※本稿は、中野崇『40代からの脱力トレーニング 忙しくても体調がいい人の密かな習慣』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■重力に抗って姿勢を保持するから肉体が緊張する
基本的に、人間の身体は首、肩の上部、大胸筋、腰、前(まえ)モモ、中殿筋(ちゅうでんきん)(骨盤と股関節をつなぐお尻の筋肉)、外(そと)モモが緊張しやすい構造をしています。
とくに、デスクワークが多い方は首や肩の上部、腰が緊張を起こしやすいと思います。
なぜ、これらの部位が緊張を起こしやすいのか、もう少し詳しく解説します。
私たちの身体には垂直方向、つまり頭から足へと縦方向に、常に重力という強い力がかかり続けています。
頭の重さは成人で体重の約10%。それほど重いものを支えながら非常に不安定な二足支持で姿勢を保って移動するために、身体には緊張状態が求められているのは、既に説明した通りです。
とりわけ、イスに座った状態では、股関節や足部などバランスを保持するのに協力してくれる部位が使えないため、骨盤と背骨だけで頭の重さを支える状態をつくらなければなりません(図表1)。
頭の重心線が背骨の重心線(S字曲線の前後の振り幅の中央)を逸脱した瞬間、首や腰や肩の筋肉を使ってバランスを維持する必要が生じてしまいます。
これが力みの正体です。立位時の脚の緊張も含めて、肉体を緊張させることの根本は、重力に抗(あらが)って姿勢を保持することにあります。
■二足歩行に進化した人間が手放したもの
専門的には、これを「抗重力戦略」と言います。
私たちはそもそも力むほうが簡単なのです。
二足歩行の獲得により、両手が自由になったことで知能が発達し、高度な文明を築くことができたのは、歴史や生物の授業で学んだとおりです。
しかしそれと同時に、四足歩行のときには当然あった、バランスの安定を前提とした身体(とくに背骨)のしなやかな動きを手放すことになりました。
その結果、肩甲骨や背骨、股関節、そして足趾(そくし)(足の指)、足裏の連動性が失われやすくなり、それを補うための身体の力みも生じやすくなったのです。
■「無意識の緊張」が引き起こす2つの弊害
こうした「無意識の緊張」には、2つの弊害があります。
「心身のセンサー」の感度が低下する
私たちの身体には、筋肉の伸び縮みや緊張状態、皮膚感覚、重心位置などといった、身体の状態を感覚として教えてくれるセンサーが備わっています。
筋肉内にある「張力センサー(筋紡錘(きんぼうすい))」、そして骨格に圧が加わったときにそれを検知する「圧センサー」で、これらを合わせて体性感覚と呼びます。
これらのセンサーが、重心が移動することによって身体に加わる感覚情報を検知し、小脳・大脳基底核が連携して「自分の状態」を割り出します。
たとえば、自分の腕や脚がどの方向に、どれぐらい伸ばされているのかは、目で直接見なくてもある程度わかるはずです。
日常の動きも含めて、私たちはこのセンサーからの信号を利用して動作を形づくっています(トップアスリートはこの精度が非常に高く、ほとんどの人がわからないぐらい小さな角度の違いを鋭敏に感じ取り、微調整できます)。
しかし、身体が緊張していたり、動くときに力みが生じやすい人は、これらのセンサーがうまく働きません。
重心位置の変化によって生じる筋の張力や骨にかかる圧の変化を検知する際に、力みから生じる張力情報が邪魔するからです。
■姿勢が崩れやすく、肩コリや腰痛・膝痛を誘発
センサーの感度が低下すると、自分自身がどういう状態にあるかというフィードバックの精度が悪くなるので、おのずと身体の反応は鈍くなります。
さらに問題なのは、自分の状態が正確にわからなくなるので、姿勢が崩れていったり、肩コリや腰痛・膝痛などを誘発してしまうことです。
現代人の身体のトラブルの多くは、このようなセンサー感度の低下が背景にあり、疲労の蓄積や力み・緊張と影響しあうという循環関係にあります。
また、身体が緊張するということは、すなわち自律神経のうち交感神経が活発に働いている状態を意味します。
すぐに、副交感神経が優位な状態に切り替えられればいいのですが、現代社会ではどうしても交感神経が優位になりがちで、自律神経がどんどん疲弊していきます。
このような状態が続くと、疲労が蓄積し、身体を一定の状態に保つ機能であるホメオスタシスも低下して調子を崩すことになります。
呼吸が浅くなり、さらに緊張する
ストレスにさらされている現代人は、さまざまな原因による緊張によって横隔膜や肋骨の動きが制限され、「呼吸が浅い状態」にあります。
浅い呼吸状態だと酸素を取り込む能力が低下して、疲労回復能力が落ちます。
さらに、副呼吸筋といわれる肩や首の筋肉を使って呼吸しようとすることで、肩コリなどを引き起こします。
呼吸が浅い状態とは、簡単にいうと「気持ちよく深呼吸ができない状態」です。吐くときに吐ききれない感じや、吸うときに詰まる感じがあれば要注意です。
■なぜ、年をとると身体は固くなるのか?
