日米ともに最高値を更新している株式市場。この先、暴落が待っているのか。
Money&You代表取締役でマネーコンサルタントの頼藤太希さんは「市場が値上がりをしている間は、その値上がりに任せて投資を続けた方がベター。しかし、暴落時に大きなダメージを受けないためには、日ごろから準備しておいたほうがよいことがある」という――。
■暴落の予兆は見抜けるか
投資で成功を収めている人とそうでない人との差は「投資の解像度」の違いにあります。「投資の解像度」を上げるためには、「投資理論」「行動経済学」「地政学」「リスク管理」の4つの視点を学ぶ必要があります。その4つの視点を体系的に学び、鉄壁の投資術を身に付ける一冊として、8月29日に『投資の解像度を上げる 超インフレ時代のお金の教科書』をクロスメディア・パブリッシングから上梓します。今回は、暴落・バブルとの付き合い方、リスク管理の考え方を解説します。
2025年4月、米トランプ大統領は世界中の貿易相手国に対して関税を導入すると発表したことで、世界経済の後退リスクが懸念され、世界的に株価が下落しました。俗に言われる「トランプショック」です。
この間の主な株価指数を調べると、
●日経平均株価:3月28日終値3万7120円→4月7日終値3万1137円(-5983円・-16.1%)

●S&P500:3月28日終値5580ドル→4月8日終値4982ドル(-598ドル・-10.7%)
と、わずか10日間ほどで大きく下落したことがわかります。
関税の発表がきっかけで株価急落にはなりましたが、関税の話は突然出てきたわけではありません。トランプ大統領はすでにその前年、2024年の米大統領選挙期間中から今回のような関税の導入を訴えていました。
ですから、トランプ氏が米大統領選挙に事実上勝利した2024年11月5日、あるいは大統領に就任した2025年1月20日ごろに関税の導入が懸念されて株価が下落することがあってもよさそうなものです。
しかし現実はそうはなりませんでした。
■トランプ関税による暴落の予測は難しかった
今回の暴落前に予測できたのは、せいぜい「今後トランプ大統領の在任中に関税が導入されるかもしれない」という程度でしょう。何せトランプ大統領が自らを「タリフマン」(関税男)と呼んでいるくらいですからね。
仮に関税が導入されると予測できたとして、今回の暴落タイミングや規模を予測するまでは難しかったのではないでしょうか。米国が公表した相互関税の税率は、欧州連合(EU)20%、日本24%、インド26%、中国34%、ベトナム46%、カンボジア49%などとなっていました。
全世界に対してこれだけの高い関税を課してくることは、おそらく誰も想定していなかったはずです。「関税が導入されるかもしれない」は百歩譲って想定できても、そこから「関税が思ったより高い」を想定するのは難しいのです。
さらに、関税が思ったより高いから「世界同時株安が起こる」まで想定するのは困難です。関税がどのように導入されるか、トランプ大統領が国内・国外の声にどう耳を傾けるのか、各国とどのように交渉するのか、関税の引き下げはあるのかなど、不確定な要素はどんどん増えていきます。
■株価暴落の要因は7つある
株価暴落が起こったあと、2025年4月10日に相互関税導入を90日延期すると発表したことで、株価は急騰しました。トランプショックを経て、直後に日経平均が1日で2894円もの上昇を見せるなんて、誰が予想できたのでしょうか。
これらの不確定な要素をすべて想定して、ひとつひとつ対処していくことはできません。

株価暴落の原因として挙げられるものには、大きく分けて「バブル」「景気後退」「為替」「政策金利」「政治・選挙」「戦争・テロ」「天災」の7つがあります。
バブルや景気後退、為替が懸念されての暴落は、突然起こるように見えます。戦争やテロの発生を前もって予想するのは不可能でしょう。
FRB議長や日銀総裁、首相などの発言や動向も暴落の引き金になりえます。特に、突然これまでのスタンスと異なる発言をした場合に市場はサプライズ的な暴落を見せます。2013年のバーナンキショックは、FRB総裁のバーナンキ氏(当時)が突然量的緩和の縮小を示唆したことで発生した下落です。2024年にも日銀の植田総裁が利上げの見通しを示したことで市場が下落しました。岸田政権(当時)、石破政権の誕生時にも株価は下落しています。
■暴落の可能性を示す「VIX指数」と「シラーPER」
暴落の可能性を示すバロメーターとしては、「VIX指数」と「シラーPER」があります。VIXは「Volatility Index」の略で、今後30日にどの程度価格が変動するかという「変動性」(=ボラティリティ)を示す指数。シカゴ・オプション取引所がS&P500を対象とするオプション取引の値動きをもとに算出・公表しています。
VIX指数は通常10~20程度なのですが、数字が高くなると市場が不安定になり、株価が下落する恐れがあると判断されることから「恐怖指数」とも呼ばれています。

