※本稿は、平松類『それってホントに老化のせい?』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■「記憶力が悪くなった」の根本原因
あれこれ、思い出せないことが増えてくると、みなさん「記憶力が悪くなった」と落ち込むのですが、そうではありません。
記憶していることが多すぎて、うまく引き出せないだけです。
私たちの記憶は、ある程度の期間は脳のなかの取り出しやすい場所に置いてありますが、少し時間が経つと重要度を見極めて、「それほど重要ではないもの」は、記憶の奥のほうへと自動的に振り分けを行ないます。机の奥底にしまい込んだ書類のように見つけにくくなっているのです。
普段の生活で必要としていない固有名詞などは、ウン十年分蓄積された記憶に埋もれているはずですから、探し出すのはかなり大変なこと。ふいに思い出せなくても不思議ではありません。
もし、どうしても覚えておかなければいけないことであれば、関連付けて覚えておくと記憶が引き出しやすくなります。たとえば、この俳優さんは、AとBの映画に出ていた。共演していたのはCさんで、舞台は△△県だったというように。
でも、映画評論家のような仕事をしているわけでもなければ、そんな記憶、忘れてしまってもまったく構わないはずです。
ただし、生活のなかで問題になるのは、忘れたことでトラブルになるようなケースです。パートナーの誕生日や記念日を忘れて、奥さんに怒られる旦那さんの話は昔からなくなりません。
■男性は記念日を覚えるのが苦手
なぜ、旦那さんは忘れてしまうのでしょうか。
これは脳の機能的な問題が絡んでくると考えられています。感情を伴う記憶は脳の扁桃体という部分が担っていますが、研究によってそれらの記憶は男性より女性のほうが勝っていることがわかっています。
つまり、ドキドキしたりワクワクするような記念日に関しては、残念ながら男性は覚えるのが得意ではないのです。女性にはそこをちょっと理解してもらえるとありがたいと、私も男性の一人としてお願いしたいところです。
とはいえ、奥さんの機嫌が悪くなるのは男性にとってつらいもの。大切な日だけど、「忘れるに違いない」事柄については、手帳やカレンダーを活用して思い出す工夫をしましょう。
スマホのカレンダーであれば、誕生日や記念日は、一度入力すれば、毎年表示されます。
それから、認知症になった人が「昔のことはよく覚えている」と言いますが、記憶のメカニズム上、確かに過去に経験したことのほうが記憶に残っているというのは事実です。
楽しかった旅行、美しい風景など、印象に強く残った事柄は、いつのことだったかは忘れてしまっても、その状況を思い描くことができるのは、長いあいだ何度も思い出して、記憶をアップデートしているからです。ですから、時に、事実より思い出は美化されてしまうことがあるのです。
■認知機能の保持につながる心理療法
こうした思い出のアップデートは、実は、認知症予防に役立ちます。
心理療法の一つで「回想法」と呼ばれるのですが、昔の写真を見ながら、過去にあったことを思い出すと、認知機能の保持につながるのです。
そのためにも、ぜひこれからアルバムを作ってください。最近は、スマホやパソコンに写真を保存しているだけで、プリントアウトしない人が多いと思いますが、写真をプリントしてノートやアルバムに貼り、そこへ簡単なコメントを残してほしいのです。
行った場所や、そこで何をしたのか、ケンカをしたとか、途中で起きたハプニングや一緒に行った人の反応などを文章で残しておくようにします。
時々、アルバムを見返すと、関連付けていろいろなことを思い出すために、認知機能が活性化されて、認知症予防になるのです。
それに加えて、「あんなこともあった。こんなこともあった。でも、それなりに頑張って今の自分がある」と自分をほめてあげるきっかけにもなります。
また、万が一、認知症を患った時に、家族がそのアルバムを見ることで、認知症になった人の人生を知ることができます。
でも、それが写真で残っていたら「ここは、どんな場所だったの?」と話をするきっかけになります。
■子どもやペットばかりでなく、自分もフレームに収まる
認知症になって徘徊が始まった人が、家にいるのに「家に帰る」と外へ出ていってしまうことがあります。よくよく話を聞いてみると「この家ではない家に帰る」というのです。
写真を見せてみると、昔住んでいた場所や職場に行こうとしていたことがわかりました。今住んでいる家の記憶が抜けても、昔の記憶は残っているのです。
最近は、断捨離が流行していますが、写真は捨てずに、アルバムにしましょう。
それから、写真に関しては、自分の写真をちゃんと撮っておきましょう。大人になると、「子どもやペットの写真ばかり」撮る人が増えてきます。それも良いのですが、時には自分も一緒にフレームに収まってください。
あなたの子どもが写真を見る時に、誰を見るでしょうか? 私たちがそうであるように、子どもたちも「自分は見たくない」のです。
「お母さんこんな服着ていたな」「オヤジ、この帽子お気に入りだったね」とか、そういう会話が楽しいのです。さらにはあなたが認知症になった時、命を終えたあと、家族にとって大切なものになるのです。
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平松 類(ひらまつ・るい)
眼科医 医学博士
愛知県田原市生まれ。二本松眼科病院副院長。「あさイチ」、「ジョブチューン」、「バイキング」、「林修の今でしょ! 講座」、「主治医が見つかる診療所」、「生島ヒロシのおはよう一直線」、「読売新聞」、「日本経済新聞」、「毎日新聞」、「週刊文春」、「週刊現代」、「文藝春秋」、「女性セブン」などでコメント・出演・執筆等を行う。Yahoo!ニュースの眼科医としては唯一の公式コメンテーター。YouTubeチャンネル「眼科医平松類」は30万人以上の登録者数で、最新情報を発信中。著書は『1日3分見るだけでぐんぐん目がよくなる! ガボール・アイ』『老人の取扱説明書』『認知症の取扱説明書』(SBクリエイティブ)、『老眼のウソ』『その白内障手術、待った!』(時事通信出版局)、『自分でできる!人生が変わる緑内障の新常識』(ライフサイエンス出版)など多数。
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(眼科医 医学博士 平松 類)