※本稿は、海老原嗣生『「就職氷河期世代論」のウソ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■「就職氷河期」はメディアの大好物
就職氷河期に関しては、雑誌もテレビもネット媒体も、頻繁に記事や特集を組む。高視聴率・閲覧数を稼げる鉄板ネタだからなのだろう。試みに、ビジネス誌や新聞記事の検索で「就職氷河期」がどれくらいヒットするかを調べてみた。
ダイヤモンド・オンライン574件
プレジデントオンライン208件
東洋経済オンライン426件
日経ビジネス電子版165件
日本経済新聞669件
(各オンラインのトップページから単純検索、2025年6月2日時点。ただし、文中に一言「就職氷河期」とあるだけの記事や、他媒体からの転載記事なども含まれる)
■無業者、格差、不平等、絶望…
その中身はどのようなものか。記事タイトルをいくつか拾ってみよう。
〈溶けぬ「氷河期」 35~44歳の無業者、1万人減どまり〉(日経新聞 2020年2月3日)
〈氷河期世代「7つの絶望格差」、就職・収入・結婚…生まれた時代で背負わされた悶絶世代間不平等〉(ダイヤモンド 2025年3月20日)
〈「氷河期世代の長男は一生働かない」40歳・不肖の息子の人生を背負う親の莫大な代償〉(プレジデント 2021年7月20日)
〈「生きて苦しむより、死んだほうがマシ」就職氷河期世代、51歳男性の絶望〉(プレジデント 2021年2月7日)
〈「まともな会社で働いた事ない」45歳男性の闘争〉(東洋経済 2022年5月26日)
〈氷河期40万人「ひきこもり」支援の切実な現場〉(東洋経済 2020年1月20日)
■正社員になれず、非正規で働くしかなかった
タイトルだけでなく、少し本文も拾ってみよう(太字は筆者)。
〈氷河期世代は「不合格」通知をもらい続けている世代です。(中略)以前、フィールドインタビューさせていただいた男性は、6年間非正規採用で転々と中学校の教職を渡り歩き、30歳前で教師を諦めました。その後、中小企業に正社員として入社したのですが、リーマンショック後、業務縮小で大幅なリストラが実施され、職を失いました〉(ITmediaビジネスオンライン河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」2019年11月22日)
〈典型的な〈就職氷河期〉の道のりを、Kさん(47 ※記事では実名)は歩んできた。学校を出ても、正社員として雇ってもらえない。
■「氷河期世代は悲惨」が社会常識に
〈就活では、履歴書を300社以上に送った。ようやく内定をもらえた会社は、高校生に高額な教材を売りつける悪徳業者。パワハラも横行し、半月でやめた〉(テレビ朝日「モーニングショー」2025年5月1日)
〈就職氷河期世代で偶然に運良く、職に就けて働けている人はちょうど見直しの施行時期に当たる。著しく控除額が減るようなことがあれば、退職後の生活や人生設計に影響は甚大だ〉(2025年3月5日、参院予算委員会での立憲民主党・吉川沙織議員の発言。FNNプライムオンライン 2025年4月22日)
就活の時は、300枚も履歴書を送ったが、まともな企業に就職できず、その後も非正規を転々として熟年に至り、結果、老親の介護費や、自らの老後にも不安が高まる……。
エピソード自体は事実でも、希少な例が多重に取り上げられることで、「氷河期世代は悲惨」という「社会常識」が生まれる。世論に弱い政治家は、当然、氷河期世代対策に力を入れる。そうして30年近く、膨大な予算がここに投下されてきた。その額はゆうに5000億円を超える(詳細は本書6章)。
■行政一丸となった「リベンジ採用」の結果
あらかじめ断っておくが、上記の“悲惨な氷河期世代記事”に登場するような人を放っておけと言いたいのではない。
2020年に、政府が満を持してスタートした「就職氷河期世代支援プログラム」(3年間の集中支援プログラム)には、以下のような文句が躍っていた。
〈就職氷河期世代の方々への支援として、政府でとりまとめた3年間の集中プログラムに沿って、厚生労働省においては、「就職氷河期世代活躍支援プラン」に基づき、各種施策を積極的に展開していく。(中略)同世代の正規雇用者については、30万人増やすことを目指す〉(太字は筆者)
このお題目に沿って、中央官庁はじめ、都道府県、基礎自治体で、数多くのいわゆる「氷河期世代リベンジ採用」が実施された。日経新聞2024年12月23日によると、中央官庁だけでもその数は、2020年からの5年間で878人(人事院発表)に上るという。地方官公庁の採用は1万4299人(※)、合計1万5000人以上の氷河期世代が公務員正職員として登用された。
(※2024年5月28日総務省発表「地方公共団体における就職氷河期世代支援に係る中途採用の一層の推進について」)
■「大卒でも大半が就職できなかった」は本当か
準公的企業もこの動きに追随し、氷河期世代積極採用を打ち出す。〈NTTとKDDI、氷河期人材の就職支援 240人超が合格〉(日経新聞 2022年3月23日)という具合だ。
国・地方・公共的企業のリベンジ採用は、新聞・テレビ・ネットでたびたび取り上げられた結果、市中の民間企業でも氷河期世代を積極的に中途採用する動きが広まりだした。
いったい就職氷河期世代――特に、よく取り上げられる大卒者、つまり大学卒業時期が運悪く不況期(1993年~2004年)にあたった人たちは、どのようなキャリア・人生を歩んだのだろうか。
データを振り返れば、まったく異なる世界が見えてくる。
■たしかに無業・フリーターが多いが…
まず、大学卒業時の就職状況を調べてみよう。
これは、文部科学省「学校基本調査」が詳しい。このデータは、サンプル調査が多い公的統計の中では珍しく「ほぼ全量」を母数としている。各学校は文部科学省に事業報告をする義務が課されているため、調査カバー率は97%にも及ぶ。
この調査から作られた「卒業時に進路未定(=無業、その他)、一時的な仕事(=フリーター)」を併せて新卒無業者としたデータが文科省から発表されている(図表1)。
氷河期世代はこうした卒業時点での無業・フリーターが確かに多い。その数は、2000年と2003年がWピークで、両年とも14万人を超えている。氷河期の中でも突出しているのがわかるだろう。
■新卒正社員は倍の30万人いた
ただ、その就職環境の最悪期においても、無業・フリーターは大学卒業生の26~27%だ。
対して、新卒で正社員として就職できた人は、両年とも年30万人に上る。無業・フリーターは確かに多いが、世に言われるような「大多数」「典型」というわけではない。正社員就職者は、無業・フリーターの倍以上であり、卒業生に占める割合は55%(進学者を除くと68%)だ。
「偶然に運良く、職に就けて働けている」もしくは「学校を出ても、正社員として雇ってもらえず、非正規を転々」というのは、決して「典型的な」氷河期世代の姿にはあたらないことが、おわかりいただけただろう。
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海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。ヒューマネージ顧問。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。
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(雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生)