富士山が噴火したらどうなるのか。京都大学名誉教授の鎌田浩毅さんは「高温の溶岩流や火砕流によって多くの犠牲者が出ることが想定されるが、一番やっかいなのが火山灰だ。
陸、海、空すべての交通機関が機能しなくなり、ほぼ全産業に大打撃を与える恐れがある」という――。
※本稿は、鎌田浩毅『災害列島の正体 地学で解き明かす日本列島の起源』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■800~1200℃の溶岩がすべてを焼き払う
火山学的には「いつ噴火してもおかしくない」と分析されている富士山。実際に噴火した場合、300年間溜め込まれてきたマグマが一気に放出されることで、大噴火となり大きな被害が予想される。
その中で懸念される現象のひとつが溶岩流だ。溶岩流とは、富士山の内部にある溶岩が火口から噴出し、地形に沿って流れ下っていく現象だ。
近隣にある森林、家屋、学校、道路などを、800度から1200度の高温の溶岩が呑み込み、すべてを高温で焼き払うだろう。その後、数カ月から1年という長い時間をかけて、溶岩は冷えて固まり不毛の地となる。
溶岩流が海や川、湖に流れ込んだ場合、水蒸気爆発を起こすこともある。これによって水に触れたマグマや岩石が破砕されて、周囲に火山灰や噴石を撒き散らす可能性もある。
■サラサラで量が多く、広範囲に被害が出る
このように、溶岩流が流れ込んだ場所は町として機能しなくなるだけでなく、その場にいた生命をも奪ってしまう。溶岩流は溶岩の粘り気、すなわち「粘性」の度合いによって流れ方が大きく変わる。

粘性が低ければ水のようにサラサラと素早く流れていくが、粘性が高ければ、ドロドロとゆっくり流れる。この粘性を決めるのは、温度と「二酸化珪素(SiO2)」の含有量である。低温で二酸化珪素が多く含まれているほど、溶岩の粘り気が強くなり、流れにくくなる。
ところが富士山の溶岩は、二酸化珪素の含有量が比較的少ない玄武岩であることから粘度が低く、サラサラしている。そのため、ひとたび噴火が起これば、溶岩流が広範囲にわたって流れ下る。その速度はおよそ人が走る速さほどの速度と言われている。ただし、溶岩は冷えると粘度が高まるため、下流に向かうにつれて速度は落ちていく。
また、富士山の溶岩流は、その量が多いことでも知られる。864年から866年に発生した一連の富士山の噴火活動を「貞観噴火」と呼ぶが、このときに流れ出た青木ヶ原溶岩流は富士山北麓にあったとされる湖「剗海(せのうみ)」を分断し、現在の西湖と精進湖をつくったと考えられている。
溶岩流とは、大きな湖を引き裂くほどの威力を持っているのだ。富士山が噴火したら、広範囲にわたって膨大な量の溶岩が流れ出すことは間違いない。
■噴出地点は250カ所以上もあり予測困難
では、溶岩はどこから流れてくるのか。
じつは、溶岩が流れ出す火口は山頂とは限らない。富士山の山頂火口が最後に使われたのは2200年前のことで、それ以降の噴火はすべて「側火口」から噴火している。
側火口とはマグマ溜まりと山頂をつなぐ火道から枝分かれした、マグマの通り道である。富士山を静岡県側から見てみると、その7合目あたりに大きな凹みが見える。これは1707(宝永4)年の大噴火で生まれた「宝永火口」だ。
富士山の火口は数多くあるため、次の噴火がどこから起こるのかを的確に予想するのは難しい。最新のハザードマップ(2021年3月改定)によれば、従来の予測より約2倍も火口からの噴出量が増えている。溶岩流の噴出地点は、252カ所もあることを示している。被害エリアは静岡県、山梨県だけでなく神奈川県も含まれ、3県27市町村となっている。
溶岩の量が増えれば、速度も速くなり、溶岩流の到達時間も大幅に変わる。たとえば、山梨県富士吉田市や静岡県富士宮市の市街地に溶岩流が到達するまでの時間は、最短で2時間と予測されている。
■静岡側での噴火は二大交通インフラに直撃
溶岩流が駿河湾に達する可能性は低いが、もしも海に溶岩流が入り込めば、高温の溶岩と冷たい海水が接触することにより、海水が急速に蒸発し、その水蒸気によって溶岩が膨張して爆発(水蒸気爆発)を起こす可能性もある。

