■肉ばかりの食生活では圧倒的に不足する栄養素
ミネラルとビタミン。どちらも人間が生きていくために欠かせない栄養素だ。女子栄養大学の川端輝江教授によれば、肉料理と魚料理を比較したとき、カルシウムやカリウム、鉄などといったミネラルの割合はほぼ変わらない。大きく異なるのはビタミンのほうで、特にビタミンDとビタミンB12である。このうち、ビタミンDについては日本人の98%が不足していることがわかっている。
「ビタミンDは魚のほうに圧倒的に多く含まれており、肉料理から食事摂取基準値に達するのは難しいと言えます。実際、成人日本人の1日のビタミンD摂取量を100%としたときに77%は魚から得ているという調査結果があります。ビタミンB12のほうは64%が魚からの摂取です(令和5年国民健康・栄養調査)」(川端教授)
カルシウムの吸収を助けたり免疫機能を調節したりする役割があるビタミンDが欠乏するとどうなるか。骨密度が低下して骨折しやすくなる。子どもの場合は骨の成長障害が起こる。高齢者は認知機能の低下やリウマチなどの自己免疫疾患のリスクも高まってしまうという報告もある。
「ビタミンB12も重要です。中枢神経系を含む体内の様々なシステムに影響を与える必須ビタミンであり、不足すると知覚異常・視力障害・倦怠感・集中力低下などが見られます」
■食卓に魚を効果的に取り込みたい
夏に食べたい魚の一つがイトヨリだ。ビタミンDを比較的多く含む魚種で、真鯛のようにコクがある白身でありながら肉質は優しくほぐれ、皮に甘みと香りがある。ピンクがかった赤色の体には頭から尾ビレにかけて淡い黄色と白色の帯が走っており、その味と美しさで高級なレストランや料亭でも使われる魚だ。店に並ぶ頻度はそれほど多くはないが、値段は手ごろでおいしいので、見つけたら買ってみよう。
「魚は季節感が大事。夏においしくなるイトヨリはその涼しげな色合いをまずは楽しんでほしい。だから、色を生かせる料理がおすすめ。衣を薄くつけた天ぷらやあらも使った透明なすまし汁、などだね。加熱するとふんわりとして、骨から身を外しやすいのもイトヨリの特徴だ」
この時期にイトヨリを丸ごと買って食べる意義を教えてくれるのは元水産庁職員で鮮魚店「サカナヤマルカマ」(神奈川県鎌倉市。以下、マルカマ)のアドバイザーを務める上田勝彦さん。長崎大学水産学部在学中から漁船に乗り、1991年に水産庁に入庁。
■水分多めで身が柔らかい魚は塩で引き締める
この日にマルカマに並んでいたのは鹿児島の阿久根から送られてきたイトヨリ。友人の4人家族と一緒に食べる予定なので、丸々と太った2尾を買わせてもらった。上田さんが教えてくれた料理は、「衣薄めの天ぷら」「筒焼き」「上等なすまし汁」の3品。共通するのは塩を有効に使うことだ。
「イトヨリは水分が多めで身が柔らかい。振り塩をして引き締めると味に断然迫力が出るよ」
まずは天ぷら。三枚におろしたイトヨリに軽く塩を振り、皮をつけたまま一口大に切り分け、天ぷら粉を軽くまぶす。これを打ち粉と言い、均一に衣がついてきれいに仕上がる。
次に筒焼き。5センチ幅に骨ごとぶつ切りにしたイトヨリを使うのがポイントで、「骨付きのまま焼くとうまみ成分が含まれたエキスが流出しにくい」と上田さんが教えてくれた。ぶつ切りにしたイトヨリは塩を薄くまぶして1時間ほど置き、加熱しやすいように包丁で切れ込みを入れ、グリルで両面を焼く。焼き上がったら、骨抜きなどを使って骨を抜いて皿に盛り付ける。
最後にすまし汁。天ぷらと筒焼きでは使わなかったあら(頭、カマ、骨)をベースにする。イトヨリに限らず、たいていの魚のあらからは良質なだしがとれる。捨てずに有効活用するのがお得だ。なお、あらは使う前に流水で血抜きすると臭みが軽減される。
