湘南・葉山でアウトリガーカヌークラブ「オーシャンヴァア」を営むオーシャンアスリートのケニー金子さん。

ケニーさんにアウトリガーカヌーのどこに魅力を感じるのか伺ったところ「誰もが平等で家族的なところです」との答えが。

その真意を探ってみた。

 


平等性と助け合いを称えるアウトリガーカヌー

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波乗り遊びの起源は諸説あるなか、現代サーフィンにつながるルーツは太古のポリネシアにあるというのが通説だ。歴史を紐解けば、その頃のタヒチやハワイに住んでいた人たちは、“海の民”と呼ばれるほどに優れた航海技術を持っていたという。

漁をはじめとして日常的に沖へ出て、その際に使っていたのが木製のアウトリガーカヌー。本体の片方もしくは両サイドに安定性向上のための浮き材を備えたカヌーのことで、パドルと呼ばれるオールを使って漕ぎながら大海原を行き来し、帰港する際には風に乗り波に乗り陸を目指した。

このアウトリガーカヌーをベースに、やがてハワイでは波乗りに特化したものが木材で作られるようになっていく。それが現在のサーフボードのルーツである。

古代ハワイのサーフボードは素材が木であり重さは40~50kgほどあった。思うようには動かせず、ライディングは波に押されて真っすぐ進むのが基本的なスタイル。

それが今ではオーソドックスなショートボードで3kgほど。波に乗せてもらうものから波を自在に乗るものへ。さらに大衆に受け入れられるレジャーとなり、スポーツとして進化しオリンピック競技ともなった。

一方のアウトリガーカヌーは、素材が変わりスポーツとしての進化も見られるが、根本的な世界観に大きな変化は見られない。

今も昔も“生き方”であることが魅力なのだと、日本を代表するオーシャンアスリートのケニー金子さんは教えてくれる。

「アウトリガーカヌーのすごくいいところはプロスポーツではなく、コミュニティであるところです。1人乗りや6人乗りでのレースはありますが、勝つためにパドルの速い人を集め参加してもあまり意義がないと僕は思っています。

本場のハワイには多くのアウトリガーカヌークラブがありますが、いずれも子供から高齢のおじいさんおばあさんまでが所属してクラブを支えています。その様子を見て素晴らしいと感じるのは、クラブ員たちは普段の生活の場でアウトリガーカヌーに触れ合い、ほかのメンバーたちと家族のような関係を築きながら目標を共有し、日々の練習と向き合いレースに出ていること。

勝利至上主義ではないからエゴがなく、パドルが速い人もレースに出場しない人も、みんなが平等で支え合っていることなんです」。

湘南の葉山を拠点とするケニーさんは、アウトリガーカヌークラブ「オーシャンヴァア」の代表として活動する一方、SUPレーサーとして競技に参加している。

また若い頃はサッカーでプロ選手を目指し、小学3年から高校2年まで家族と滞在したカリフォルニアでは、アンダー14からアメリカ代表に選ばれ続けた。高校3年で帰国してからは東京ヴェルディのユースに所属。Jリーグで活躍するプロを間近に腕を磨いた。

結果としてプロサッカー選手になる目標は怪我で断念。しかし勝利を希求する世界に長く身を投じてきた経験があるから、「競技はエゴの世界」であり、強い選手を集めてチームを組むことは「簡単」なのだと言い切り、対極の世界に魅せられた。

「スペインのレアル・マドリードやイギリスのマンチェスター・ユナイテッドがなぜ強いのか。資本力で世界中から選りすぐりの選手を集めているからです。いわばプロサッカーの世界は資本主義の象徴なのですが、対してアウトリガーカヌーはまったくの別物。

太古の時代から継承される本来の意義は家族的で、格差が広がり、孤立化が進んでいる今こそ大切にしていきたいと感じています」。

誰もが平等で支え合う世界観に、ケニーさんは魅了されたのだ。


“タホエ”の実践こそが6人乗りで最も大切なこと

洋上のアスリート・ケニー金子さんに聞いた、大海原を行くアウトリガーカヌーの魅力
オーシャンアスリート ケニー金子さん●1988年、東京都生まれ。湘南の茅ヶ崎とカリフォルニアで育つ。オーシャンアスリート。1人乗りアウトリガーカヌーで世界トップ10入りを目指し、SUPレースでは4度の全日本チャンピオンに。湘南・葉山でアウトリガーカヌークラブ「オーシャンヴァア」を営む。www.oceanaloha.com

その世界観は6人乗りのアウトリガーカヌーに顕著だ。まずクルーには各々の役割があり、それらをまっとうすることが求められる。

1番シートは6番シートに座るステアと呼ばれる舵取り役の指示に従い、海の状況を読みストロークやピッチを決める。2番シートは1番シートの仲間を背後から励ましアドバイスを送って支え、3番シートはストロークの回数をカウントするなどカヌーの状況を把握。

4番シートはパワーシートと呼ばれ、周りの状況に惑わされることなく最大の推進力を提供する。5番シートは力強いパドルとステアのサポートを求められ、6番シートは舵取り役として、流れ、波、風を読んでカヌーをコントロールする。といった具合だ。