溶岩流が交通インフラの遮断を起こす可能性もある。山梨側と静岡側のどちらが噴火するかで被害は異なるが、仮に北西の山梨県富士吉田市側にある側火口から噴火すれば、富士急ハイランドが埋め尽くされ、中央自動車道も高確率で分断される。河口湖をはじめとする富士五湖に溶岩が到達することで、湖の形が変わる可能性もある。
逆に、南東側にある宝永火口をはじめとした静岡県側の火口から噴火すれば、溶岩流は新東名高速道路に最短1時間45分、東名高速道路には最短2時間15分、さらに東海道新幹線の三島駅付近には最短5時間で到達する。東西の大動脈として知られている新幹線と高速道路という二大交通インフラが途絶えるのだ。
東西から同時に溶岩流が発生することはないと思われるが、可能性はまったくのゼロではない。いずれにせよ東西を結ぶ日本の大動脈は分断され、何十万の人に被害が及ぶ。富士山噴火はその地域や首都圏の人間だけでなく、日本全体に大きな影響を及ぼすのである。
■人間も燃やす、最大級に危険な「火砕流」
噴火後に起こる被害の中でも、最大級に危険な存在と言われているのは「火砕流」だ。火砕流とは火山灰、岩石の破片、軽石、火山ガスなどが混ぜ合わさったものが、時速100キロメートルを超す高速で斜面を流れ落ちる現象である。
その温度は600~800度で、固体と気体が入り混じっている。時速100キロメートル超の速さで流れ落ちた火砕流は、ときには火口から何十キロメートル先まで被害をもたらすこともある。

フランスの海外県のひとつ、カリブ海に浮かぶ西インド諸島のマルチニーク島は、コロンブスに「世界で最も美しい場所」と言わしめた小さな島だ。1902年、このマルチニーク島のプレー火山で発生した火砕流は、首都サン・ピエールを瞬く間に灰燼と化し、住民およそ3万人を死にいたらしめた。
このとき、火砕流が通過した場所では、建造物などもすべて跡形もなく吹き飛ばされてしまい、火砕流に含まれる堆積物によって街全体が覆われた。
プレー山のこの噴火は、火山学的に観察された最初の火砕流である。この事例からわかるのは、超高温で高速の火砕流に呑み込まれると、森林、住宅、動物は一瞬のうちに燃え上がってしまうことである。もちろん人間も例外ではない。
■43人の犠牲者を出した雲仙普賢岳噴火
しかも火砕流は予測することが不可能に近い。1991年6月の長崎県雲仙普賢岳の噴火では、突然、発生した大火砕流に巻き込まれ、調査中の火山学者や報道関係者らあわせて43人の命が犠牲となった。私も、この災害で大切な友人3人を失った。その彼らに少し触れたい。
3人は世界中の火山の噴火映像を撮り続けていたフランス人の火山学者のモーリス、カティア・クラフト夫妻と日本で火山研究に勤しんでいたこともあるアメリカ人研究者のハリー・グリッケン博士である。夫妻の撮影したダイナミックな映像は、世界の人々に火山がどのようなものかを認識させた。
読者の中にも、夫妻の映像とは知らずに見た方も多いかもしれない。
またグリッケン博士は若いが非常に有能な火山学者だった。彼自身も日本の活火山を研究していたが、日本語が堪能なこともありクラフト夫妻のアシスタントを務めるため来日していた。
ハリーは私が30代で通産省(現・経済産業省)地質調査所勤務だったとき、私の官舎に泊まったこともある。自分の失敗談を面白く語ってくれた彼のことは、『火山はすごい』(PHP文庫)に詳細を書いた。火砕流は何の前触れもなく襲ってくるからこそ、多くの犠牲者を出してしまう。
■観光者でごった返す時期に発生すると…
近年、富士山の麓でおこなわれた地質調査で、斜面から火砕流によって運ばれてきたと思われる堆積物が出土している。これにより過去3200年の間に10回以上、火砕流が発生していたことが明らかになった。
仮に富士山が噴火した場合、火砕流が起こる可能性は決して低くない。むしろ発生すると想定し、対処したほうがいいだろう。火砕流が生活圏へ押し寄せた場合、屋内に避難しても安全ではない。先述の通り、火砕流はすべてを焼き尽くしてしまうからだ。

