■透明化される性的主体としての男性イメージ
「デキる男」はテストステロン(男性ホルモン)値が高く、性欲が強く性的に活動的である、という捉え方は多くの場面で見受けられます。
そのような異性愛男性の視線や性欲の作動を前提として、「エロ」としての女性、すなわち性的対象=客体としての女性のイメージは際限なく作り出される一方で、それを見る側として設定される男性の存在は透明化されます。
性的主体としての男性個人の不可視化については、本書の序章で「コンプレックス訴求と顔のない男たち」として指摘しています。加齢に伴って身体が衰え、性的な能力が低下することは、男性にとって自尊の感情を保つことが困難になるために、男性の顔がない(顔の部分をトリミングする)、あるいは記号やイラストレーションを用いて抽象化・匿名化した上で、コンプレックス訴求がなされます。このような表現方法は、公共広報である痴漢防止ポスターの表現に生じる課題に通じるものがあります。
その課題とはすなわち、痴漢という性加害行為を批判・糾弾して、抑止する側を具体的に描くことはできても、加害する側、具体的な犯人像を描くことはできず、またそれがゆえに、啓発・注意喚起としての表現が説得力に欠けたものになるということです。
男性にとって、「性的な能動性」が魅力や活力と結びつけられることなく、他者(多くの場合は女性)に対して「加害的な力」を行使する存在として描写されることは、見る側にとっても耐えがたいほど不快に感じられ、心理的に負荷がかかるのでしょう。
■氾濫する性的対象としての女性イメージ
「性的対象としての女性」のイメージには、実在する女性のみならず、いわゆる萌え絵、ゲームやマンガのキャラクター、アプリによる画像加工、AI画像など、イメージとしてのみ存在する女性像も含まれます。
スマートフォンの普及やAI技術によって、膨大な量の画像や映像を生産し、視聴する環境がもたらされました。情報環境の変化や画像技術の進歩が、性的なイメージの生産と受容のあり方をも大きく変えてきたのです。
性欲や性的な情動は極めて個人的なものです。しかしそれと同時に、「女性を性的対象として扱う態度や意識」は、集団的な振る舞いを通して、男性同士のホモソーシャルな関係の中で学習して身につけるものであり、社会的に形成される側面が強いことも事実です。
前回で紹介した「バカとエロの大縄跳び」になぞらえられていたのは、性の意識が個人的な経験としてだけではなく、男性同士で体験を示しあったり、セックスをした女性の数を競いあったりするような経験を通して表現されるものでもあるということです。その中で、女性のイメージは男性の間で共有物として扱われます。
■「男磨き界隈」の行動指針とは
近年、主にインターネット上で展開する「男磨き界隈」という現象は、このような男性の性的な能動性、集団としての振る舞い、さらにはその中で形成・共有される女性のイメージについて考える上で興味深いものです。
筆者が「男磨き界隈」という言葉を初めて耳にしたのは、ポッドキャスト番組「桃山商事」のエピソード「爆美女とは天竺(てんじく)である 男磨き界隈を考える」でした(*1)。
「男磨き」とは、生活習慣を整え、トレーニングジムで身体を鍛え、スキンケア・ヘアケアに取り組み、食生活に気を遣い、居住環境や精神面を整えることによって、心身を「磨く」活動全般を指しています。「男磨き界隈」とは、「男磨き」に取り組む男性たちがソーシャルメディア上で情報発信・交流する場のことです。
「○○界隈」とは、「コミュニティ(共同体)」ほどには明確な帰属意識によらない、関心事や活動を共有する、ゆるいつながりや人の集まりを指します。「男磨き界隈」で共有されている目的・行動指針は「デキる男」になること、すなわち強靭な肉体を手に入れて成功し、金を儲け、女性にモテる(「男磨き界隈」では「爆美女を抱く」と表現されます)ようになるという至極シンプルなものです。
■メンズコーチ・ジョージが発信する心構え
近年、さまざまな「界隈」での活動を通した消費が「界隈消費」と呼ばれ、マーケティング分析の対象にもなっていますが、「男磨き界隈」は男を磨くための消費活動に邁進(まいしん)するインフルエンサーと、彼らをフォローして行動を模倣し、「男らしさ」という価値観を信奉する人たちの集合体とみなすこともできます(*2)。
「男磨き界隈」を代表するインフルエンサーで、2024年初めにTikTokやYouTubeのショート動画で注目を集めたメンズコーチ・ジョージは、「強い男を取り戻す」ことをモットーとして動画やポッドキャスト番組で発信し、「男磨き」の心構えを説いて熱心に指導(コーチング)する活動や事業を展開しています。
彼は画面越しの視聴者に対して煽り、断言するような強い語調で、現状に甘んじたり怠惰に過ごしていてはダメだ、身体を鍛えて身綺麗にしろ、そうしないと成功できない、女性から相手にされない、といった発言を繰り返します(図版1)。
■「男磨き」から欠落している観点
その中で連発される「厳しいって」「危機感持った方がいい」というフレーズはネットミームとして広まり、小中学生も含む若年層を中心に流行語にもなりました(*3)。