1990年以降のVIX指数を見ると、2008年のリーマンショックや2020年のコロナショックといった歴史的な暴落では80を超えているほか、30以上になることも往々にしてあることがわかります。2025年4月のトランプショックの際には50を超えていますから、市場にとってはかなり大きな出来事だったといえるでしょう。
ただ、たとえばリーマンショックのきっかけとなったリーマンブラザーズの破綻は2008年9月15日でしたが、2008年内でVIX指数がデータ上もっとも高くなったのは2008年11月20日(80.86)ですので、VIX指数を見て暴落が来ることを判断するのは難しいと言えます。暴落が来る可能性を指し示してはいますが、確実に暴落するという保証はありません。
■「シラーPER」25倍超は危険水準
シラーPERはノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー教授が開発した指数。CAPEレシオとも呼ばれます。株価を過去10年間の1株当たり純利益(インフレ調整済み)の平均値で割って算出します。
シラーPERは株価の割高・割安を測る指標。一定期間25倍を超える割高状態が続くと、その後暴落が起きると考えられています。
2000年に発生したITバブルの崩壊前には、シラーPERが25倍どころか40倍を突破するなど、かなりの割高水準となっていたことから、ITバブルの崩壊を予見した指標としても知られています。近年、シラーPERはじわじわ上昇しており、30倍を超える時期もあることから、暴落を懸念する声もあります。
このように暴落可能性を示すバロメーターはあるものの、暴落がいつ起こるかを予測することは難しいのが現実です。

■「正規分布」と「べき分布」どちらが有効?
ランダムな出来事は予測ができないのですが、確率に基づいて発生することはわかっています。ランダムな出来事が何度も繰り返すと、ある一定の出来事が起こる可能性がもっとも高くなり、そこから離れるほどその出来事が起こる可能性が少なくなります。これを「正規分布」といいます。
たとえば、2つのサイコロを振ったときの和でもっとも多いのは7です。振った回数が少ないときは極端な結果が出ますが、何千回、何万回と振るとおおむね確率どおりになるでしょう。そして、7を中心にして離れるほど出る可能性が少なくなります。
正規分布のグラフは、左右対称の釣鐘型(ベルカーブ)を描きます。株価の変動がランダムだと考えると、現在の株価を中心にして、そこからの変動の具合(標準偏差)を記した正規分布のグラフができあがります。株価の変動が激しい銘柄ほど左右の広がりが大きくなり、反対に変動が緩やかな銘柄ほど左右の広がりが小さくなります。
実際のところ、株価の推移は正規分布を描くのでしょうか。図表3は、過去50年(1975年4月~2025年3月)の日経平均株価の月次騰落率(当月の終値÷前月の終値-1)の分布をまとめたものです。
■「正規分布」の欠点とは
ぴったり左右対称ではないものの、おおむね正規分布を描いていることがわかりますが、よく見ると正規分布には収まらない、極端なデータがあることもわかります。

2008年10月には、-23.8%と大きく下落しています。この50年の間で、この次に大きく値下がりしたのは1990年9月(-19.2%)ですから、2008年10月の値下がりはとても激しかったことがわかります。
前月の2008年9月に、リーマンショックによる世界的な株価暴落がありました。その影響で、日経平均株価は2008年10月28日にバブル後最安値となる安値6994円をつけるなど、大きく下落しました。
反対に1990年10月には、20.1%と大きく上昇しています。こちらもデータを見ると、50年の間でこの次に大きく値上がりしているのは1986年3月(16.3%)ですから、1990年10月の値上がりもまた特筆すべきものだとわかります。
正規分布の考え方では、中心から離れるほど起こる可能性が減ります。しかし、実際にはたった50年、600カ月のデータを調べただけで2回も極端なデータが発生しています。つまり、正規分布の考え方では、このような極端なデータが生じることを説明することができないのです。
■暴落に備えるなら「べき分布」が重要
そこでもうひとつ、押さえておきたい分布に「べき分布」があります。べき分布の「べき」は累乗のことで、同じ数を何度も掛け合わせることで生じる分布と考えておけば良いでしょう。べき分布では、極端なデータが正規分布よりもよく現れます。

