圧倒的な成果を出す人は何が違うか。相撲ライターの西尾克洋さんは「相撲の世界で、まるで名物社長やワンマン社長のような強烈な個性を持っていた朝青龍は、圧倒的なスピードで大相撲のあり方そのものを進化させた。
一方で、奔放さゆえに大相撲に打撃を与えもしたが、その奥底には人間性の深さがあった」という――。
※本稿は、西尾克洋『ビジネスに効く相撲論』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「変わり者」を地で行く横綱・朝青龍
ある相撲記者から聞いた話ですが、横綱が持つ資質の一つに「変わり者であること」があるそうです。新しいものを作り、リスクを取って突き進む姿勢は、ベンチャー企業の社長にも共通する資質のように思えます。
横綱に必要なのは、誰よりも強くなり、そして強くあり続けること。
これを探求するためには、他の人とは異なる感性や、少し変わった部分が必要だといえるでしょう。
ここでおもしろいのが、大関までの力士には「変わり者」といわれるような存在は少ないということです。
さて、一風変わった力士という視点で横綱をとらえたときに思い浮かぶのが朝青龍(あさしょうりゅう)です。朝青龍は幕内優勝25回を達成し、若貴時代の終わりにあらわれ、強豪力士たちを次々に抜いて世代交代を成し遂げました。
2010年までは朝青龍の時代ともいえるような、ずば抜けた力士でした。
■圧倒的なスピードで「常識」が「非常識」に
朝青龍を“スポーツとしての相撲”の視点で見ると、彼がもたらした革命的な要素は「圧倒的なスピード」です。
それ以前の大相撲を席巻していたのは、曙や武蔵丸といったハワイ勢。

つまり、ハワイ勢にどう挑むか? という構図で大相撲が存在していたということです。
しかし朝青龍は、そのスタイルを一新。
速さとしなやかさ、荒っぽさを武器に、体格やパワーに頼らない新しい相撲スタイルを確立させたのです。
これにより、200kgを超える力士が激減しました。
朝青龍はただ強いだけでなく、大相撲のあり方そのものを進化させました。
彼は今の相撲に続く道を作った大功労者といえるでしょう。
■朝青龍が大相撲に与えた負の影響
しかし一方で朝青龍は、その奔放さゆえに大相撲に打撃を与えたことも事実です。
相撲界では先輩である解説者の舞の海(まいのうみ)氏に対して「顔じゃない」(分不相応だ)と言い放ったり、土俵上でガッツポーズをしたり、取組後に白鵬と一触即発状態に陥ったりと、土俵内外で横綱らしからぬ言動が目立つようになりました。
ここまでならまだ態度の悪い横綱という範囲の話なのですが、2007年の夏巡業で休場届を出しながらモンゴルでサッカーに興じている様子が報じられ、2場所出場停止処分を受けたこともありました。
また、2010年1月には酒に酔って知人男性に暴行を働き、鼻を折るケガをさせたことが判明し、責任を取る形で現役を引退しました。
一連の不祥事もさることながら、数々の騒動が大きく報じられ、相撲界の品格が問われる結果になり、観客動員は激減。同時期に発生した八百長問題や野球賭博、暴行事件などもあり、大相撲は冬の時代を迎えることになります。

