※本稿は、池上彰『なぜ人はそれを買うのか? 新 行動経済学入門』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■高額でも買いたいもの
プレミアムとも違うラグジュアリーとは?
ダイコンやキャベツは安いほうがよく売れますが、宝石は必ずしもそうではありません。貴金属や高級外車など、自分のステータスを高め、所有欲を満たしてくれるものは、むしろ高価であるほうが喜ばれます。
高額かつ希少性があることを消費者の喜びにつなげて商品やサービスを展開することを「ラグジュアリー戦略」といいます。これは高額なものは価値が高いと思う消費者心理に基づいて価格を設定する「威光価格」の一種です。ここで押さえておきたいのはラグジュアリーとプレミアムの違いです。
一見似た両者ですが、プレミアムの価値は、品質の高さや優れた機能性など、ほかと比較して説明することができます。
これに対してラグジュアリーは唯一無二の存在で、その価値はほかと比較して語られるものではありません。いわば代替不可能であることが最大の価値であり、そうしたものを所有することに喜びを見いだせる――それがラグジュアリーです。
<ハイブランドは「ラグジュアリー戦略」を上手に使いこなす>
「ラグジュアリー戦略」においては、唯一無二の存在で、代替不可能であることが最大の価値になる
Check!
「ラグジュアリー」と「プレミアム」の違いにも注目しておきたい!
■同じブランドで揃えたくなる
IKEAや無印良品が人気の理由のひとつ
子どもはお気に入りのキャラクターがあると、あれこれバリエーション違いのものを欲しがります。メーカーもそれがわかっているので、同じキャラクターのシリーズをいろいろと揃えています。
じつは、この同じものを揃えたがる性向は子どもに限りません。何か新しいものを手に入れると、それに合わせて統一しようとする心理が私たちには備わっています。これは自分の行動や態度などをつねに一貫したものとして示したいとする「一貫性の原理」が働くためです。こうした原理によって同じブランドのものを揃えたくなることを「ディドロ効果」といいます。「ディドロ」とは、この効果にはまったフランスの哲学者の名前です。
このディドロ効果を積極的に活用した展開をおこなっているのが、ファッションブランドやインテリアショップなどです。たとえばIKEAや無印良品の店舗に行くと、そこには統一した世界観ができあがっているのがわかります。その世界観のなかに引き込まれている消費者は少なくありません。
消費者をいかに自分たちの構築した世界に取り込むか。それを導いてくれるのが、大人にも子どもにも備わっているディドロ効果だということです。
<大人も子どもも、男性も女性も問わず、ひきつける魔力がある「ディドロ効果」とは?>
人気のファッションブランドやインテリアショップほど「ディドロ効果」をうまく活用している
Check!
消費者を自分たちの構築した世界にいかに引き込むかが、ポイント
■労力がかえって顧客満足度を高める
IKEAが世界中で人気の理由
人からの貰いものは不要になれば、あっさり捨てることができますが、自分で買ったものは捨てにくい。しかし、もっと捨てられないのは自分でつくったものです。
つまり、モノは自分でつくることによって、その人にとっての価値が大きく高まります。この効果をビジネスに採り入れているのが、世界最大の家具量販店IKEAです。
IKEAの家具は、それを購入した人が自分で組み立てて完成させるというものです。つまり、組み立てキットとして販売されており、客は説明書を見ながらドライバーを駆使し、あちこちネジ留めをして組み立てていきます。部材は正確にカットされており、説明書どおりの手順で進めていけば、誰でも組み立てることができます。それでも完成したときの満足感は大きく、同時にその家具には購入者の愛着がたっぷり染みついているというわけです。
このようにして顧客満足度を高めるやり方は、IKEAの名をとって「イケア効果」と呼ばれています。これは自分の所有するものにより高い価値を見いだす心理をさす、行動経済学の「保有効果」のひとつです。
<「保有効果」のひとつ、イケア効果とは?>
自分でつくることによって、その人にとっての価値が大きく高まる=顧客満足度が上がるというビジネス手法
Check!
手間がかかることで、価格以上の価値と愛着が生まれる
■インフルエンサーのレビューが気になる
好感度の高いタレントがCMに起用される理由
買い物をするにあたり、その商品の評価を知るべくネットでレビューを見る人は多いでしょう。それが必ずしも正しい評価を反映しているとは限りませんが、そのレビューの主がインフルエンサーであれば「これは」と、つい注目してしまいます。
その内容が一般的なレビューと変わらなくても、著名人が評価していると、説得力があり、妙に納得してしまう。
これは「ハロー効果」と呼ばれる心理作用によるものです。あるものを評価するとき、それがもつ際立った特徴や評価に引っ張られることをさします。好感度の高いタレントをCMに起用して商品のイメージアップを図るのは、ハロー効果の活用です。
著名人はすぐに思い浮かべることのできる存在ですから、こうしたハロー効果も利用可能性ヒューリスティックのひとつに分類されます。
<テレビやウェブのCMは「ハロー効果」を活用したもの>
目立つ特徴やひとつの評価に引っ張られて、判断や意思決定をしてしまう現象のこと。後背効果や後光効果ともいう
Check!
学歴や肩書き、ルックスや好感度などはハロー効果を生み出しやすい
■高級ブランド品を求める心理
他人への意識が働く「社会的選好」とは?
もしも私たちが他人をまったく意識しない存在であったなら、いまのような消費社会にはなっていなかったかもしれません。生活していくのに必要な消費ばかりで、高級品の消費はグッと少なかったでしょう。
というのは、高級品やブランド品を求める人間の行動のベースには「他人への意識」が関係しているからです。
ブランド品を求める心理を「ヴェブレン効果」といいます。これは19世紀末にアメリカの経済学者ヴェブレンが、有閑階級(金持ちで暇を持て余す人たち)の消費行動を「見せびらかしの消費」と指摘したことに由来します。
高級品を他人に見せびらかす自己顕示欲がブランド品の需要を支えているというわけです。
通常、人は商品をより安く求めようとするものですが、それとは反対に、あえてより高価なものを求める。
これも既存の経済学が定める人間の合理性にそぐわない行動ですが、このように他人を意識した消費行動は「社会的選好」と呼ばれるもののひとつです。
「人は他人の行動や利益も考慮する」というのが社会的選好ですが、これに分類される特徴的な行動はほかにもいくつかあるので、以降で紹介していきましょう。
<ブランド品を求める心理「ヴェブレン効果」とは?>
経済学者ヴェブレンが、有閑階級の消費行動を「見せびらかしの消費」と指摘したことに由来する。自己顕示欲こそが、ブランド品の需要を支えている
Check!
他人の行動や利益も考慮する社会的選好が人に非合理的な行動をとらせる
----------
池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京科学大学特命教授など。6大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる 池上流新聞の読み方』『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』など著書多数。
----------
(ジャーナリスト 池上 彰)