桃山商事のメンバーが「男磨き界隈」に集う男性たちの価値観やソーシャルメディア上での発言をめぐって話を繰り広げる中で、とくに議論が白熱していたのは「男磨き界隈」に集う男性たちが女性に対して示す態度です。
繰り返しになりますが、彼らが「男磨き」をする目的は「爆美女を抱くこと」です。彼らは女性を、「男磨き」をすることによって獲得できる成果報酬とみなしており、その認識からは女性の人格や意思、人権を尊重する観点が欠落しています。
後に桃山商事の代表である清田隆之は、著書『戻れないけど、生きるのだ 男らしさのゆくえ』でこの番組の内容とリスナーからの反響について触れ、「男磨き界隈」のメッセージが「『強者男性が支配権を有する』という家父長制的な世界観、女性をケアとセックスの役割に押し込めようとするミソジニー的なジェンダー観、能力主義や自己責任論をベースとするネオリベ的意識……など、この社会に蔓延(まんえん)し、多くの男性たちが内面化してしまっている価値観がブレンドして形成されている」とまとめています(*4)。
■いかに非モテから一発逆転するか
番組を聴いた後に、男性向け美容広告の受容と影響という観点から「男磨き界隈」に興味を持った筆者は、X(旧Twitter)で「男磨き」という言葉をユーザー名に含むアカウントを検索しました。
いずれのアカウントもプロフィール欄で、自分がいかに熱心に「男磨き」に取り組み、どれほどの成果を挙げているのかということを、稼いだ金額や、ダイエットや筋トレの成果、交際・セックスした女性の数を挙げてアピールする文言で綴っています。
「男磨き」のメソッドを取り入れることによって、いかに不遇な非モテの境遇から一発逆転して脱却し、飛躍的にランクアップできたのかを強調するのが「男磨き」アカウントのプロフィール欄に共通する特徴です。
またタイムラインには、「男磨き」を実践する上での日々の行動指針や信条、「非モテ」から脱却するためにするべきことを列記する投稿と自己啓発的な発言のリポストが、情報商材を販売するbotのように延々と続きます。
■ベースにある軍隊的な価値観
投稿の文面は、自己啓発書のタイトルや目次、男性向けの美容・脱毛・サプリメントなどの広告の文言をそのまま鵜呑みにして反復するかのようにフォーマット化されていて、判で押したように似通っています。
「男磨き」アカウントを眺めていると、清田が指摘する能力主義・ネオリベ的な意識が自己増殖して群れを形成しているように思われてきます。
ソーシャルメディアを通して漏れ伝わってくる情報の寄せ集めとしてしか「男磨き」について知り得ない筆者にとっては、それらのアカウントから発信されている情報がどれほど実態を伴っていて、影響力を発揮しているのかは推測の域を出ません。
しかし、この界隈では、彼らが設定する評価基準に基づく階層意識、上下関係を重んじる体育会的・軍隊的な価値観がベースになっていることがうかがわれます。
*1 桃山商事は、文筆業の清田隆之、会社員の森田、ワッコ、さとうの4人によるユニット。ポッドキャスト番組はその活動の一環で、ジェンダーや諸々の関心事、生活、社会課題に関わるテーマを座談という形で発信しています。
「Ep12. 爆美女とは天竺である 男磨き界隈を考える」2024年10月3日配信
*2 博報堂・SHIBUYA109 lab.「Future Evangelist Report vol.3 界隈消費」2024年
*3 ニフティ株式会社「【調査結果】2024年に小中学生がよく使った言葉1位は『厳しいって』。よく耳にした音楽1位は『はいよろこんで』(こっちのけんと)」PR TIMES、2024年11月28日
*4 清田隆之『戻れないけど、生きるのだ 男らしさのゆくえ』太田出版、2024年、pp.195-198.
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小林 美香(こばやし・みか)
写真・ジェンダー表象研究者
国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画、雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。2007~2008年にアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年から19年まで東京国立近代美術館客員研究員を務める。東京造形大学、九州大学非常勤講師。著作に『写真を〈読む〉視点』(単著/青弓社/2005)、『〈妊婦〉アート論 孕む身体を奪取する』(共著/青弓社/2018)、『ジェンダー目線の広告観察』(単著/現代書館/2023)刊行。アメリカの漫画家マイア・コベイブの自伝作品『ジェンダー・クィア 私として生きてきた日々』(サウザンブックス社/2024)の翻訳を手がけた。
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(写真・ジェンダー表象研究者 小林 美香)