人は無意識に緊張するからこそ、柔軟性が大切なのですが、柔軟性は年とともに低下していきます。
加齢とともに、筋肉量の減少と筋肉に含まれる水分の低下が起こります。
筋肉の約60%は水分で構成されているため、この水分量が減ると筋肉の弾力性が失われ、動きが悪くなります。
また、関節を覆う軟骨や靭帯、腱といった組織が徐々に固くなります。
とくに背骨など、本来ならばしなやかに動くべき部分が固まってしまうと、日常の多くの動きで固さを感じるようになるのです。
神経も同じく、加齢によって機能が低下しやすくなります。
ご存じのように、動こうとする際には脳からの信号が関与しますが、その信号が伝わりにくくなると筋肉や関節はスムーズに動かなくなってしまうのです。
柔軟性の低下それ自体は、加齢に伴う自然な現象です。
ただし、その原因は単なる「歳のせい」だけではありません。
筋肉や関節、神経、さらには日々の生活習慣が複雑に絡み合って、身体の固さを引き起こしています。
みなさん、身体の「動かさない部位は錆(さ)びついていく」ことをご存じでしょうか。
年齢とともに、日常の中で身体を動かす機会が少なくなっていく傾向があります。
■身体の柔軟性は疲労回復の速度や質を大きく左右
運動不足は筋力の低下や張力および圧センサーからの入力減少を招きます。
その結果、身体を支える機能も弱まり、姿勢が崩れるなど、関節や筋肉に負担がかかりやすくなると身体はどんどん固まります。
また、デスクワークなど長時間の座り姿勢が日常になると、この傾向はさらに加速します。
人体は、ずっと同じ姿勢でいる=関節や筋肉を動かさない状態が続くと、動かさない関節や筋肉は金属が錆びるかのように固まり、柔軟性が失われるのです。
筋肉が固い状態だと、血流が低下しやすくなります。
私たちの身体は、血液が酸素や栄養素を筋肉に運び、疲労物質や老廃物を回収することで回復します。
しかし、筋肉が固いと、血管が圧迫され、筋肉のポンプ作用が低下し、結果として血液の流れが滞ることになります。
これにより、疲労物質の排出が遅れ、回復が妨げられるのです。
このように、身体の固さと回復力は、一見関係がないように思えるかもしれませんが、実は密接につながっています。
身体が柔軟であることは、単に筋肉や関節の状態という観点だけにとどまらず、血流や神経伝達、筋肉の効率的な働きに影響し、結果として疲労回復の速度や質を大きく左右します。
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中野 崇(なかの・たかし)
スポーツトレーナー/フィジカルコーチ/理学療法士
株式会社JARTA international 代表取締役。1980年生まれ。
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(スポーツトレーナー/フィジカルコーチ/理学療法士 中野 崇)