たとえば、日本の世帯の所得金額を階級別に見ると、平均所得金額は536万円、中央値は410万円です(厚生労働省「国民生活基礎調査の概況(2024年)」)。
グラフで見ると、平均所得金額や中央値に満たない世帯もわりとある一方で、所得が1000万円、2000万円以上と、平均所得金額や中央値よりもはるかに多い(極端なデータの)世帯もあることがわかります。これは、べき分布の特徴のひとつです。
1000万円、2000万円以上のような世帯は、べき分布で考えると正規分布でイメージするよりも多く発生していることがわかります。このように極端な値が頻繁に発生することを「ファットテール」といいます。「すそ野が広い」といった意味です。
■大地震も「べき分布」なら想定可能
地震の大きさと発生頻度の関係も、べき分布で表されます。小さな地震はたくさん起きるのに対し、大きな地震はめったに起きません。地震の規模を表すマグニチュードが1増えると、地震のエネルギーは約32倍になります。2増えると32×32=約1024倍です。それだけに、大地震がひとたび発生すると甚大な被害が生じるのです。
ただ、正規分布で考えると起きない「想定外の大地震」も、べき分布で考えていれば想定外ではなくなります。
巨大地震への備えとしては、べき分布で常に考え、ファットテールの事象が発生したときの想定損害規模の把握はもちろん、コンティンジェンシープラン(被害を最小限に抑えるための計画)の策定やシミュレーションなどを行っておくことが重要になってきます。
正規分布とべき分布を比べると、図表5のとおりです。
べき分布には、極端なデータの発生確率が正規分布よりも高いという特徴があります。投資でもファットテールの事象が起こり得ることは、リーマンショック・コロナショック・ウクライナショック・トランプショックなどの事例からも明らかです。
よって、投資におけるリスク管理も、「正規分布」よりも「べき分布」で考えておき、暴落が起こっても耐えられるように備えることが大切になります。
■音楽が鳴っている間は踊り続ける
不確実性に対処するために必要なのは、何が起こるかを予測して、その予測に基づいて準備することではないことがおわかりいただけたでしょう。これから起こることの予測はできないからです。今がバブルなのか、バブルがいつまで続くのか、そして暴落がいつやってくるのかを考えることには、あまり意味がありません。
お金を増やす観点で考えれば、市場が値上がりをしている間は、その値上がりに任せて投資を続けた方がベターです。米シティグループCEO(当時)のチャック・プリンス氏は、リーマンショック前夜ともいえるサブプライムローンの焦付きが明るみに出てきたときに「音楽が鳴っている間は、踊り続けなくてはならない」と語ったといいます。
市場の値上がりが、仮に根拠のないバブルだとしても、他の機関投資家(ライバル)が稼いでいるなか、自分だけ投資をせずに稼がないわけにはいかないという意味です。
■何が起こっても対処できるようにしておく
ただ、いつまでも音楽が鳴り続けているわけではありません。音楽が鳴り止んでいるにもかかわらず、いつまでも浮かれて踊っていると、大きなダメージを喰らってしまいます。値上がりを活用してお金を増やしながらも、一方では冷静に市場を見ることが必要なのです。
音楽が鳴り止んだときに備えるためには、「何が起こっても対処できるようにしておくこと」が大切です。
バブルや暴落が起こったときにどうするのか投資方針を決める、暴落時に備えて現金比率は一定水準を維持するなど、方針を決めて投資を実践することが大切です。
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頼藤 太希(よりふじ・たいき)

マネーコンサルタント

Money&You代表取締役。中央大学商学部客員講師。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生命保険会社にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に現会社を創業し現職へ。ニュースメディア「Mocha(モカ)」、YouTube「Money&YouTV」、Podcast「マネラジ。」、Voicy「1日5分でお金持ちラジオ」、書籍、講演などを通じて鮮度の高いお金の情報を日々発信している。『はじめての新NISA&iDeCo』(成美堂出版)、『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)、『マンガと図解 はじめての資産運用 新NISA対応改訂版』(宝島社)など書籍100冊、著書累計170万部超。日本証券アナリスト協会検定会員。宅地建物取引士。ファイナンシャルプランナー(AFP)。日本アクチュアリー会研究会員。X(@yorifujitaiki)

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(マネーコンサルタント 頼藤 太希)
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