年初から8月中旬まで、世界全体で株価は約13%上昇した。世界経済の状況がやや不安定な中、株価は世界的に上昇基調を辿っている。
個別の市場を見ると、韓国の韓国総合指数(KOSPI)、ドイツDAX指数の上昇率は20~30%程度と高い。ハンセン指数、中国本土の上海総合指数も2ケタ台の上昇だ。それに比べ日本株の上昇率はまだ低い。海外投資家から見ると、「日本株は出遅れ」と映ったのだろう。海外投資家の日本株買い意欲は旺盛だった。
現在の金融情勢を見ると、世界の株式市場に投資資金が流入する環境がある。トランプ関税や地政学リスクの影響もあり、中国以外の国でインフレ懸念が再燃する気配がある。
■どこかで必ず「調整」が行われる
インフレでお金の価値が下がることは、株価上昇の要因になりえる。また、世界的に資金は余剰の状況で、株式市場に資金が流入しやすい。さらに、資金余剰でも、将来の財政悪化懸念から主要国の国債価格の下落リスクは上昇している。
大手の投資家は景気回復の期待を込めて、景況感が不安定な国の株を買い増しているとみられる。その流れの一つとして、7月半ば以降、日本株に投資資金が流入した。
問題は、株価上昇ペースがあまりに急速なことだ。上昇速度が速い分、どこかで世界的に株価の調整はあるとみておいたほうがよさそうだ。
■世界的に株価を押し上げる強力な要因
4月上旬、トランプ大統領の相互関税発表を受けて、一時、世界的に株価は大きく調整した。しかし、その後の株価の戻りは早かった。大手投資家は、株価が下がったところで一斉に株式購入に動いた。
トランプ政権の発足をきっかけに、世界的に国債の価格は下落(金利は上昇)した。わが国でも、10年や30年国債の流通利回り(長期金利)の上昇は鮮明だ。金利上昇の主な要因は、財政出動懸念の高まりである。
米国では、トランプ大統領の大型減税・歳出策で連邦政府の悪化は避けられない。
わが国では参議院選挙で自公連立与党が敗北し、ばらまき型の政策が進み財政悪化が進むことが懸念される。これまで国債を積極的に購入してきた、銀行・年金・生損保や大手の政府系ファンドなど機関投資家は国債を買い増すことが難しくなった。
■投資資金が消去法で残った選択肢へ
物価上昇懸念も国債保有にマイナスだ。特に、米国では、関税が企業間で取引するモノやサービスの価格に上昇圧力をかけ始めた。消費者物価へのコストの転嫁は時間の問題だろう。紅海での商船攻撃の激化も、サプライチェーンの混乱や世界的な物価上昇要因になりうる。
一方、中国は景気の下支えに金融緩和を拡充せざるを得ない。世界的に投資資金はだぶつき気味だ。わが国では、最近の物価上昇を考えると利上げは必要なのだが、個人消費や中小企業への打撃を考えると実行は容易ではない。8月上旬以降は、米国で雇用統計の悪化や、トランプ大統領の利下げ重視姿勢により利下げ期待が高まった。
投資資金は豊富だが、財政悪化や物価上昇の懸念は残る。
■韓国、ドイツ、中国の次が日本だった
現在、韓国やドイツの景況感は良くない。ドイツでは、電気自動車(EV)シフト戦略の失敗、中国における価格競争激化によってフォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、石油化学企業のBASFと、主力企業の業況は厳しい。韓国では、最大手企業のサムスン電子の半導体事業が苦戦している。それでも、ドイツ・韓国の株は買われた。
大手投資家の考えとして、世界経済の牽引役のAI関連企業の成長期待は高い。それに加え、「今は景気が悪いが、いずれ回復する」との期待を込めて株式の保有割合を増やしている。そのため、ドイツや韓国、経済環境が厳しい中国株は買われた。
7月半ば以降、その流れで日本株に資金を振り向ける投資家は増えた。なぜ、このタイミングかといえば、「日本株の出遅れ感が強かった」からだ。世界の主要投資家は、日本株を世界の景気敏感株とみなしている。
■日経平均株価は史上最高値の4万3714円
ただ、わが国では人口減少により、個人消費は停滞している。今のところ、自律的な成長は難しいだろう。昨年8月、本年4月、世界的リスクオフ局面で日本株は真っ先に売られた。
4月、トランプ大統領の相互関税で世界の株価が下げた後、韓国、ドイツなどの株価はかなりのペースで値を戻した。対照的に、日本株の戻りは鈍かった。ただ、7月22日に日米が関税交渉で一旦妥結すると状況は変化した。株価の出遅れから日本株を割安と考える大手投資家は増えた。
7月末から8月前半、日経平均株価の上昇率は韓国KOSPIや独DAX、米ナスダック総合指数を上回った。出遅れ感に目をつけた投資家の買いは、追随の買いを呼んだ。高値警戒感から日経平均先物などを空売りした投資家は、買い戻さざるを得なくなった。
その結果、わが国の株式市場で連鎖反応が起き、日経平均株価は8月12日には4万2718円、13日に4万3274円、18日には4万3714円と相次いで史上最高値を更新した。
■トランプ大統領の「暴走」は高リスク
7月半ば以降の米国では、ミーム株(はやり株)の急騰もおきた。ミーム株とは、SNSで個人投資家が情報を共有して買いに回り、株価が短期間で急騰する銘柄をいう。急速な株価上昇により、業績懸念から空売りしたミーム銘柄を買い戻さなければならなくなる大手機関投資家もいる。
問題は、わが国をはじめ株価上昇があまりに急ピッチなことだ。世界経済の現状を考えると、本格的な景気の回復には時間がかかるとみられる。
特に、トランプ大統領の政策に懸念材料は多い。関税は世界の企業業績の悪化要因になるだろう。それは、米国の景気減速と物価上昇の同時進行につながる恐れが高い。大型減税法案は、財政悪化、中低所得層の消費減少要因になる懸念がある。
来年4月以降に減税の効果が発現するとしても、一時的なものにとどまる懸念もある。株価の上昇と同時に、金の価格も上昇した。金の価値は基本的に一定だ。
■見かけだけの株価上昇は長く続かない
トランプ大統領はエヌビディアなどの企業に対して、対中輸出の見返りに中国売り上げの15%を政府に納めるよう求めた。これは前代未聞だ。法的根拠も示さず、企業に収益の一部を政府が求めれば、米国経済全体の効率性は低下するだろう。
今のところ、米国以外の国の景況感はよくない。中国では不動産バブルの後始末の遅れで、経済環境はかなり厳しい。わが国が経験した以上に、中国は深刻な状況に向かっているとの指摘も多い。中国経済の減速は、わが国やユーロ圏、アセアン地域の新興国の経済を下押しする。
日本株の上昇は、足元の経済の状況から離れていると考えられる。相場の過熱感が高まる中、これまでの急ピッチな株価上昇がいつまでも続くとは考えづらい。どこかのタイミングで世界的な株価の調整はあるとみておくべきだ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)