※本稿は、藪正孝『暴力団捜査とインテリジェンス』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■信販会社を説得して「数百円の詐欺」を検挙
福岡県警の暴力団取締りの特徴の一つに、「あらゆる法令の活用」がある。暴力団取締りでは、基本的な刑罰法である刑法に加え、罰則規定がある特別法を積極的に活用し、微罪でも逮捕するというやり方だ。それに対する暴力団側の不満は強かった。
最近では、大阪府警が弟名義のETCカードを使い料金割引を得たとして、山口組秋良連合会会長を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕した。令和6年5月、同会長に対し大阪地裁は懲役10カ月の有罪判決を下した。
ETCカードではないが、私が関わった工藤會に対する事件検挙で、工藤會側から特に不満の声が大きかったのが、クレジットカード詐欺による検挙だった。
定職がなく暴力団員である者はクレジットカードを作ることができない。このため、工藤會主要幹部らのクレジットカードの所有状況を捜査した。その結果、執行部と呼ばれる最高幹部クラスを含め複数の幹部が、無職であるにも拘わらず、実在しない会社の経営者を名乗るなど、虚偽の申立てを行ってクレジットカードを作成していたことが判明した。
当時は、信販会社の多くが被害届の提出に消極だったが、担当班長らがそれら信販会社の本社に赴き、状況を説明した結果、信販会社側も被害届を提出してくれた。
既に時効が成立しているものを除き、カード会社からクレジットカード1枚(数百円相当)を欺し取ったとして、複数の工藤會幹部を逮捕した。
■取調べで噴出した組長批判
またある襲撃事件では、関係者からの情報収集により実行犯を特定できたが、本件で逮捕するだけの証拠は不十分だった。
担当班長からの提案により、この組員を道路交通法違反容疑で逮捕することとした。この組員は主に組長の運転手をしていたが、違反が重なり免許停止となっていた。だが引き続き運転を続けている模様だった。
1回の無免許運転なら通常は赤切符処理で終わる。逃走等すれば逮捕できるが、通常、勾留は認められない。
この組員の行動を監視すると、毎日のように運転を続けており、その状況をビデオ撮影することができた。常習的無免許なら悪質性が高く勾留が認められる可能性が高い。私たちは勝負にでることにした。幸い、検察、裁判官の理解を得られ組員は勾留となった。
無免許運転の証拠が揃い逃げられないことを悟った組員は、常習的無免許運転を認め起訴された。
組員は免許停止となった後も、組長から運転や使いっ走りを命じられ、自由もなく不満を募らせていた。取調べの合間の雑談でも組長への不満を隠さなかった。
襲撃事件については、別件逮捕との批判を受けないよう、道路交通法違反で起訴後に取調べを開始した。間もなく、組員は自らが襲撃事件の実行犯であることを認め、更には自分に犯行を指示した組幹部についても供述してくれた。組長の指示命令までは立証できなかったが、その他の状況証拠も揃い、指示者の組幹部までは検挙、有罪を獲得することができた。
■捜査員と暴力団ナンバー2の意外な接点
私が、道仁会の本部がある久留米の署長だった当時のことだが、たまたま、県警自動車警ら隊の隊員が、ある指定暴力団幹部を覚醒剤所持で現行犯逮捕してくれた。営利目的、組織的犯行と認められたので、その暴力団の本部事務所やトップの自宅に対し、捜索差押許可状を得て捜索を実施した。その際、捜索の現場責任者に、当時新たに設置した特命係の係長を指名した。
特命係長の警部補は、警備部門で長らく活躍し、久留米署に異動してきたばかりだった。暴力犯はおろか刑事経験も皆無だった。係長は刑事管理官と警察学校の同期生だった。
暴力団トップの自宅を捜索した際、トップに、「時にはお話を聞かせていただけませんか」と係長は申し入れを行った。だが、その暴力団トップは、「うちは何かあれば地元署に相談する。管轄外のお宅たちとはお話ししない」と申し立て、接点作りは失敗した。
トップの自宅の捜索に続いて、本部事務所の捜索を実施した。その暴力団のナンバー2の幹部が捜索に立ち会った。全くの偶然だったが、係長とその幹部は学年が一緒、いわゆる同級生だった。何気ない会話から、それを知った幹部は雑談にも応じた。さらに、係長の今後の協力依頼に対しても快諾してくれた。以後、その幹部と係長との関係は維持された。
■ヤクザが警察に出頭するワケ
あらゆる法令のほかに活用したのが、それら最高幹部と直接話ができる人物を介するやり方だ。福岡県警でも以前は、公然と暴力団幹部や暴力団員と直接接触し、情報を得るやり方が行われていた。
幸い、最高幹部らは工藤會対策を担当するこちら側との接触を拒否しなかった。恐らく、工藤會対策を最重点に取り組んでいた福岡県警側の反応も気になり、工藤會担当捜査員と話をする気になったのではないだろうか。
暴力団の最高幹部らと捜査員が接触していたというと、何らかの取引等が行われたのではと疑う読者もいるかもしれない。
過去において、少なくとも一部では、警察と暴力団との間で取引まがいのことが行われていた。しかし、それはどう考えてもおかしなことだ。
福岡県では考えられないことだが、最近の山口組分裂に伴う抗争事件でも、相当数の事件において、襲撃を行った暴力団員が警察に出頭し逮捕されている。神戸山口組側に比べ、山口組側が多いようだ。それらについても警察と暴力団との間で取引があった訳ではないだろう。恐らくは、敢えて名乗りを上げることによって、山口組側が神戸山口組等への攻撃の手を緩めないことを示す意味があるのだろう。しかし、初めから逮捕されるつもりなら襲撃など行うなと言いたい。
■駆け引きはあっても取引はない
組織的かつ暴力的犯罪集団である暴力団と、それを取り締まる警察とは本来、「水と油」で対立関係にある。
私が工藤會対策を含め暴力団対策で徹底したのは、正々堂々ということだ。相手があることだから、時に駆け引きはあっても取引をしたことはない。
そして原則、取締り担当と情報収集担当とは完全に切り離して運用した。
接点を持つことができた他団体の幹部についても、特段の便宜を図るなどはしない。そして彼らは、自分たちに都合の悪い話はもちろんしない。
何より、直接、面と向かって話をすることにより、敢えて口に出さなくても、ある程度までは相手の意図を理解することができる。
外交においても、アメリカと中国のように、互いに緊張関係にあっても外交トップ、時には首脳同士が直接会って対話を続けようとしている。暴力団対策においても同様だ。
そして大事なことは、人の話はしないということだ。既に報道されたり、彼らの世界で広く知られたりしていることについては別だが、人の話を軽々しくするような捜査員に対し、内密な話や機微に触れる話などは聞かせてくれない。
暴力団は建前にすぎなくても仁俠団体を標榜している。
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藪 正孝(やぶ・まさたか)
福岡県警元刑事
1956年福岡県生まれ。1975年福岡県警の警察官となる。2003年捜査4課に新設された北九州地区暴力団犯罪対策室副室長に就任。主に工藤會対策を担当。工藤會トップが関与したと言われる市民襲撃4事件のうち3つの捜査に関わる。2016年福岡県警を定年退職。2016年から2021年まで、公益財団法人福岡県暴力追放運動推進センター専務理事を務める。著書に『県警VS暴力団 刑事が見たヤクザの真実』(文春新書)、『福岡県警工藤會対策課 現場指揮官が語る工藤會との死闘』(彩図社)、『暴力団捜査 極秘ファイル』(彩図社)。
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(福岡県警元刑事 藪 正孝)