淳は「すごく昔に戻ると、バンドやっておけばよかったなと思う。小中高ってバスケをやっていたのに、高2の夏休みに、バンドをやりたいって思って、急に(バスケを)やめるのよ。それでバンドをやって(YAMAHA主催の)バンドの登竜門みたいな大会があって、そこで下関地区大会準優勝ベストボーカリスト賞を取ったの。『これ、バンドで生きていくじゃん!』って思っていたの」と回顧。
続けて「それで、好きなアーティストのラジオを聞いていると、甲本ヒロトさんがラジオで『一番好きなものを仕事にしたらうまくいかないよね。2番目に好きなものぐらいがちょうどいい。そうしたら、気持ちも楽に取り組めて成功するんだ』って言っていて。ヤバい、神がそう言っているから、バンドやめなきゃって。とんねるずが2番目に好きだから、とんねるずみたいになりたいって、お笑いに変更するって」と路線を変更したのだと明かした。
これには後日談があり、淳は「髪を赤くしていた時期があって、テレビに出られるようになった時期だったんだけど(ある時)友達と一緒に屋台に入ったら、甲本ヒロトさんがいたの。話しかけたいけど、自分からは声をかけられないなって思って。そうしたら、甲本さんが『赤い髪の君さ、最近テレビ出ているよね』って言われて。