しかし、朝青龍の奔放さは、豪快で親しみやすいキャラクターとしてファンに愛されました。CMに出演し、「ファン太郎」に扮してコミカルな演技をしたり、大阪場所の優勝インタビューで「大阪の皆さん、おおきに!」と言って大喝采を浴びたりする場面もありました。
現在も、朝青龍はⅩにて甥の横綱・豊昇龍(ほうしょうりゅう)の取組結果に喜怒哀楽を見せ、ネットニュースで取り上げられています。Ⅹでの発言が逐一ニュースになる元力士は、朝青龍くらいのものです。
朝青龍の独特なキャラクターは、まるで名物社長やワンマン社長のような強烈な個性を持っています。
■批判する相手をも動かす「朝青龍の思いやりの言葉」
そして彼に関して忘れがたい出来事があります。
朝青龍は横綱昇進以来、その圧倒的な強さと個性的な言動で人気を博す一方、常に批判の的でもありました。特に厳しい言葉を投げかけていたのが、当時の横綱審議委員であり脚本家の内館牧子(うちだてまきこ)さんでした。
横綱審議委員の立場からすれば、朝青龍の振る舞いを諫(いさ)めるのは当然の役割です。しかし、彼女の発言はそのたびに大きく報じられ、2人の関係は「犬猿の仲」とささやかれるようになりました。
そんな中、2009年夏場所の稽古総見での出来事です。ケガの影響で多くの取組をこなせなかった朝青龍は、体調不良が伝えられていた内館さんに歩み寄り、
「先生、大丈夫ですか? 元気になって良かったです」
と声をかけ、右手を握りしめ、左手を肩に添えました。
この光景に館内は感動と拍手に包まれ、内館さんも思わず握手を交わしてしまったと苦笑いしたそうです。
孤高の存在である横綱が、自分を批判する相手に対して悪感情を抱くのは当然ですし、距離を取るのが普通です。
むしろ、周囲をイエスマンで固めることすらあります。
しかし、朝青龍はそんな常識に囚われない、豪快で純粋なキャラクターを持っていたのです。
■「怪物的」なイメージの奥底にある人間性の深さ
当時、私は朝青龍の一連の行動を「パフォーマンス的なもの」だと受け止めていました。しかし、その考えを改めざるを得ない出来事が、2021年に起こりました。
長年にわたり確執が伝えられていた師匠・高砂(たかさご)親方が、不祥事の影響で相撲協会を去ることになったときのことです。平日の日中にもかかわらず、「朝青龍が西尾を呼んでいる」と、XやLINEで大量のメッセージが届きました。
当時流行していた音声配信アプリにアクセスすると、朝青龍が高砂親方の退職を嘆き、相撲協会に対して怒りをあらわにしながら号泣していたのです。
彼は「何が起きたのか」を知りたがっており、私はその配信に参加したうえ報道されている内容を伝えました。しかし、お世話になった師匠がこのような形で相撲界を去ることに、朝青龍は深くショックを受けている様子でした。
「なぜ親方が辞めなければならないのか」

「こんなことで辞めるなんて許せない」
といった言葉を繰り返し、感情が収まるまでは会話そのものが成立しないまでに感じました。

そしてその声には、演技ではなく本物の悲しみと怒りがありました。
この瞬間、私は彼の「怪物的」なイメージの奥底にある人間性の深さに気づいたのです。
現代の社会では、どれほど個性的であっても、一定の常識と良識が求められます。これは相撲界に限らず、企業経営や政治など、あらゆるリーダーシップに通じる話です。頂点に立つ者には、強烈な個性だけでなく、社会的な適応力も必要とされる時代になっているのです。
朝青龍のような、圧倒的な魅力とエネルギーを持つ「怪物的」な人物が、今の世の中では登場しにくくなっているのは事実です。
彼に心を奪われた一人としては、それが少し寂しくもあります。
しかし、それもまた時代の流れなのかもしれません。

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西尾 克洋(にしお・かつひろ)

相撲ライター

1980年生まれ。鹿児島県出水市出身。日本大学卒業後、外資系IT企業でエンジニアとして働くかたわら、2011年に相撲ブログ「幕下相撲の知られざる世界」を開始し、1300万PVを記録。2015年からライターとしてキャリアをスタート。
Number、現代ビジネスなどで相撲記事を担当し、日本テレビ「ミヤネ屋」にはコメンテーターとして、Tokyo FM「高橋みなみのこれから、何する?」、NHKラジオ「ハッキヨイ!もっと大相撲」への出演・取材協力など活動は多岐に亘る。著書に『スポーツとしての相撲論』(光文社新書)、『イチから知りたい 日本のすごい伝統文化 絵で見て楽しい! はじめての相撲』(すばる舎)など。

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(相撲ライター 西尾 克洋)
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