SNSの台頭は国際社会に大きな影響を与えている。世界各地の紛争地で研究を行ってきた早稲田大学国際学術院教授の上杉勇司さんは「市民が抗議の声を上げ、国際的な連帯を促す手段としてSNSの役割が無視できなくなった。
一方で、SNSはプロパガンダやフェイク・ニュースの拡散にも悪用される」という――。
※本稿は、上杉勇司『クーデター 政権転覆のメカニズム』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■多様化した情報伝達手段
情報統制はクーデターの成否を大きく左右する。そのなかでも、通信手段の遮断が鍵を握る。限られた通信手段しかなかった時代には、政権側が鎮圧の命令を警察や軍に届けることを防ぐために、反乱側は電報・電話局や無線局を制圧することをめざした。政権奪取後、他の勢力や民衆に対して一方的に権力奪取の正統性を主張するためにも、ラジオ局やテレビ局、新聞社を支配下に置くことが必要だった。
情報統制はクーデターを未然に防ぐためにも欠かせない。携帯電話が普及する前は、電話の盗聴は容易だった。企みを成功に導くためには、関係者との事前打ち合わせが不可欠であり、機密情報は密会で交わされる必要があった。電話が使えなければ、遠方との連絡が難しくなる。
しかし、クルツィオ・マラパルテが『クーデターの技術』で描いたように、放送局や電話局を占拠すればよかった時代は終わった。今では当局による情報統制が難しくなり、携帯電話やインターネットの発達により、情報伝達手段は多様化している。

盗聴技術も同時に進化しているが、発展途上国の多くでは追いついていない。人権意識が強く法令遵守が厳しい国では、政権側が合法的に盗聴できないこともある。このような場合は、政権側が決起を事前に察知することは難しい。
■リアルタイムで情報を伝える手段としてのSNS
2016年7月15日にトルコで発生したクーデター未遂では、SNSが重要な役割を果たす。決起した軍の一派が国営テレビを占拠したため、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、アップル社のフェイスタイムを使って国民にメッセージを発信した。CNNトルコのインタビューに応える形で、大統領は、自らが健在であることをアピール。クーデターが成功しないことを強調し、国民に広場や空港に集まるよう伝えた。その呼びかけに応じた政権支持者たちが広場や空港に集結し、反乱軍により放置された戦車を占拠する映像が流れた。
2022年2月24日にロシアがウクライナ本格侵攻を開始したとき、ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領がSNSを駆使して、自国民や国際社会に対して声明を発したことは記憶に新しい。つまり、市民や国際社会にリアルタイムで状況を伝える手段として、SNSの重要性が高まっているのだ。
2021年1月6日の米連邦議会襲撃事件にもSNSが関与している。朝日新聞ワシントン特派員の園田耕司は『トランプ大統領のクーデター』のなかで、SNSが及ぼした影響を論じた。
大統領選の結果に不満をもつトランプ支持者が暴徒となって連邦議会を襲撃したが、それは本書の定義からすれば、クーデターではない。連邦議会以外の要所を確保する計画もなければ、襲撃後の青写真もなかったからだ。
■ライブ情報を発信できるのは国家の首脳だけではない
エルドアン大統領、ゼレンスキー大統領、そしてトランプ大統領のような国家の首脳だけでなく、一般市民もスマートフォン一つでライブ情報を発信できる時代になった。クーデターの実行中、現場にいる市民が写真や動画をSNSに投稿することで、情報は瞬時に広範囲に拡散していく。
その象徴的な例が、チュニジアの露天商モハメド・ブアジジによる焼身自殺だ。この映像がフェイスブックで拡散されると、政権を倒す運動が巻き起こった。デモ隊が警察に弾圧される様子が広がり、人々の怒りを煽る。さらには、ハッカーによって政府の機密情報が暴露され、抗議の渦は「ジャスミン革命」へとつながった。
■SNSは印象操作にも利用された
この影響はエジプトにも及ぶ。「アラブの春」において、SNSは不特定多数の市民を動員する力をもつことが示された。グーグル社のワエル・ゴニムが、反政府デモを呼びかけたこともその一例だ。彼は、警察から暴行を受けて死亡したハリード・サイードを追悼するグループをフェイスブック上で立ち上げ、民衆をデモに駆り立てた。