そのうえで6人はパドルを合わせ、推進力を生むことを目指す。

必要なのはクルー全員が家族のような絆を築くこと。家族に向けるような思いやりがないと目的地には絶対にたどりつけないと、ケニーさんは言った。

「そもそもアウトリガーカヌーは1人で持ち上げられませんし、6人が予定を合わせないと沖にも出られません。SUPのように『時間ができたからサクッと漕いでこようかな』は無理なんです。

面倒くさい面はありますが、それゆえの意味はあるし、そのひとつが“相手を思う”こと。たとえば積み込んだ食料を、自分の空腹を満たすために取り合うのか、分け合うのか。そのようなことを普段から意識づけてくれるんです」。

タヒチに遠征すると“分け合う”意識の大切さに気付かされる。彼らはごく自然にカヌーピープルとしての生き方をし、当たり前のようにお互いへの思いやりを抱く。毎日海と触れ合い沖に出る生活が風土であるから、海上でも考えるより先に身体が動く。ケニーさんによれば、「タホエが実践できている」のだと言う。

タホエとは「ひとつになる」を意味するタヒチ語。6人がひとつになり、自然とひとつになる。海の民が無意識に実践するアティテュードだ。タホエがないとハワイのモロカイ島とオアフ島の海峡を横断するレース、モロカイ・ホエなどは完走できない。

「6人乗りで約70kmを完走するためにまず必要なのは、お互いを思い漕ぐこと。前の人が楽になるように漕ごうといった気持ちで誰もが漕げれば渡れます。

面白いのは、『今進みづらいけど、誰か疲れているのかな』など怪訝に感じた瞬間に失速すること。やはり6人乗りの素晴らしさは6人で力を合わせることに尽きます」。

よくタヒチのカヌーピープルに「海と踊りなさい」とアドバイスされるという。それはアウトリガーカヌーの極意。穏やかな音楽では優雅に踊り、激しい音楽では躍動しながら踊るように、海の上でも海のリズムに合わせることが大切となる。

だから世界一速くパドルを漕げる人が思い切り漕ぐよりも、世界一パドルの遅い人がウネリに乗ったほうが速く進める。そうしてクルーみんなで海と調和できたときに、「アウトリガーカヌーにアートを感じる」のだと、ケニーさんは言う。


古代の日本人を想い、カヌーで小笠原諸島を目指す

自身が代表を務める「オーシャンヴァア」では、クラブのメンバーたちと練習を行いレースに出場する一方、ボヤージングと呼ぶ航海も積極的に行っている。

葉山を起点に伊豆半島や伊豆諸島へ向かい、これまで日本近海の外洋で航行した総距離は2300kmに及ぶ。そしていつかたどりつきたい場所が小笠原だ。葉山からの直線距離は1100km。東京と博多の距離に匹敵する。

「葉山から一気に渡るのではなく島をつないでいきたいと考えているんですが、きっと古代の人たちもエンジンのない船で航行していたはずなんです。ならば自分たちでもできるだろう。そういう思いから取り組みを始めました。

東京・芝浦からの定期船を使えば24時間で行けますが、不便だけれども人にはそれだけの力があることを実証し、同様の方法で海を渡っていた先人について伝えることに意義があると思っています」。

そして先日、これまで新島と三宅島まで到達していた状況を更新。八丈島を起点に三宅島と新島を経由し、南伊豆までをつないだ。八丈島から三宅島へ渡る際には、両島の間を流れる世界2大海流のひとつで流れの速い黒潮の厳しさをパドル越しに感じつつ、13時間も漕ぎ続けた。

次の目標は、いよいよ小笠原諸島。八丈島から3日間夜通し漕ぎ、約800km先にある最終目的地を目指す。

「6人乗りでは伴走艇で順番に休みながら航行するため10人のクルーが必要です。会社員もいるなか各々の予定と天候をはじめ自然の状況を合わせる必要のあることが、簡単に出発できない要因になっています。

チャレンジや冒険ではなく、自然に寄り添いながら漕いで渡ることが僕らの目的。安全な状況が必須です」。

穏やかな海で漕げるから、目に映る日本の自然に素直に圧倒される。

「海から見る日本は本当に美しいんです。どんどんと近づいてくる青々とした東伊豆の山や、新島近くで見えてくる真っ白なビーチの羽伏浦海岸。美しき光景の数々を昔の人たちはどのような気持ちで見つめていたのか。そんな思いにもかられます」。

心を動かされる一方、冷ややかな現実を突きつけられもする。

「海ではゴミの多さを実感します。陸は人が快適に生きられるように整備されていますが海は嘘をつきません。その光景はネガティブな意味で圧倒的。もっと多くの人に海に出てほしいと思う理由でもあります」。

そして海そのものを楽しみながら多くの気付きを与えてくれるアウトリガーカヌーは、ストレスを抱えやすい都市生活者にも手を差し伸べる。行き詰まりを感じたとき、本来の自分へとリセットさせてくれるのだ。

「ストレスは海に出れば解消されます。おすすめの特効薬は、もちろんアウトリガーカヌーです」。

そう言って、ケニーさんは爽やかに笑った。

 

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洋上のアスリート・ケニー金子さんに聞いた、大海原を行くアウトリガーカヌーの魅力

鈴木さよ子、三浦安間(人物)=写真 小山内 隆=編集・文