1995年の阪神・淡路大震災から30年。
30年前、震災報道の最前線にいた8人に、それぞれ1時間以上インタビューを実施。これまであまり伝えられなかった現場での生々しい話が、当時の映像や写真とともに赤裸々に語られる。「大失敗」や「怒り」「後悔」なども明かし、さまざまな情報があふれる時代にあって、「正しい情報」や「災害時の報道」に真正面から向き合う。
同局は「いつの日かまた必ず起こると言われている大地震の時、1人でも多くの命を守り、放送を継続して正しい情報を伝え続けられるよう、私たちは、阪神・淡路大震災当時、まだしっかりとしたマニュアルもない中でも手探りで必死に放送を続けた社員たちの証言を、後世に残したいと考えました」と説明する。
・泊り勤務の仮眠中だった報道カメラマンの工藤輝樹は、飛び起きたその瞬間からカメラを回す。結果、揺れているMBS社内の様子が映像に残った。そして阪神高速が倒壊した現場では、危険を顧みず、路面によじのぼり撮影をする。
・発災20分後には社に駆け付けた報道記者の榛葉健。ヘリコプターに乗り上空から被災状況を中継。
・入社1年目だったアナウンサーの西靖。ラジオスタジオに自分でマイクを立て、情報をさばき、しゃべり続けた。翌日にはバイクにまたがり被災地入り。その夕刻、本社からの“まさかの”ある「指令」にがく然とする。
・監査役の大牟田聡は当時、記者。切れ目なく情報を伝え続ける番組のディレクターとして、3日間、オンエア卓に座り続けた。「3日ぐらい寝てなくても平気だった」。とにかく神戸の状況を全国に伝えようとする。
・現代表取締役社長の虫明洋一も、当時は記者。MBSは いち早く「CMなし」の判断をしたが、東京からネット受けしている番組にはCM枠がある。そこを埋める「ライフライン情報」を、ひたすら取りまとめる役を担った。
・京都支局の田中智佐子は、関西初の「地震記者」を任じられていた。3月には取材の成果を集めた特番を放送予定だったのだが、その前に本当に大地震が来てしまう。虫明らとともに、当時まだその重要性が認識されていなかったライフライン情報の報道に従事するが、被災地へ行きたい思いは募り…。
・東灘の自宅で被災した技術局の山田耕児は、自転車で神戸支局へ。記者たちが取材してきた素材を、次々と伝送していた。やがて東京など系列局からもキャスターらが被災地入り。そして1人のキャスターから伝送するよう手渡された「ある素材」の中身に驚がく、「伝送はできない」とはね付ける。
・発災直後に車で社に駆け付けたアナウンサーの馬野雅行。お昼以降、休みなく画面に映り続け、情報を伝えた。だが、東京のスタジオから放送される内容のあまりの緊迫感のなさにだんだん腹が立ってきて…。
・発災直後の混乱が少しおさまると、記者たちは、今度は新たな困難に直面する。
・発災当日以降、ヘリコプターからの中継を続けていた記者の榛葉。だが、長田の大規模火災現場で、右往左往する被災者たちの姿を見下ろしている自分に耐えられず、「地上記者」になりたいと要望を出す。
・番組ディレクターをぶっ通しで続けたあと、やっともらえた休日に初めて神戸に入った大牟田。自らの足で被災地に立ってみて、自分たちは「100あるうちの1も伝えられていない」とその現実にがく然とする。
・地震直後からカメラの前に座り続けたアナウンサーの馬野。伝え手が慌てては視聴者も慌ててしまうと、紙に「ゆっくり落ち着いて」と大書して、スタジオのキャスター席の目の前に置き、伝え続けていた。
・大阪のMBS本社でライフライン情報を伝えるヘッドをつとめていた現社長の虫明。会議室で雑魚寝する毎日だったが、「3食保証されたあたたかい場所で仕事していていいのか」と、後ろめたさを覚える。
・被災地から中継を担当していた技術局の山田。自身も東灘で被災していることから、被災者の気持ちを第一にと細心の注意を払っていたつもりだったが、被災者からあることを言われてしてしまい…。
・地震前、“地震記者”を任じられていた田中は、被災地の高校の合格発表の取材に行く。そこで出会ったのは、震災を乗り越え、合格の喜びを全身で表す生徒たち。
・細かい生活情報をラジオのスタジオから淡々と伝えながら、現場でバリバリ取材するのこそかっこいいと思っていたアナウンサーの西。だが後日、センバツの取材をしていると、被災者のある男性から「人生の宝物」となるような言葉をかけられる。
その後も、8人は、震災から逃れることなく、この30年を歩んできた。そして同局は、東日本大震災や四川大地震なども現地入りし、阪神・淡路の経験を生かしてきた。まもなく「阪神・淡路当時に報道の最前線にいた記者らが誰も放送局の社内にいない時代」 となる。そんな今こそ伝えたい、未来への「言葉」も届ける。番組ナビゲーターとナレーションは、当時入社3年目だったアナウンサー・上泉雄一が務める。また、放送後は、MBSニュースの公式YouTubeで、公開予定。
※敬称略、肩書は当時