反政府デモを呼びかけたのが、グーグル社員だったことも欧米社会の関心を惹く一因となった(津田2012)。
SNSは市民運動の起爆剤となるだけでなく、印象操作にも利用された。タハリール広場で市民と兵士が仲良く写真を撮る場面や装甲車の上で子どもを抱えて微笑む兵士の姿がSNSで拡散され、軍が市民とともにあるという印象が広まる。軍が市民に対して強圧的な態度をとっている映像が拡散されていたとしたら、印象は異なっていただろう。
エジプトの横取りクーデターから10年後の2021年、ミャンマーでの軍事クーデターでもSNSの影響力が顕著に表れた。この10年間に、一般市民がライブ映像を配信できるようになっただけではなく、フェイク・ニュース(偽情報)を簡単に拡散できる環境が整った。
■SNSの影響を新たな変数として考慮する必要がある
当初、軍は市民の動揺を最小限に抑えるため、インターネットと携帯電話の通信を一時的に遮断した。しかし、その後、偽情報を拡散し、世論を誘導するために遮断を解除する。たとえば、軍はSNSを通じて市民に対して武力行使を躊躇(ちゅうちょ)しないという情報を広め、人々に恐怖心を植えつけた。
市民が抵抗すると軍は本当に武力行使に踏み切ったが、初期段階では大規模な武力行使を避けていたことから、この偽情報は、対抗勢力の抵抗を牽制するための脅しであり、意図的に恐怖を煽るものであったといえよう。軍が偽情報を流した証拠として、政府系メディア「ミャンマー・タイムズ」が、この脅迫メッセージを報じたことが確認されている。
遮断が解除されると、軍事政権に抵抗するZ世代がSNSを駆使して抗議行動を組織した。
軍による弾圧の状況を発信し、国際社会との連帯を図る新たな局面も現れた。瞬時の情報拡散を通じて、外国に対し、運動への支援や軍への圧力を求めたのだ。
これらの事例から明らかなことは、市民が抗議の声を上げ、国際的な連帯を促す手段としてSNSの役割が無視できなくなったという点だ。デジタル時代においては、決起を企てる側も予防する側も、SNSの影響を新たな変数として考慮しなければならない。
■プロパガンダやフェイク・ニュースの拡散にも悪用される
一方で、SNSは、プロパガンダやフェイク・ニュースの拡散にも悪用される。政権側と決起側の双方が、意図的に誤った情報を流し、混乱を引き起こして世論を操作しようと試みるかもしれない。画像や動画の編集や文脈の歪曲によって、事実が簡単に曲げられてしまう。その結果、正確な情報を見分けるのが難しくなり、市民の判断が誤った方向に導かれるリスクが高まった。権威主義体制下では、国営企業や独裁者の影響下にある企業がデジタル・プラットフォームを独占し、情報の流れを制御する体制づくりが進められている。
偽情報が容易に生成・拡散される現代において、私たちは流れてくる情報を安易に鵜呑(うの)みにできなくなった。
メディア・リテラシーの低い地域では、SNSを通じた偽情報の拡散が印象操作に効果を発揮する。玉石混交の情報のなかで、真の声は埋没してしまうだろう。
クーデターとは異なる文脈ながら、ウクライナやガザをめぐる情報戦が示すように、何が真実で何が虚偽なのかを判別することが、ますます難しくなった。

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上杉 勇司(うえすぎ・ゆうじ)

早稲田大学国際学術院教授

1970年静岡県生まれ。国際基督教大学教養学部を卒業後、米国ジョージメイソン大学・紛争分析解決研究所で紛争解決学の修士号を取得、英国ケント大学で国際紛争分析学の博士号を取得。カンボジア、東ティモール、インドネシア、アフガニスタン、スリランカ、フィリピン、キプロス、ボスニアなど世界各地の紛争地で平和貢献活動や研究を行ってきた。広島大学大学院国際協力研究科准教授などを経て現職。著書に『変わりゆく国連PKOと紛争解決』(明石書店、2006年、国際安全保障学会加藤陽三賞)、『紛争解決学入門』(共著、大学教育出版、2016年)、『どうすれば争いを止められるのか』(WAVE出版、2023年)、『紛争地の歩き方』(ちくま新書、2023年)など。

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(早稲田大学国際学術院教授 上杉 勇司)
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