人はもっと生き生きしていく
“混ざった生活”は人をのびのびさせる。そう指摘するのは吉田さんだ。
「やはり好きなことができているからなんでしょう。表情が違うんです。だから私は会社のスタッフに対しても、そのような働き方、暮らし方ができるようにしてあげたいなと思っています。何より私自身、そのような人を見ていると刺激になって、前向きで楽しい気持ちになれるんです」。
コロナ禍によって、リモートワークができることがわかり、ひとつの拠点にとらわれる必要がなくなった。
柏田テツヲ(KiKi inc.)、PAK OK SUN(CUBE)=写真 前中葉子、宮原友紀=文 小山内 隆=編集・文