「昆布を入れた鍋に水とあらを入れて火をつける。
上田さんによれば、湯がボコボコと沸騰した状態だと魚の水分も沸騰してうまみも水中に流出する。だしをとるときにはこれで良い。一方、沸騰させずに水面がフツフツと揺らぐ程度に火加減を保つと、魚に火を通しつつもうまみは外に逃げない(湯煮)。だしをとるのか身を味わうのかで湯の温度を使い分けることが重要なのだ。
■皮ごとさっぱり食べるなら「酢締め」が簡単
イトヨリ料理の実践するために台所を貸してもらったのは高校時代からの友人宅。筆者の友人(夫のほう)は外資系企業勤務、妻は大学教員という夫婦で、杉並区内の一軒家に大学生と高校生の息子さんたちと4人で住んでいる。料理をするのは奥さんのみ。勤務先の大学から帰宅してから高速で夕食を作って男3人に食べさせているらしい。台所を貸してもらう代わりにおいしい魚料理を友人と一緒に作って、グルメかつ酒飲みの奥さんを労うことにしたい。
「トウヨウくんに料理を教えてもらいなさい、と言われたよ。
当日にメニューを伝えたところ、天ぷらは封じられてしまった。片付けがやや面倒な揚げ物は自宅で作らない家庭は珍しくないので、想定内。実は上田さんに油を使わずに皮を生かした料理をもう1品教えてもらっていた。イトヨリの皮は、コラーゲン質が多く薄いので、酢に浸すと皮ごとおいしく食べられるらしい。つまり酢締めである。作り方は簡単で、三枚におろしたイトヨリの血合い骨を抜き、皮つきのまま塩にまぶし30分ほど置き、塩を洗い流してから昆布をしいた酢に浸す。酢の量は身の厚さの3分の2くらいでよい。まずは身側を下にして浸し、白っぽくなったら皮側を下にして冷蔵庫で1時間ほど。酢の力で皮が膨らみ柔らかくなる。暑い時期は酸味が体に嬉しい。この酢締めを一品目にしよう。
イトヨリは身が厚く、脂ものっており、うまみの強さが際立っていました。
後日、奥さんから送られてきた感想文である。上田さんからイトヨリは身が柔らかいので腕が試されると聞いてはいた。筆者の腕が悪くて見た目がいまいちな料理ばかりだったが、味に関する前向きな内容ばかりで励みになる。さすが教育者……!
■ビタミンDをもりもり取り入れられる調理法
筒焼きは筆者には難しかった。グリルではなくフライパンで焼いたところ皮がはがれてしまったのだ。せっかくの美しい見た目が台無しである。なんとか火を通したが、骨を抜いたら身がさらにボロボロになりそうなのでそのまま食卓に出すことにした。気をきかせた奥さんがすまし汁用の三つ葉をのせてくれ、見た目もそれなりになった。
ビタミンDは日光に当たることで皮膚でつくられるが、オフィス内で働いている人は不足しがちなので食事かサプリで摂取することが望ましい。なお、ビタミンDは熱に強く、調理過程で加熱しても失われない。脂溶性なので油との相性も良い。つまり、魚を炒めたり揚げたりしておいしく摂取するのが一番なのだ。
大学生と高校生の息子くんたちは普段はすまし汁を「魚臭い」と言って敬遠するらしい。でも、今回の汁は喜んで飲んでくれた。信頼できる魚屋で新鮮な魚を選んでもらい、下処理やあく取りなどをちゃんとやれば、魚本来の個性を臭みなく家庭の食卓で味わえる。10代20代の人たちにも多様な魚を丸ごと利用する楽しさを知ってほしいな。必須ビタミンが彼らの健康と成長を支えるだけでなく、生きる力の向上にも直結している気がする。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)