火砕流の温度が下がっていれば、直撃されても軽い火傷で済むこともある。その場合でも火山ガスに含まれている溶岩片や軽石によって、何らかの外傷を負う確率は極めて高い。
さらに、火砕流に含まれる火山灰や火山ガスを吸ってしまうと、呼吸困難、肺気腫、神経障害といった健康障害を誘発する恐れもある。特に、土地勘のない観光客でごった返す夏や秋の観光シーズンは、火砕流の発生には細心の注意を払う必要がある。
■自動車でも逃げ切れない絶望的なスピード
先にも触れたように、火砕流はいつどこで発生するか皆目検討がつかない。残念だが、前もって遠くへ逃げるしか手がない。仮に逃げようとしてもそのスピードは時速100キロメートルを超えることもあるため、自動車で逃げてもすぐに追いつかれてしまう。もし富士山噴火が起こったら、火砕流が発生する前にできる限り迅速に、そして遠くまで避難するしかない。
また、火山灰や溶岩のかけらなどの火山噴出物が、地下水や山の途中にある湖の水、川の水などと混ざって一気に流れ降りてくることがある。これは「火山泥流」と呼ばれ、規模が大きく被害も大きい。
冬、山に積雪があるとき火山が噴火すると、雪がとけて融雪型火山泥流を起こすことがある。北海道の十勝岳では、1926年の噴火で融雪型火山泥流が発生し、ふもとに住む144人が亡くなった。
火砕流や火山泥流と並び、覚えておきたい現象に「火砕サージ」がある。これは火山灰と火山ガスから成る高熱の爆風であり、火砕流と比較すると溶岩の破片や軽石の量は乏しく、地面に残す堆積物も少ないが、その破壊力は火砕流に匹敵する。山麓を焼き尽くし、ときには噴出口から5キロメートル以上先まで被害を及ぼすこともある。
■火砕サージが直撃した小学校の“記憶”
長崎県の雲仙普賢岳の大噴火では、火砕サージも観測されている。このときの火砕流は、山頂から南東の水無川沿いに流れ下ったが、その際、火砕流本体から分離した火砕サージがさらに南下し、大野木場小学校の校舎を直撃した。
幸い犠牲者はなかったが、400度を超す熱風が校舎を襲った。現在は「旧大野木場小学校被災校舎、砂防みらい館」に割れた窓ガラスや焦げた床、とけた机など当時の痕跡が残されており、火砕流と火砕サージの破壊力を知る縁(よしみ)として人々に伝え続けている。2つの威力はほとんど変わらず、一瞬で周囲を呑み込み、かつ甚大な被害をもたらすのだ。
■乗り物を機能不全にするやっかいな火山灰
富士山噴火で起こる現象について触れたが、じつは一番やっかいなものについて触れておかなければならない。それは「火山灰」だ。
現代社会において火山灰が引き起こす影響で無視できないのは、ライフラインへの打撃である。まず交通機関が機能しなくなる。道路に積もった火山灰によって自動車やトラック、バイクのエンジンが故障する恐れがある。
また、上空を漂う火山灰は航空機の大敵である。先述のとおり、火山灰は冷えたマグマの欠片であり、ガラスでできた細かい粉だ。それが航空機のエンジン吸気口から入り込むと、エンジンが故障する可能性がある。
というのも、1500度にも達する航空機のエンジン燃焼室で、火山灰は再びとけてマグマに戻る。そのとけた火山灰が燃焼室から出ると、外気によって一気に冷やされて固まり岩石になる。これが燃焼ガスの噴射ノズルや排出口を塞いでしまえば、エンジンはやがて停止してしまうのだ。
1982年に起きたインドネシア・ガルングン火山や1989年のアラスカ・リダウト火山の噴火では、実際にこの事態が起きた。ジャンボジェット機の4つのエンジンがすべて止まり、墜落の危機に直面したのである。幸い、固まった岩石が剥がれ落ちてエンジンが再始動し、危機一髪のところで墜落は免れた。
航空機だけでなく、船舶のエンジンにも影響を及ぼす可能性が高い。つまり、火山灰によって陸、海、空すべての交通機関が機能しなくなる危険性があるということだ。
■政治経済の中心に細かいチリが襲来
現在、空中を漂う火山灰は人工衛星画像を用いて24時間体制で監視されている。国際的な取り決めで、火山灰の漂う領域は全面飛行禁止となる。実際、2010年アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火では、火山灰が欧州一帯に広がったため、空港が閉鎖され、1週間に航空機10万便が運休した。
すなわちひとつの火山噴火が、世界の人々の生活にも大きな影響を及ぼすのである。細かい火山灰は、コンピューターや携帯電話などの電子通信機器にも大敵で、思わぬ障害に長期間悩まされる恐れがある。
雲仙普賢岳の噴火では、観測小屋の中にあったパソコンが動かなくなった。コンピューターの放熱用の穴から、微細な火山灰が入り込んだためらしい。
富士山の風下に当たる東側には、東京や横浜など政治経済の中心地がある。デジタル化が進んだ高度情報都市は、細かいチリにもっとも弱い。
■すべての産業に大打撃を与える恐れ
特に問題なのは、電力・ガス・水道などのインフラを制御するコンピューターや精密機器への影響である。コンピューターが正常に機能しなければ、通信・運輸・金融はもとより、現代社会のほぼ全産業に大打撃を与えることになる。こうしたシステムを管理するホストコンピューターの多くが首都圏に集中しており、その被害は日本だけでなく世界にも及ぶ可能性がある。
もちろん、再三指摘しているとおり鉄道など交通機関の各種制御システムへの影響も甚大だ。新幹線をはじめ高速鉄道はすべてコンピューター制御になっており、信号機などの電気系統が火山灰で故障すれば、運行が停止し、予測不能の事態が起きる。そもそも、火山灰が降る中で鉄道を運行するのは極めて難しい。
細かい火山灰は浄水場に設置されたろ過装置にもダメージを与え、水の供給が停止する可能性もある。また、雨で湿った火山灰が電線に付着すると漏電を引き起こし、停電に至ることもある。さらに、火力発電所のタービンに火山灰が入り込めば、発電施設が損傷する可能性も高い。
東京湾周辺には火力発電所が多く設置されているため、広範囲で電力供給が止まる恐れがある。
このように一定期間、陸、空、海すべての移動手段が使えなくなることも想定しなければならない。
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鎌田 浩毅(かまた・ひろき)

京都大学名誉教授

1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。2023年から京都大学経営管理大学院客員教授、龍谷大学客員教授も兼任。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学教育。著書に『地学ノススメ』(ブルーバックス)、『地球の歴史 上中下』(中公新書)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『理科系の読書術』(中公新書)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『理学博士の本棚』(角川新書)、『座右の古典』『新版 一生モノの勉強法』(ちくま文庫)、『知っておきたい地球科学』(岩波新書)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『火山噴火』(岩波新書)、『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』(SB新書)『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)など。YouTubeに鎌田浩毅教授「京都大学最終講義」を公開中。

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(京都大学名誉教授 鎌田 浩毅)
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